第54話 見たのよ。私

 ノックして入室の許可を得る。「失礼します」とできる限り堂々とあいさつをして、社長室に入室した。


 ……相変わらず豪華な部屋の中に、2人ほど人がいた。1人は社長と……もう1人は……誰だろう。キレイな女性だ。金髪でど派手で、会社には似つかわしくないほど露出の多いセクシーな女性。日本人……ではなさそうに見える。アメリカの人、だろうか?


 ……誰だろう……社長の愛人の1人だろうか? 若すぎる気もするけれど……まぁ社長ならやりかねない。


青鬼あおきくん」社長は私の顔を見るなり、芝居がかったため息をついて、「キミには失望したよ」

「……はぁ……」失望か……心当たりは、いくつかあるな。別に私は業務成績が抜群に良いわけじゃない。「……なにか、失望させるようなことをしましたか?」

「やはり、罪は認めないか……往生際が悪いな……」


 ……なんだろう……社長の言葉が、白々しく聞こえる。まるで結末の決まっている会話のような……


「エマ」社長はセクシーな美女――エマさんに呼びかける。「説明してあげなさい」

「はぁい」今にも投げキッスとかしてきそうなタイプだな。「青鬼あおきさん、だったかしら」

「……はい……」このまま会話の主導権を握られるのも、なんとなく嫌なので、「日本語……お上手ですね」

「あら、ありがとう」実際、彼女の日本語はうまい。たまにイントネーションが異なるが、ほぼ違和感はない。「あなた……青鬼あおきさんは、昨日の夜11時30分……この社長室に侵入したわね?」

「……」……社長室に、私が? 「……いいえ」

「隠しても、あなたが損をするだけよ?」

「なにも隠してないですよ」


 実際、私は昨日の夜は社長室に来ていない。11時なら、もう眠っているはずだ。


「強情な子ね……」薄情な人だ。「とにかく……証拠もあるのよ。あなたが昨晩……社長室に侵入した。そして、金庫のお金を盗んだという証拠もね」

「……金庫?」金庫って……社長の隠し金庫? 本棚の奥にある金庫? 「……そんなこと、してませんけど」

「フフ……」なんだか、エマさんは勝ち誇った表情だった。「そんなことを言ってられるのも今のうちよ。金庫のお金を盗んだ証拠、というのは言いすぎたかもしれないけど……フフ……」

「……」イライラしてきた。「……なにが言いたいんですか?」

「もうすぐここに警察が来るわ」返答になってないよ。「そうなったら……あなたは終わり」

「……警察……?」


 ……

 ……


 ……少しばかり状況を整理しよう。


「つまり……私が社長室に忍び込んで、盗みを働いた……そう言いたいんですか?」

「最初からそう言ってるじゃない。理解力のない子ね」

「失礼しました。説明がわかりにくくて」

「あら……私の日本語もまだまだかしら?」

  

 ……この余裕……腹立つな。どうやら彼女のほうが私より1枚も2枚も役者が上らしい。このまま口論しても、私に勝ち目はない。


 しかし、これだけは言っておかなければ。


「……盗みなんて、わたしはやってませんよ」


 完全に冤罪だ。明らかに、社長たちが私を罠にはめようとしている。私に罪を着せて犯罪者にしようとしている。


 ……さすがに証拠も何もない、はずだ。いくら警察が来たって、それは私の無実を証明する材料にしかならない。警察がちゃんと調べてくれたら、私の無実が証明されるはずだ。さすがにこんな雑な冤罪を通すほど、日本の警察は甘くない、はず……


 大丈夫だよね……さすがに前科持ちにはなりたくないけれど。いや……まぁなったところで今の私は気にしないけれど。前科を持った私のことだって、きっと愛せるようになる。だって冤罪だし。


 しばらく、時間が経過した。どうやら社長たちはすでに警察を呼んでいたようで、10分ほどで警察官が数人社長室に入ってきた。


「よかった……」エマさんがホッとした表情を作って見せてから、私を指して、「あの子よ。あの子が泥棒……犯罪者。さっさと連れて行って」

「待ってください」思わず、反論する。「私はやってません。いったい、なんの証拠があって……」

「証拠ならあるわ」エマさんは確信を持って言い切る。「見たのよ。私」

「……見た?」

「ええ。ついてらっしゃい」


 エマさんはカツカツとヒールの音を響かせて、社長室を出た。そして階段を降りて、私が所属しているオフィスに降りてきた。


 オフィスの中にはすでに社員たちが出社してきていた。ど派手な美女と警察の登場に、オフィス内はざわめいている。


 そして、エマさんは私のデスクの前で止まって、


「この中よ。開けてみなさい」

「……私が、ですか? 警察の人が開けなくていいんですか?」


 証拠隠滅したとか、あとから言われるのは嫌だ。だから、中立な人に開けてもらいたい。


「それもそうね……じゃあ、お願い」


 言われた警察官が私の了承を取ってから、私のデスクの引き出しを開けた。

 

 そこには、


「え……?」私の想定外のものが入っていた。「……なに、それ……」


 出てきたのは……コップだ……いや、茶碗? 古そうで値段がありそうな……


 ……というかこの茶碗……何処かで見たことが……


「その茶碗はね」エマさんが言う。「社長が大切にしている高級茶碗なの。それがなんで、青鬼あおきさんのデスクの中にあるのかしら?」


 警察官の目線が、私を糾弾するものに変わった。今まではどちらの話を信じていいかわからない様子だったが、これで流れが変わった。


「それは……」しかし、こんな茶碗……私は盗んでいない。デスクの中に入れたりしない。「誰かが入れたんですよ。私に罪をなすりつけようと……」

「だったら、指紋でも採取してもらいましょうか」

「指紋なんて……」

 

 ついてない、と言いかけて……


 ……ついている。この茶碗には、私の指紋がついている。そうだ……社長室に招かれたときに飲んだお茶……静岡から取り寄せたという茶葉のお茶を飲んだときに、この茶碗が使われていた。そのお茶を……私は飲んだ。指紋も……下手したら唾液も検出されるかもしれない。


 しまった……あのお茶はそういうことだったのか。いつでも茶碗を盗んだとして冤罪を作れる状況にするためのものだったのか。迂闊だった。飲むべきではなかった。


 ……この状況……マズイのでは?

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