第9話 そこのおねーさん
楽しいからおいで、とか……参加することに意味がある、とか……会話が苦手な人でも楽しめる、とか……いろいろと言葉はもらった。だけど、結局私はその手の集まりで楽しめたことがない。
飲み会だとかカラオケだとか、クラスの集まりだとか親睦会だとか……今度こそはと決意して参加するが、結局楽しめない。結局は私がいることによって場を盛り下げていることに気がつき、次から参加しなくなる。というより、誘われなくなる。
結果として独り身街道まっしぐらな私である。唯一友達、というか知り合いが大学生の頃には1人だけいた。とはいえそれは相手の人が優しいから渡しに接してくれていただけで、私に魅力があったわけじゃない。私からすればその人は唯一の友達だったけれど、その人からすれば私はその他大勢でしかない。
あの人、元気にしてるかな。ちょっと変わり者だったけれど、優しい人だった。頭も容姿も良くて……運動はちょっと苦手だったけれど、魅力の1つだった。
もう二度と会うことはないんだろうな。あの人は私とは住む次元が違う。あれだけ能力が高ければ、今頃一流企業で出世街道を進んでいるだろう。私とは、違う。
そんな過去の話を忘れようと、私は仕事に没頭する。なんとか勇気を振り絞って、来週の土曜日に1日の自由を申し出た。一応認可されたみたいだけど……果たしてどうなることやら。
土曜日に休めるように、少し前倒しして仕事を進める。小さいとは言え目標があるだけで、やる気が多少湧いてくる。それだけで全肯定の人に申し込んだ意味があったと感じられる。
とはいえ、いきなり能力が上がるわけじゃない。いつものように怒られて、いつものようにミスをする。いつものように仕事を押し付けられて、夜まで残業する。世の中にはもっと残業している人もいるのだと自分を奮い立たせて、なんとか仕事を進める。
そして……
「土曜日……」
予約の日になった。なってしまった。自分で申し込んだはずなのに、強烈に後悔していた。申込みなんてするんじゃなかったと、一週間前の自分を呪ってしまう。
予約時間はたしか午前10時。場所は私の家の近くの公園。その中の大きな時計の前。私の家の近くで待ち合わせできそうなところなんてそれくらいしかない。わからない場合はまた連絡してもらうことになっている。
現在時刻は9時。鏡の前で、途方に暮れる。
「……何を着ていけばいいんだろう……」
いつも仕事用のスーツしか着てない。最近は仕事で外出しかしてないから、本当にスーツしか着てない。私服なんてまったく用意してない。この1週間で用意しとけよ、という話だが、仕事まみれでそんな余裕はなかった。
いっそ、スーツで行ってしまおうか。それならファッションをあまり気にする必要はない。とはいえ仕事に行くわけじゃないのにスーツを着るのも気が引ける。なんとなく場違いな気がする。
部屋着……は良くないな。ただのジャージだ。高校時代に来ていたジャージをそのまま着てるだけだ。着る人によってはジャージも似合うのだろうが、私には似合わってない。明らかに……野暮ったい。
クローゼットやらを覗くが、目ぼしい衣装は見当たらない。というかクローゼットがスカスカだ。仕事用のスーツと数着のダサい服しかない。
しかし……デートでもないのに気合い入れていくのもなんだかな……
迷った末に、地味な上着を羽織るにとどまった。そして無地のロングスカート。普段ズボンだからあまりなれていないが……まぁいいや。これくらいが私には良い。
スマホでもう一度時間を確認。そしてもう一度鏡の前に立って髪型を整えて、家を出る。
これから初対面の人と合う。怖いけれど……ちょっとだけ、楽しみでもある。もしかしたら私の人生を変える出会いになったりして……なんてくだらない妄想をしている。
今から会う人とは、ビジネスライクな関係なのだ。仮に
そもそも、
ちょっとだけ心を弾ませて、公園までたどり着く。迂回しようと思っていた公園に待ち合わせの用事ができるとは……夢にも思わなかった。
休日の公園は、結構な人がいた。子供たちも、大人も結構見かける。ジョギングやストレッチ……みんな充実した表情を浮かべて、楽しそうに各々過ごしている。
……この公園、こんなに人がいたんだな。今まで目に入っていなかった。下ばっかり見てたから、人間が目に入っていなかった。顔を上げてみればこんな景色が広がっていたのか。
歩いて、待ち合わせの時計塔の前につく。私の説明でこの場所が通じただろうか。もしかして場所の確認の連絡が来ているかと思って、スマホを確認する。しかし何も連絡はない。
現在時刻は9時30分。待ち合わせの時間は10時だというのに、30分も早く来てしまった。まぁ他にやることもないので、ここで待っていても家で待っていても同じなのだけれど。
時間を持て余して、私は通行人を観察する。もしかしたら今歩いている人が待ち合わせの人……
それから、15分が経過。待てば待つほど緊張してくる。こんなことなら時間ギリギリに来ればよかった。それはそれで緊張するのだけれど。
さらに5分経過。約束の時間まであと10分。そろそろ姿を表してもおかしくなさそうなのだけれど……なんてことを思っていると、
「おう、そこのおねーさん」
いきなり、そんな声をかけられた。
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