第10話 そうですよ

 待ち合わせの相手、ではなさそうだった。というより、そうであってほしかった。もしもこの目の前の人たちがみなとさんであるならば、私は私の軽率さを恥じなければならない。


 そもそもインターネット上の待ち合わせだ。どんな人が現れても文句は言えないが。


 私の前には、3人の男性がいた。おそらく大学生くらい……金髪の人と耳にピアスをつけた人と、リーダー格っぽいガタイの良い人。

 

 ……これは……なんだろう。絡まれた、のだろうか。


「なぁお姉さん」金髪の男性が私に詰め寄って、「これから暇? 今から俺たちとどっかいかない?」

「おいおい」後ろのピアスの男性が、「お前、相変わらず地味なの好きだなぁ……もっとレベル高いの狙えよ」


 レベル低くてごめんね。もっとレベル高い人狙えって本当に。どっちも得しないよ。


「いいじゃん。こういうやつ、断らないんだから」断るよ。今から用事があるんだよ。待ち合わせがあるんだよ。「とにかくさぁ……お姉さん、一緒に行こうよ。どうせ暇でしょ?」

「……いえ……その、待ち合わせが……」

「女友達とでしょ? ちょっと断りの電話入れたらいいじゃん」


 なんで女友達だと思うのだろう。そんなに彼氏がいないように見えるか。いないけれど。大した観察眼だけれど。


 しかし……待ち合わせ相手の性別は、男性か女性どちらなのだろう。勝手に男性だと思いこんでいたけれど、女性の可能性もあるんだよな。そうだとしたら、この眼の前の男性たちの観察眼は本当に大したものだ。


「ほら。行こうぜ」


 金髪の男性が私の手をつかむ。突然手なんて掴まれたら、ビックリしてしまう。とはいえ私の体は固まってしまって動かないけれど。


 いつもこうだ。危険が迫っていても、怖がって体が動かない。声も出ない。されるがままにされてしまう。


 このままどっかに連れ込まれるのかな……3人相手に逃げ切れるとも思えないし、きっとそうなんだろうな。相手はヘラヘラ笑いながら、私の手を引く。どうやら引き下がる気はないようだ。

 

 ……私が襲われて、それでこの人達が満足するのなら……まぁいいのかな……こんな私でも他人の役に立てるのなら……


 ごめんなさいみなとさん。待ち合わせの時間に、私はいない。あとで謝罪の連絡をしよう。10分前まではいたんです。信じてください。あとちょっとのところで誘拐されたんです。


 腕を強く引っ張られて、いよいよ本当に連れて行かれそうになったときだった。


「おまたせ」低めの落ち着いた声が、聞こえてきた。「またせちゃったかな」


 見ると、そこには背の高い男性が立っていた。

 清潔感があって、細身。細身と言っても、鍛えてあるようにみえる引き締まった体。そしてイケメンと言っても差し支えないであろう容姿。


 その人は私たちに近づいてきて、金髪の男性たちに言う。


「その手を離してくれるとありがたいんですが」

「はぁ……? お前、この女の彼氏?」

「そうですよ。なにか?」


 すげー堂々と嘘をつく人だった。私はこの人と初対面。当然彼氏なんかではない。私なんかでは釣り合わない。


「……」金髪の男は舌打ちをして、私の手を放るように離す。「男がいたのか……だったらそういえよ」


 そう吐き捨てて、男たちは去っていった。とても機嫌が悪そうで、道端の石を蹴飛ばしていた。


 ……助かった……このイケメンに助けられてしまった。


 その人は冷静そうな顔から、申し訳無さそうな顔に移行して、


「申し訳ない……僕が遅れたために、依頼人を危険にさらしてしまいました」

「あ……」依頼人、ということは……「あなたが、みなとさん、ですか?」

「はい」その男性――みなとさんは一礼して、「あなたは……サントクでご依頼の方、ですよね」

「は、はい……あ……」青鬼あおき、と本名を名乗りかけて、慌てて踏みとどまる。「む、むぎ、です」


 サントクはインターネット上のアプリだ。だから、本名で登録している人は少ない。例によって私もアカウントの名前は本名ではないのだが、ちょっと適当に名前をつけすぎたと後悔している。目の前に麦茶があったからむぎ……適当なネーミングセンスだ。


「よろしくお願いしますむぎさん」みなとさんは優しげな笑顔で、「では、本日はどうしましょう。怖い目に合われていたようなので……日を改めるということも可能ですよ」

「あ……いえ、大丈夫です……」


 変なことに巻き込まれるのは、意外と慣れている。怖いのは怖いけれど、そこまで尾を引くほどじゃない。怖いのは怖いけれど。


「本日の予定はお決まりですか?」


 一応デートプラン……デートじゃないが、予定は考えてある。


「近くに喫茶店があるんですけど……よろしければそこに行きましょう」

「わかりました」


 肯定してくれた……ってこれくらいは当然か。向こうは商売なのだから、喫茶店くらいついてきてくれるだろう。プライベートなら嫌な顔されていたかもしれないけれど。


 ……いろいろあったが、なんだかスルッとみなとさんと出会ってしまった。まるで知り合いだったかのように、普通の感じで会話が進んでいる。

 この人……本当に私のことを全肯定してくれるのだろうか。説明も何もなかったけれど……でも人違いなわけないし……


 まぁいいか……仮にあんまり肯定してくれなくても、問題はない。ちょっとした気分転換でしかない。


 あんまり期待しないようにしよう。期待しても、苦しいだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る