第46話 ちっぽけな

「これ、私の連絡先です。気分が悪いとか……そういったことがあったら、すぐに連絡してください」

 

 そんな念押しをされて、私はさくらさんと別れた。連絡先は交換したので、これでいつでもさくらさんに連絡できる。

 さくらさんと別れたのは、風光明媚前。さくらさんは私を家まで送る気だったらしいけれど、それは丁重にお断りした。さすがにこれ以上は申し訳無さすぎるし、後輩相手とは言え自分の家を知られるのは嫌だった。


 ……家を知られるのが嫌なのに、みなとさんの生活圏内を私は漁ってるんだよな……とんでもないダブルスタンダードだ。ちょっと反省。


 家に帰って、そのまま布団にダイブする。疲れていたこともあって、すぐに夢の中。気絶するように眠って、そして、


「……もう朝か……」


 気がつけば、カーテンの隙間から光が差し込んできていた。昨日の飲み会騒動で疲れ果てているのに、また今日も仕事にいかないといけない。


 スマホの時計を確認すると、時刻は午前6時。もうちょっと寝ていたいけれど……体調を考えるといつもより準備に時間がかかるだろう。そろそろ起きなければ。


「……ふぁ……」体を起こして、あくびをする。「……寝覚めが良くなったな……」


 少し前まで金縛りにあったように、寝起きは体が動かなかった。だけど最近は、割とすんなり起きられるようになった。今日は少しばかり頭が重いが……それでも一昔前と比べるとスムーズな起床だ。


 そのまま立ち上がって、朝食を食べる。そして、ボーッとする頭で考える。


「……健康になってる気がする……」


 入眠も起床もスムーズ。最近は朝昼晩と食事も抜かない。しかもみなとさん探しの散歩で毎日運動している。


 健康になって心に余裕ができた。そして、今は部屋も多少片付いている。一般的には汚い部類だろうが、一時期と比べればかなり整頓されたほうだろう。


 明らかに生活リズムが整っている。昔の私からは想像もできない事態だ。


 唯一の問題といえば……


「社内での嫌がらせ……」


 相変わらず、私への嫌がらせは続いている。ロッカーが水浸しにされたり、デスクが汚されていたり、書類がなくなっていたり。

 もちろんやめてほしい。だけれど、犯人がわからない。強いて言うなら心当たりがありすぎる。疑い出すとキリがなくて、みんな怪しく思えてしまう。


 でもまぁ……実害はそこまで出ていない。ロッカーには汚されても良いダミーしか置いてないし、重要なものは肌身欠かさず持ち歩いている。


「……問題なのは……」


 なんか最近独り言が多くなった気がするが……問題なのはそこじゃない。


 問題なのは、さくらさんである。私が嫌がらせを受けているというのは、さくらさんには知られたくない。理由は分からないが、なんとなく知られたくない。それは私のちっぽけな先輩としてのプライドだろう。さくらさんに心配はかけたくないし……できれば気づかれたくないな。


 ……


 なんだか私……案外良い生活を送っているな。みなとさんを中心に、事態が好転している気がする。もしかしたら嫌がらせ問題も解決したりして……って、それはないか。


 なんにせよ、精神状態は結構良好である。これもみなとさんのおかげだ。これからもストーカー行為を頑張ろう。


 さて……今日も仕事だ。今日は昨日の飲み会の弁明もしないといけないから、結構忙しくなるだろうな。


 ……まぁいいか。今の私ならなんとかなるだろう。そんな風に思えるくらいには精神状態が良い。


 このまますべてが、うまくいけば良いんだけどね。

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