第11話 風光明媚

 余談になるが、私のお気に入りのお店はよく潰れてなくなっている。それは私がそのお店を好きな理由と、お店の経営が成り立たなくなる理由が同じだからだ。


 人が少なくて、落ち着いた店だから私はそのお店が好きなのだ。だから、経営は成り立たない。


 そんなこんなで私がたまに訪れていた喫茶店……といってももう数ヶ月前に来て以来だが、ともかく喫茶店。


 その喫茶店の内装は、なにも変わっていなかった。それがこのお店の魅力。いつ訪れても変化がない。このお店だけが時間に取り残されているようだった。進化してない私も受け入れてくれる場所だった。


 落ち着いた雰囲気。主に学生に人気のお店で、人が多いのは平日の夕方。休日にわざわざ来るほどの人気は持ち合わせていない。というわけで、いつの時間も適度に客がいないのが特徴。


 このお店、よく潰れないよな。私が子供の頃から存在しているけれど、変わらず営業し続けている。


 そのカフェは『風光明媚』という。


 喫茶店……カフェ? どっちかわからないし、どんな違いがあるのかも分からないが……ともかく風光明媚を見て、みなとさんが、


「こんなところに喫茶店が……」

「はい……結構入り組んだところにあるので……知名度は高くないです」


 地元の人がたまに使う、というものである。それも普通の喫茶店ではやりづらいことをやれることが多い。秘密厳守は完璧だし、場合によっては貸し切りにもしてくれるらしい。


 沈黙が怖くて、余計な情報まで喋ってしまう。


「少し前まで女性の店長さんが1人でやってて……お店がやってるかは不定期だったんですよ。でも、少し前に従業員を雇ったらしくて……その人が真面目な人でして、営業時間が安定するようになりました」

 

 店長がいるかは、相変わらず不明だけれど。営業時間が安定して、面白くなくなったと言われることもあるけれど。従業員が真面目過ぎて面白みにかけると言われることもあるけれど……ともかく私は従業員さんのおかげで助かっている。


「なるほど……隠れ家的スポットなのですね。良いところを教えてもらいました」

「……まだ良いところとは確定してませんが……」

「それもそうですね。では、お店を出たときにもう一度考えましょう」


 この場所が良いところか否か。

 ……悪いところ判定される気がする。なんとなくそう思う。


 それにしても……ちょっとだけカマをかけてみたのだが、みなとさんは引っかからなかったな。


 私の『まだ良いところとは確定していませんが』という言葉。これに対してお店が良いところだと言おうとすると『それは違う』と私を否定することになる。だけれどみなとさんは『それもそうですね』と私のトラップを回避した。


 この人、なかなかやるな……謎の尊敬をいだきつつ、私は風光明媚の扉に手をかけた。


 っと、その時だった。


「や、やめて……」か細い少年の声が聞こえてきた。「か、返して……」


 つられて右を見る。そこには小学生くらいの少年が倒れていた。さらに、それを取り囲むように2人の少年。2人の少年はなにやら人形を持って、


「こいつ人形遊びなんかしてんの……? 女みたいなことしてんな」

「ホントだよな」もう1人が同意して、「うわ……この人形スカートはいてる……こんなのが好きなの……?」

「……」倒れている少年は今にも泣きそうな表情で、「返して……」


 小さくそう繰り返した。どうやら少年の人形を、見下ろしている2人が奪っているらしい。そして他人の趣味にケチを付けて、罵倒している。


 ……いいじゃないか別に。男の子が人形で遊んではいけない法律でもあるのか。刑法何条だ。民法のどこにそんなものが掲載されている。


 ……子供の王国には、その法律があるんだろうな。子供の王国の法律に秩序なんてない。その場によって形を変える理不尽なもの。その学校の中の人気者が定める無法の法律。だからこそ予測も回避も不能。


 その王国では、男の子は人形遊びをしてはいけなかった。ただそれだけ。だからあの子は罰せられている。理不尽にも罰を受けている。


 助ける義理なんてない……無視してしまえばいい。このまま喫茶店に入って忘れてしまえばいい。


 いや……でも……見てしまった以上……うう……


 悩んでいる私に、


むぎさん」みなとさんが声をかけてくれた。「後ろを」

「……?」


 言われて後ろを見ると、女性たちが近くまで歩いてきていた。どうやらその女性たちも風光明媚に入店するつもりらしい。私がこのまま悩んでいたら、彼女たちの入店を妨げるところだった。


「ありがとうございます」


 みなとさんに礼を言って、私は女性たちに入店を譲る。


 その女性たちはど派手な格好をしていた。結構なお金持ちなのだろう。手にしているバッグは雑誌でしか見ないような高級ブランド品だった。私には到底手が届かない。


 その女性たちは、大声で喋りながら風光明媚の扉を開ける。


「ホント……店の前でボーッとしてたら迷惑だってわかんないかな」

「常識ないんだろうね」


 扉を開けた状態でわざわざ立ち止まって、女性たちは喋り続ける。私に目線を向けて、


「ダサいやつって常識ないよね。お店の前で立ち止まって……さっさと道開けなさいよ」

「そうだよねぇ……どうせ一番安いやつしか頼まないんだから……家でカップ麺でも食べてなさいよ、って感じ」


 ごめんなさい……ごめんなさい。本当にごめんなさい。全部私が悪い。たしかに、今の行動は私に否がある、喫茶店の扉の前で立ち止まっていた私に問題がある。だから何を言われても受け入れないといけない。


 悪口とは言え、彼女たちは盛り上がっている。こないだの女性社員たちと同じだ。ならば……邪魔したくない。


 いつもなら、こうやって我慢して終わる。だけれど……今日は私には連れがいた。


「失礼ながら……少し否定させていただきます」

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