第12話 どうぞご自由に

 みなとさん……依頼人を全肯定するというサービスを提供している男性。

 出会って数分だけれど、喋りやすくて柔和な人物だ。腰が低くて、今のところとても優しい人物に見える。


 そんな彼が、女性たちを睨みつけて……否定すると断言した。


 そういえば……犯罪行為や公序良俗に関する行為は肯定しないって説明ページに書いてあったな。どうやら彼女たちはその文言に触れたらしい。


「はぁ……?」女性たちは突然の反論に、「なにあんた……この女の彼氏?」

「違います」そうですね。恋人じゃないですね。「ですが……僕は目の前で人を侮辱されて、黙っていられるほど優しくないので」


 そのまま、みなとさんは続ける。


「あなたたちが扉に近づく前に、僕たちは扉から離れました。つまり、あなたたちに時間的ロスは与えていない。今の罵倒は、筋違いです」

「は……?」理路整然とした説明に、女性たちは面食らったようだった。「なに……別に……私たちは……」

「失礼いたしました」みなとさんは頭を下げて、「僕が言いたいのはそれだけです。どうぞ入店してください」

「ふざけないでよ」女性は目線を鋭くして、「なに? いきなり説教? 気分悪いわ……せっかく楽しく喫茶店でお茶しようと思ってたのに……」


 そのまま、2人はにらみ合う。私はただオロオロするばかりで、その場から動けなかった。口をだすわけでもなく逃げるでもなく、ただその場に存在していた。


 視界の隅に、人形で揉めている少年たちがいる。いったいどっちのトラブルから処理すればいいのだろう……

 

 ああ……やっぱり申し込みなんてするんじゃなかった。私なんておとなしく休日出勤してればよかったのだ。そうなれば、こんな問題は起こらなかった。少なくとも無視していられた。


 私は、トラブルメイカーだ。私がいると周りの人間が不幸になっていく。存在しているだけで不幸を振りまいてしまう。


 なんとかしなければ……私がまいた種なのだから、私がなんとかしなければ……


 でも、怖い。結局何もできない。結局このまま……


「失礼」突然、お店の中から声が聞こえた。「店の前で、あまり騒がれると困ります。お客様」


 お店の中から現れたのは……背の高い女性だった。凛としていて冷静そうで美形。

 さぞやモテるだろう。学生時代なんかは学校中の男子が注目していたに違いない。それほどの美人。


 たしかこの人が、風光明媚の従業員だ。この人が雇われてから、風光明媚は営業時間通りに営業するようになった。


 わかっていたけれど、この人はとんでもなく美人だ。劇団や女優でもやっていそうな……そんな雰囲気を持っている。今まで憤っていた女性たちすらも、一瞬見とれているようだった。


「あ、あんた……」女性たちは面食らいつつも、「なに……? この店の人?」

「はい」従業員の方は深々と頭を下げて、「赤星あかほし、と申します」

「名前なんて聞いてないけど……まぁいいわ」女性は従業員――赤星あかほしさんに詰め寄って、「こっちの2人にさぁ……暴言吐かれたんだけど。私傷ついちゃった……どう責任取ってくれんの?」


 傷ついたのは私だけれど。


「失礼ながら……」赤星あかほしさんはまったく動じた様子もなく、「店内までお声が聞こえてきたのですが……全面的に悪いのはあなたたちかと」

「は……?」従業員にこんなことを言われると思っていなかったのだろう。「な……あんた客に向かってなんてことを……」

「……では言い方を変えましょう」赤星あかほしさんは一歩踏み出して、「無闇に他人を傷つけるような方を……風光明媚ではお客様とは呼んでおりません」


 強い目だった。相手が客だろうが、自分の信念を貫き通す。ただ喋っているだけで、この人の言葉を無視できない。言葉が力を持っているタイプの人間。カリスマ……という言葉が似合う人物なのだろう。


「……」女性たちは更に表情を険しくするが、「……もう二度とこないから。ネットで悪い噂、書き込んでやる」

「どうぞご自由に」

「……」


 女性たちはつまらなさそうに、踵を返した。そしてそのまま愚痴を大声で撒き散らしつつ、私の視界から消えていった。


「申し訳ございません」赤星あかほしさんは私達に向き直って、「ご迷惑をおかけしました。もしよろしければ……このままご来店ください。お好きな席に座って、少々お待ちください」


 そう言って、赤星あかほしさんはどこかに歩いていく。どこに行くのかと思ったら、


「キミたち」人形のことで揉めている少年たちに近づいて、「どうかしたかい?」

「え……」少年の1人が、「こいつが……その……」

「ふむ」


 そのまま、少し赤星あかほしさんは少年たちと話し込む。私達とはかなりの距離があるのと、少年たちがトーンダウンしたことで何を話しているのかはわからない。


 やがて、人形が元の少年の手元に戻る。それから一言二言話して、少年たちも去っていった。どうやら、ひとまずこの場は切り抜けたらしい。


 ……たった一人で、2つの問題を一瞬で解決してしまった。赤星あかほしさんが現れて、少し喋っただけで……私が何もできなかったトラブルをはねのけてしまった。


 赤星あかほしさんは私にないものを、すべて持っている。


 相変わらず私は……劣等感が強いらしい。本来なら助けてもらってお礼を言わなければならないのに、私はその恩人に嫉妬している。


 本当に私は……小さい人間だ。

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