第62話 正常な判断ですね

 また夢を見た。誰かに背負われて、暗い道を歩いていた。どこの道なのかはわからない。ただただ真っ暗で、お店も街灯も見えなかった。


 ……誰に背負われているのだろう。お父さん……みなとさん……いや、それよりも小さい背中だった。


「……誰……?」


 聞いてみるが、返事はない。


 私を担いでいるのは誰なのか……それを疑問に思っていると、


「……っ!」


 突然その人が振り返った。首だけが180度回って、私の顔を見た。


 真っ暗だった。顔の部分が陥没したようになにもなかった。闇の空間だけが私の目に入った。


 首元には、跡があった。傷跡。ロープの跡。ロープが食い込んで、それを取り外そうと爪を立ててできたであろう傷。


「……さくらさん……」


 私を背負っているのは、さくらさんだろう。


 ああ……迎えに来てくれたのだろうか。私を地獄まで運んでいってくれるのだろうか。だとしたら申し訳ない。地獄なんて彼女には似合わない場所だというのに、私のせいで地獄を文字通り見せることになってしまう。


さくらさん……」


 ごめんなさい、と言いかけた瞬間だった。

 





「っ……!」


 目が覚めた。息を呑むように呼吸をして、なんとか肺に酸素を取り込む。


 汗だくだった。呼吸も乱れていて、眠っていたはずなのに異常に疲れている。マラソンでも走ったあとのようだ。


 ……


「……ここ、どこ……?」


 私は見慣れない部屋にいた。お世辞にもキレイとは言えない天井。なんとも安っぽそうな明かり。窓も壁も薄そうで、夏は暑くて冬は寒い……そんな感じの部屋だった。


 アパートの、一室……だろうか。かなりのボロアパートに見えるが、私の部屋ではない。ボロさでは私のアパートと良い勝負だけれど……


 身体を起こそうとして、


「あれ……」体が動かないことに気がつく。いや、正確には動くことは動く。だけれど……「……ロープ……」


 私は布団にロープでくくりつけられていた。両手と手足、さらに体。結構厳重に縛られていた。これでは動くことができない。


 ここはどこだろう……私の推測が正しければ……


「……目が覚めましたか?」ため息とともに、みなとさんの声が聞こえてきた。「まったく……無茶をする人だ。まさか自分で睡眠薬を飲むなんて……」

「……みなとさん……」ここにみなとさんがいるとなると……「ここは、みなとさんの家ですか?」

「いいえ。ここは借りているだけです。あなたのような危険人物を自宅に連れて行くことは――」

「嘘です」私は確信を持って言い切る。「ここはみなとさんの自宅です」

「……なんでそう思うんですか?」

「だってみなとさん……大学受験のためにお金をためているはず。だから、自宅以外に家を借りる余裕はないはずですよ。それがどんな格安物件でもね」

「……」またみなとさんはため息をつく。「……僕は厄介な人に狙われたみたいですね……」


 ゆきさんほど厄介じゃないと思うけれど。ゆきさんに狙われて逃げ切れる人間が、この世に存在するのかが疑問である。


「お察しの通り、ここは僕の家ですよ」私の推測は当たっていたらしい。「とりあえず……今のあなたを自由にさせるわけにはいかなかったので……拘束させてもらいました」

「正常な判断ですね」私だってそうする。私みたいな異常者を見たら、私も拘束する。「でもよかったぁ……想定通り動いてくれて」

「……やっぱりむぎさんの想定通りですか……」今日はみなとさんのため息をよく聞く日だ。ため息記念日にしよう。「……僕があなたを警察に突き出す可能性もあったんですけどね」


 私はみなとさんに睡眠薬を飲ませようとした。そしてその睡眠薬を自分で飲んで眠ってしまった。その私をみなとさんは自分の家まで運んでくれたわけだが……たしかに警察に運び込まれた可能性だってあるだろう。 


「それはその時ですけど……その可能性は低いって思っていました」

「どうして?」

「私が睡眠薬を飲んだのは事実ですから……みなとさんが私に睡眠薬を飲ませた、って疑われる可能性もありますからね。そのリスクは回避するかと」

「……では、眠ったむぎさんを無視して置いていく可能性は?」

「それこそありえませんよ。あの公園には他にも人がいました。私は結構目立ってましたから……目撃者がいるはずです。みなとさんが私を見捨てて逃げれば、みなとさんに疑いが行く。だから、それを避けるためには私を連れて変えるしかないですよね」


 知り合いが急に眠ってしまって担いで帰った、なら警察に通報されることもないだろう。お酒を飲んでしまって酔っ払っていて迎えに来てもらったという風にも見える。


「だから……あそこで私が睡眠薬を飲んで眠れば、みなとさんの家に連れてきてもらえると思ってました」


 他に家を借りる金銭的余裕もなく、見捨てるわけにもいかない。さらに警察にもいけない。しかもみなとさんは私の家の場所も知らない。ならば、連れてこれるのはみなとさんの家しかない。

 風光明媚に連れて行かれる可能性もあったけれど……みなとさんからすればただの飲食店だ。迷惑をかける訳にはいかない。


 だから私は睡眠薬を飲んだ。即興の行動だったけれど、どうやらうまく進んだみたいだ。


 これで私は、待ち望んだみなとさんの家を拝むことができた。ここから出れば住所だって判明するだろう。愛しのみなとさんの家である。


 この匂い。空気。気温……そのすべてがみなとさんのもの。部屋にあるのは全部みなとさんのもの。つまり私もみなとさんのもの。


 ああ……幸せ……

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