第45話 妹みたい

 さくらさんのバスケットボール話がしばらく続いて、お互いの食事の減ってきたときだった。不意にさくらさんが正気に戻ったように、


「す、すいません……私ばっかり話しちゃって……」

「いや……大丈夫だよ。元気になってくれてよかった」


 一応心からの言葉である。さくらさんを元気づけるために風光明媚に誘ったのだから、さくらさんが元気になってさえくれればいいのだ。まさか従業員の赤星あかほしさんに食いつくとは思っていなかったが……これは赤星あかほしさんに感謝だな。


「バスケットボール……好きなの?」

「はい……バスケットボールというより、スポーツ観戦全般が好きです。私は運動音痴なのでプレイはあんまりしないんですけど……スポーツを見るのが好きです」


 意外な趣味だな。私はスポーツは見るのもやるのも興味がなかったから、なんだか羨ましい。これを気に私もスポーツ観戦を始めてみようか。


「スポーツ観戦……なにかオススメはある? 私はスポーツ……ほとんどやったこともないんだけど……」

「オススメですか……やっぱりバスケットボールはオススメですよ。ゴールにボールが入れば点が入る……それさえわかっていれば、あとはなんとなく見れます。展開も早いですし……展開が早いといえば卓球ですけど、あれはちょっと早すぎて目に追えない可能性があって……慣れれば楽しんですけど、初心者向きではないかもしれません」


 なるほど……じゃあバスケットボールでも見てみるか、と思っていると、さらにさくらさんが、


「すべてのスポーツに言えることなんですが……その観戦するスポーツを一度自分でやってみるといいです。そうすると難しさとか楽しさ、見どころがわかって、さらに観戦が楽しめます。卓球なんかはその最たる例で……何気ないプレイにも高等技術が詰まっていて……」


 マズイ。これは長くなるパターンだ。やっぱりさくらさん……スポーツのことになると止まらなくなるんだな。意外な一面を見つけてしまった。一生懸命喋っているのがかわいい。


 それにしてもスポーツ観戦か……今までの私の趣味にはないけれど、はじめてみようかな。みなとさん探しの待ち時間や移動時間には最適かもしれない。今はスマホで気軽に再生できるだろうし……


 ……せっかくだし、高校バスケでも見てみるかな。少し前の高校バスケ。地方大会の試合が見つかるのかはわからないが……もしかしたら赤星あかほしさんや月影つきかげさん、須田すださんとやらのプレイが見られるかもしれない。


 そして……興味が湧いたら自分でもプレイしてみるか。みなとさんを誘ってもいいし、さくらさんを誘ってみてもいいかもしれない。ゆきさんは……どうだろう。あの人は運動音痴だが、まぁ誘えば一緒にやってくれる気がする。


 ……私とさくらさんとゆきさんでバスケットボール? なんだかひどい惨状になる予感がする。私も運動不足だし運動苦手だし、ゆきさんは運動音痴だし、話を聞いている限りさくらさんも運動そのものは苦手らしい。


 ……まぁいいか。別にうまさを競うわけじゃないし。暇があれば誘ってみよう。そんなことを考える心の余裕くらいは出てきたところだ。


 それからしばらく、さくらさんのスポーツ観戦の極意を聞いていた。一生懸命話してくれるその姿が……なんだか妹みたいに見えた。私に妹なんていないはずなのに、なんだか懐かしかった。時折言葉に詰まるけれど、頑張って私に伝えようとしているのがわかった。


 ……この人、かわいいなぁ……さくらさんが後輩で良かった。この人相手になら、もうちょっと尽くしてもいいかもしれない。


 みなとさんに費やしている時間を、少しだけならさくらさんに使ってもいいかもしれない。そんなことを、私は思っていた。

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