第44話 ドライブ

「いらっしゃいませ」風光明媚の店内に入ると、従業員の赤星あかほしさんが出迎えてくれた。「お好きな席へどうぞ」


 いつもの接客を受けて、私の心はさらに落ち着きを取り戻す。まだ頭は痛いけれど、少しずつマシになっていくだろう。


 店内には一組のカップルがいた。前も見た……女性が楽しそうに話して男性が聞き上手なカップル。どうやらこのカップルも風光明媚が行きつけらしい。


 私たちは奥のほうの席に座って、それぞれ注文をする。私はいつものオムライス。さくらさんはオムライスと……カレーライス。相変わらず見かけによらず大食らいである。その小さなからだのどこに入るのか。


「今日はごめん……」注文を終えて、私はさくらさんに頭を下げる。「暴走した挙げ句、ここまで送ってもらっちゃって……本当にありがとう」

「い、いえ……」さくらさんは首を振って、「お礼を言うのは私のほうです……私、あんなお酒飲めないし……先輩に助けてもらいました。ありがとうございました」

「そんなこと……」

「いえいえ……」

「その……」

「あ……えっと……」


 グダグダになってきた。さっきまでは酒の勢いで会話できていたけれど、今の私は正気だ。正気に戻った結果、いつものコミュニケーション能力がない私が顔を出していた。


 とはいえ……相手は後輩だ。ちょっとくらい見栄を張りたい。


「よし……この話、おしまい」

「え……?」

「このまま謝罪とお礼を言い合っても意味ないし……お互いに反省して、お互いに感謝して……それで終わりにしよう。するなら、別の話にしよう」

「す……」すいません、と言いかけてさくらさんは言葉を変える。「……じゃあ、その……えっと……」


 さくらさんは必死に話題を探してから、少し声量を落として、


「あの……ここの従業員さんって……赤星あかほしさん、ですか?」

「え……? そ、そんな名前だったと思うけれど……」


 なんで知っているのだろう。そりゃ名札がついているから名前を知ることはできるかもしれないが……


「やっぱり……」少し、さくらさんの表情が明るくなる。「すごい……まさか直接お会いできるなんて……来て良かったです」

「あ、うん……」直接お会いできるなんて……? 「……赤星あかほしさんって、有名人なの?」

「有名人……一部の界隈では有名ですよ」一部の界隈とはなんだろう。「私……高校時代にバスケットボールをやってたんです。といっても私自身は運動がからきしで……ずっとベンチで応援してたんですけど……」


 運動部だったのか。そういえば……曲がりなりにも私を背負って電車から降りて駅を出たんだよな……そう考えると体力はあるのかもしれない。


「私の学校のバスケ部は別に強くも弱くもなくて……でも、練習試合に誘われて。その練習試合の会場で赤星あかほしさんのことを見つけて……」さくらさんは恋でもするかのような表情で、「赤星あかほしさん……すごいカッコよくて。部長としてチームをまとめて、さらに自分も試合で活躍する。凛としてて大人っぽくてカッコよくて……それに、冤罪を疑われた人も助けちゃって……」


 冤罪を疑われた人を助けた……その言葉を聞いた瞬間、同じお店にいるカップルの男性が一瞬だけ目線をこちらに向けた。もしかしたら彼にも覚えのあるエピソードだったのかもしれない。

 そしてカップルの女性のほうが、納得するように何度もうなずいているけれど……どうしたのだろう。まさか彼女も赤星あかほしさんのファンなのだろうか。さくらさんからすればカップルは背中側に位置するので、気づいていないようだが。


「個人技もすごいんですけど……パスがすごいんですよ。試合全体を俯瞰してるような視野の広さがあって……」熱を帯びてきたさくらさんだった。元気になって何よりである。「2年生エースの月影つきかげさんと……そう、須田すださん……須田すださんです」

「う、うん……須田すださんが、どうしたの?」

「ドライブがすごいんです……」ドライブってなんだろう。「速いし正確だし変幻自在だし……しかもパスもうまいし……赤星あかほしさん、須田すださん、月影つきかげさんの連携は誰にも止められなくて……それから――」


 さらに、さくらさんの熱弁は続く。途中から私は会話についていけなくなっていた。バスケ素人だからバスケ用語が出てくるとすぐに置いていかれる。


 でもまぁ……さくらさんが楽しそうだから良いか。ちょっと落ち込んでいたようだったので、こうやって元気になってくれてよかった。風光明媚に来てよかったな。


 それにしても……さくらさんの意外な一面を見てしまった。バスケの話になると、止まらなくなるらしい。


 ……ちょっと面倒くさ……いや、好きなことを語るのは良いことだ。私もみなとさんのことならこれくらい語れるだろう。まだ2回しか会ってないのに。


 ……暇があったら、バスケの勉強でもしよう。全然会話についていけない。

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