第61話 思ってたより、強力……

 夜の公園は寒かった。私の心が冷えているからそう感じるのか、ずっとみなとさんを待っていたからそう感じるのか。それはわからない。


 その公園で、みなとさんは言う。


「睡眠薬で僕を眠らせる……その後何をするつもりだったのかは知りません。でも……これはれっきとした犯罪行為ですよ」

「睡眠薬なんて……」入れてない、と言いかけて、「ああ……そういえば、そうでしたね。忘れてました」


 なんで私はみなとさんにお茶を渡したのか……それは睡眠薬を飲ませるためだった。ペットボトルのお茶に睡眠薬を入れて、みなとさんを眠らせようとしていたのだった。ゆきさんにもらった睡眠薬……まさか使うとは思っていなかった。


「さすがですねみなとさん」睡眠薬を見破るなんて、まるで探偵みたいだ。ますますかっこいい。「どうしてわかったんですか?」


 ゆきさんからもらった睡眠薬だ。そこまで粗悪品とは思えない。激臭がするなんてことも考えられないけど……


「職業柄、気をつけてましてね」それからみなとさんは頭をかいて、「むぎさん……本当に、なにがあったんですか? なんであなたはそんな……」

「気づいたからですよ」

「……?」

「私にはみなとさんしかいないって」もっと早く気がつけばよかった。「あなたの優しさに触れてから、私はあなたの虜です。気持ち悪い女でも良い。犯罪者でもい。あなたを手に入れたい。私にはあなたしかいない。あなたを失ったら私は生きていけない。そのことに気づいたんです」


 すべてを失った私に残されたのは、みなとさんだけ。みなとさん以外はいらない。最初からその誓いを破らなければ、なにかを失うことはなかった。他のものをいろいろ手に入れようとしたから、私は失った。


 みなとさんだけでいい。みなとさんだけでいい。みなとさんだけでいい。


「私の人生には、あなたさえいればいい」それが私の、最終結論。「なにがなんでも、あなたを手に入れます。たとえそれが、犯罪行為でも」

「……」みなとさんの目はしっかりと私の目を捉えている。ここにきても、目をそらしたりはしないらしい。「認めるわけにはいきませんね。あなたは――」


 言葉の途中で、私はみなとさんが持っているペットボトルをひったくる。唖然とするみなとさんの目の前で、私はペットボトルのキャップを開けた。


 そして、


「な……!」みなとさんが驚愕の声をあげる。「なにを……!」

「……」私はペットボトルに口をつける。そして中身のお茶をすべて飲み干して、「プハッ……おいしかった……」

「おいしかったって……それは……!」

「わかってますよ。睡眠薬入りのお茶ですよね」


 このお茶に睡眠薬を入れたのは私だ。だから、もちろんそのお茶を飲み干すことの意味はわかっている。みなとさんを眠らせられる量の睡眠薬を入れていたのだから、それを飲んだ私はすぐに眠ってしまうだろう。


みなとさん……」私はみなとさんに抱きつこうとして、そのまま地面にへたり込む。「あ……思ってたより、強力……」


 飲んですぐ、視界が歪んだ。一瞬にして目の前がグニャグニャになって、すぐに夢の中にいるような感覚になった。足の力は一瞬で抜けて、さらに体全体の力が消えていく。


「……! ……!」


 なにか声が聞こえる。たぶん倒れた私にみなとさんが声をかけているのだろう。睡眠薬を盛ろうとしていた私のことを心配してくれるとは、やはり優しい人だ。


 ともかく、私の意識はそこで途絶えた。気持ちの良い夢の中に一瞬でいざなわれて、そのまま眠りについた。


 いっそ永遠に目覚めなければ良いのに。

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