第13話 誰かにとってのヒーロー
「お騒がせしました。さぁ、どうぞ」
「サービスなんて……そんな……」恐縮してしまう。「悪いのは私ですから……」
「……少なくとも私は、あなた方に非はないと考えます。それに店の治安維持も従業員の役割ですからね……やはりサービスはさせていただきます」
「……」これは断ったら無限ループするパターンの選択肢だな。「じゃあ……お願いします」
「かしこまりました」
そうして私たちは好きな席に座る……のだけれど、一瞬考え込んでしまう。店内にほかの客は見当たらないので、本当に自由に選ぶことができる。
日が当たる場所に行ったほうがいいのかな……それとも、奥のほうがいいのかな。
迷った末に、
「どこに座りましょう」
直接聞くことにした。
「ふむ……」私が席選びに困っていることを察して、「では、ここにしましょうか」
店内の奥のほう……壁が背中にあるところを
そうして、私たちは奥のほうに座る。
「もっとカッコよく助けたら良かったんですが……」
「そう、ですね……」たしかに最終的に助けてくれたのは
心の底からの本心だ。
それでも……人の優しさに触れたのは久しぶりだった。見て見ぬふりをされると思っていた。
「……そう言ってもらえると、ありがたいです」
「……そうなんですか?」
「はい……」ちょっとだけ
……ちょっと共感できる。非日常願望は、私にもある。私だってヒーローになりたいし、ヒロインになりたいと思っている。
日常は退屈だ。ならば、非日常はきっと素晴らしいのだろう。非日常に身をおいて後悔することになっても、きっと輝かしい思い出として回想することができるだろう。
いや……どうだろうな。待ち望んだ非日常を手に入れても、結局私はそれを活かしきれないかもしれない。決断できずにウジウジウジウジして……最終的には何も手に入れずに日常に帰っていく。今までもそうだった。これからも、そうなのだろう。
「安定した日常も楽しいんですけどね……」
「……ちょっと、わかります」私だってそうだ。今の日常を失いたいわけじゃない。「怖いもの見たさと言うか……なんというか……」
「そうですね……怖いのに、見たくなってしまう。だからこそ僕は、こんな仕事をしているのかもしれません」
依頼人を全肯定する仕事。それは変化に富んだ仕事だろう。毎回仕事相手が違うのだから。毎回違う相手と話すことになるのだから。
ちょっと羨ましい仕事だ。私は毎日同じことばかりやっている。同じ相手に怒られて、同じ相手に呼び出されて、同じ相手と仕事をして、同じ相手に呆れられる。そんな毎日。
環境が悪いわけじゃない。私が悪いのだ。私が変わろうとしないからいけないのだ。今の日常を壊す勇気がないからいけないのだ。
「私は……」今、目の前にいるのはビジネスの関係の相手。今日限りで、二度と会うことはない相手。そう思うと、少し口が軽くなった。「……私は……今の日常が気に入ってるわけじゃないんです。ただ変わるのが怖いだけで……非日常を手に入れても、結局はその非日常が嫌いになる。それで……気がつけばその非日常が日常になっている」
今までだってそうだった。就職した当初は、仕事が非日常だった。だけど……今やそれはただの日常。他の環境に身をおいたって、同じことを繰り返すだけ。
私が変わらないことには、意味がない。
「私、どんくさいですし……決断力もなくて、いつもウジウジしてて……上司にも叱られてばっかりで、同僚にもバカにされて……でもしょうがないですよね。私が弱いのが悪いんです」
弱い……自分で言って、しっくり来た。
そうだ。私は弱い。精神的にも肉体的にも、能力的にも弱いのだ。だから事態が好転しない。
「こんな弱い私のことなんて……誰も受け入れてくれないんですよ。それは……」
あなただって同じ、と言いかけてやめた。さすがに無礼すぎる。私が勝手に卑屈になるのは構わないが、他人をけなすのは良くない。
思うままに愚痴を言ってしまった。一日限りの関係だと思って口が軽くなってしまった。
そういえば……
こんな弱っちい私を、肯定できるものならしてみろ。不可能だろうけど。
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