第13話 誰かにとってのヒーロー

「お騒がせしました。さぁ、どうぞ」赤星あかほしさんはトラブルをすべて解決して、私達を店内に誘う。「お詫びと言ってはなんですが……少しサービスいたします」

「サービスなんて……そんな……」恐縮してしまう。「悪いのは私ですから……」

「……少なくとも私は、あなた方に非はないと考えます。それに店の治安維持も従業員の役割ですからね……やはりサービスはさせていただきます」

「……」これは断ったら無限ループするパターンの選択肢だな。「じゃあ……お願いします」

「かしこまりました」


 そうして私たちは好きな席に座る……のだけれど、一瞬考え込んでしまう。店内にほかの客は見当たらないので、本当に自由に選ぶことができる。


 日が当たる場所に行ったほうがいいのかな……それとも、奥のほうがいいのかな。みなとさんはどんな場所が好みなのだろう。狭い場所が好きなのか苦手なのか……それとも開けた場所が苦手? どこに座れば、みなとさんを傷つけずに済むだろうか。


 迷った末に、


「どこに座りましょう」


 直接聞くことにした。


「ふむ……」私が席選びに困っていることを察して、「では、ここにしましょうか」


 店内の奥のほう……壁が背中にあるところをみなとさんは選んだ。その場所は、私が一番好きな場所だ。隅っこにいるほうが、私は落ち着く。

  

 そうして、私たちは奥のほうに座る。赤星あかほしさんが水とメニューを持ってきてくれたので、それを眺めていると、


「もっとカッコよく助けたら良かったんですが……」みなとさんが苦笑いで、「結局従業員さんに助けられてしまいましたね」

「そう、ですね……」たしかに最終的に助けてくれたのは赤星あかほしさんだ。だけど、「でも……みなとさんが私のことかばってくれて、嬉しかったです」


 心の底からの本心だ。みなとさんが私を助けようとしてくれたことが、とても嬉しかった。もちろんそれはビジネスとしての優しさ。依頼人の機嫌を損ねたら収入にかかわるから……ただそれだけ。だから助けてくれただけ。

 それでも……人の優しさに触れたのは久しぶりだった。見て見ぬふりをされると思っていた。


「……そう言ってもらえると、ありがたいです」みなとさんは頭を下げてから、「……それでも、僕としてはもっとカッコよく、あなたのことを助けたかった」

「……そうなんですか?」

「はい……」ちょっとだけみなとさんは照れくさそうに、「こんな年齢になっても、まだ僕は非日常に憧れがあります。誰かにとってのヒーローになったり、特殊な状況下に自分だけが置かれたいと思っている。子供じみていることは承知の上ですがね」


 ……ちょっと共感できる。非日常願望は、私にもある。私だってヒーローになりたいし、ヒロインになりたいと思っている。

 日常は退屈だ。ならば、非日常はきっと素晴らしいのだろう。非日常に身をおいて後悔することになっても、きっと輝かしい思い出として回想することができるだろう。


 いや……どうだろうな。待ち望んだ非日常を手に入れても、結局私はそれを活かしきれないかもしれない。決断できずにウジウジウジウジして……最終的には何も手に入れずに日常に帰っていく。今までもそうだった。これからも、そうなのだろう。


「安定した日常も楽しいんですけどね……」みなとさんは水を飲んでから、「今の生活を……変化のない生活を否定するつもりはないんです。ただ……たまに非日常が恋しくなるだけ」

「……ちょっと、わかります」私だってそうだ。今の日常を失いたいわけじゃない。「怖いもの見たさと言うか……なんというか……」

「そうですね……怖いのに、見たくなってしまう。だからこそ僕は、こんな仕事をしているのかもしれません」


 依頼人を全肯定する仕事。それは変化に富んだ仕事だろう。毎回仕事相手が違うのだから。毎回違う相手と話すことになるのだから。

 ちょっと羨ましい仕事だ。私は毎日同じことばかりやっている。同じ相手に怒られて、同じ相手に呼び出されて、同じ相手と仕事をして、同じ相手に呆れられる。そんな毎日。


 環境が悪いわけじゃない。私が悪いのだ。私が変わろうとしないからいけないのだ。今の日常を壊す勇気がないからいけないのだ。


「私は……」今、目の前にいるのはビジネスの関係の相手。今日限りで、二度と会うことはない相手。そう思うと、少し口が軽くなった。「……私は……今の日常が気に入ってるわけじゃないんです。ただ変わるのが怖いだけで……非日常を手に入れても、結局はその非日常が嫌いになる。それで……気がつけばその非日常が日常になっている」


 今までだってそうだった。就職した当初は、仕事が非日常だった。だけど……今やそれはただの日常。他の環境に身をおいたって、同じことを繰り返すだけ。


 私が変わらないことには、意味がない。


「私、どんくさいですし……決断力もなくて、いつもウジウジしてて……上司にも叱られてばっかりで、同僚にもバカにされて……でもしょうがないですよね。私が弱いのが悪いんです」


 弱い……自分で言って、しっくり来た。

 そうだ。私は弱い。精神的にも肉体的にも、能力的にも弱いのだ。だから事態が好転しない。


「こんな弱い私のことなんて……誰も受け入れてくれないんですよ。それは……」


 あなただって同じ、と言いかけてやめた。さすがに無礼すぎる。私が勝手に卑屈になるのは構わないが、他人をけなすのは良くない。


 思うままに愚痴を言ってしまった。一日限りの関係だと思って口が軽くなってしまった。


 そういえば……みなとさんは全肯定の人だったな。私のことを全肯定してくれる、らしい。


 こんな弱っちい私を、肯定できるものならしてみろ。不可能だろうけど。

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