第7話 便利だよね

 誰かに気を使って、自分を押し殺して生きる。それが私の人生。自分がやりたいことは後回し。

 そんな感じに言えば聞こえはいいけれど、結局は優柔不断なだけ。自分がないだけ。ただただ決断力がないだけ。

 もうちょっと強引に生きられれば、楽だろうに。


 部長の企画書……いや、企画書の前段階を解読して、次は同僚に押し付けられた文書を見る。これも結局部長の字で書かれているので、また解読からだ。


 というか……企画なんて私一人でするもんじゃないだろう。アイデアは一人かも知れないが、実現にはもっと人数をかけようとしてくれ。なんで私一人に休日出勤させて完成させようとするんだ。


 心の中で文句を言いつつ、現在のトレンド等を調べていく。今までの売上データを参照して、顧客の求めているものを機械的に考えていく。


 途中で一瞬意識を失いかけて、すでに時間が12時を回っていることに気がつく。どうやらお腹が減って倒れかけたらしい。


 考えてみれば、昨日からろくに食べていない。昨日の昼も確か食べてないはずだ。夜も、今日の朝もなにも食べてない。

 さすがにそろそろなにか食べなければ。私は仕事に一区切りつけて、食堂に向かう。


 こんな会社にも一応食堂があって、味の評判は……まぁ、良くはない。とはいえお手頃なお値段なので、利用している人も結構見かける。


 というか……土曜日なのに食堂もやってるんだな。休日出勤が多い会社だから、食堂も土日も営業しているようだ。ありがたいが、もう少し休ませてほしい。私も、食堂の人も。


 食券でカレーライスを注文する。そして食堂のお姉さんからカレーライスを受け取って、適当な隅っこの席に座る。


 最近、なにを食べても味がしない。食堂のせいではなくて、完全に私の味覚が狂い始めている。今の私にとって食事はただの栄養補給でしかなくて、味を楽しんでいる余裕はない。


 午後の仕事の進め方を考えながら、のそのそとカレーライスを食べ進める。


 そんなときだった。少し離れた場所に座る3人組の女性が、なにやら大きな声で喋っている。この人たちも休日出勤か……お疲れ様です。


 聞き耳を立てるつもりはないのだけれど、いかんせん女性たちの声が大きい。どうしても耳に入ってしまう。


「ねぇ聞いた?」

「なにを?」

「社長の隠し金庫」

「金庫?」


 社長の隠し金庫……とはなんだろうか。見られてはいけないものでも入っているのだろうか。


「なんでも……社長は気に入った女性にそれを見せるらしいよ。中身は大量のお金。お金持ってるから、私の愛人になれって」

「うわぁ昭和……まぁお金は魅力的だけど」

「わかる。やっぱりお金って重要だよね」

「じゃあ、もしも社長に金庫の中身見せられたら、どうする?」

「お金目当てならありかなぁ……でも社長は私のタイプじゃないし」

「私も」


 そんな会話を、楽しそうに笑いながら話している。なるほど、あれが世間話というものか。私には一生縁がなさそうだ。


 そして社長の隠し金庫……金の力で女性を口説こうとするわけだ。なんとも古いやり方だが、やはり一定の効果はあるのだろう。


 まぁ、私には関係のない話である。


 女性たちの話はなおも続く。


「それからさぁ……青鬼あおきさんって便利だよね」突然私の名前が出てきて、ドキッとした。「仕事押し付けたら、断らないし」

「わかる」わかるな。そんなことで共感しないでくれ。「私も青鬼あおきさんに仕事適当に回してるんだけど……ギリギリ及第点のものが出てくるよね。それをちょっと手直しして、私の手柄にすれば仕事が終わるの」


 聞きたくない話だった。押し付けられた仕事をこなして、手柄は奪われていたらしい。なんとなくそんな気はしていたけれど……こうして聞くとショックだな。


「まぁどうせ青鬼あおきさん、すぐ辞めるだろうし……できる限り仕事を押し付けようと思ってるよ」

「そうだね。あの人いると空気悪くなるし……辞めてもらえば楽になるよね」


 あーそうですか。わかってますよ私が空気を悪くしてることくらい。私の会話が面白くないことくらい、私が一番わかってますよ。何年私は私と付き合ってると思ってるんだ。


 ……ここで立ち上がって、私がここにいることを知らせてやろうか。そうすれば、多少は気まずくなるだろう。


 でもなぁ……せっかく楽しくおしゃべりしてるようなので、邪魔するのも忍びない。人の悪口とは言え盛り上がっているのは確かなので……邪魔はしたくない。私が私の悪口を聞かなかったことにするくらいで空気が守れるのなら、安いものだ。


 結局、私はコソコソと食堂をあとにした。よほど私は影が薄いのか、女性たちにバレることはなかった。


 あーあ……


 午後も仕事だ。

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