第6話 じゃあお願いね
土日は休みのはずなのだが、入社してから土日に休んだ記憶はあまりない。なんで私が土日の電車の運行状況を覚えるまで会社にいかなければならないのだろう。
とにかく、出勤する。公園を迂回して、トボトボと歩く。思わずため息が出てくる。
……はぁ……これで全肯定の申込みも後回しだ。今からやってもいいが、もっとしっかりと考えて決めたい。
電車に揺られて会社に向かう。あまりにも憂鬱。電車の外の景色が色を失ったようだった。中の景色も、だけれど。
そうして会社までたどり着く。そこまで大きい会社じゃない。経営だって苦しいという噂を聞く。さっさと潰れてしまえばいいのに……って、そこまで卑屈になってはいけない。
会社を見上げて、覚悟を決める。深呼吸をしてから、会社に入った。
社員証を機械で認証して、オフィスに入っていく。
休日なので、今日は人が少ない。まったく社会人意識が足りない人たちだ。休日を休日だと思っているらしい。本来そうであるべきなんだよ。
疲れているので、心の中まで皮肉っぽくなってしまった。相変わらず私は性格が悪い。
「
それから、上司は分厚い紙の束を私に押し付けた。
「……これは……?」
「見て理解しろ。いちいち説明させるな」
「……わかりました……」
説明してくれよ。わかんないよ。こんな分厚い紙の束だけ渡されてもわかんないよ。というか、パソコンあるんだからデータで送ってくれ。
自分のデスクに座って、渡された紙の束を見つめる。手書きの原稿……50枚くらいだろうか。上司のクセの強い字で書かれているので、解読するだけで疲れそうだ。
何が書かれているのだろう……そもそも私って、なんの仕事してるんだっけ? どんな会社に入社したんだっけ? 最近は頭がボーッとして、自分の近況すらもまともに覚えていない。入社してしばらくしてから、ずっとこんな感じだ。ずーっと視界と思考にもモヤがかかったような……
「
「はい……そう、ですね」
「そっか。私もそうなんだよねぇ……」同僚は耳打ちで、「いきなり部長に呼び出されてさぁ……ほんと勘弁してほしいよね。あの人考え方が古いから、休日出勤が美徳になってるんだよ。いまだにこのご時世で飲み会好きだし」
「は、はぁ……」
そんなことを私に言われても困る。楽しく世間話がしたいのなら、別の人に話せばいいのに。
そして……あの上司は部長だったらしい。言われてみればそんな気がしてきた。
「でも、
「え……」同僚は私の机に、紙の束を追加する。この会社……ペーパーレスという言葉を知らないらしい。「これは……」
「部長に押し付けられた仕事なんだけど……ちょっと私、今日忙しくて。代わりにやって」
「え……その……」嫌です。ただでさえ疲れてるのに、他人の仕事なんてしてられない。「それは……」
でも……もしかしたら本当に忙しいのかもしれない。本当に大事な用事があって、仕事を避けなければならないのかもしれない。だったら断ったらマズイ……のかな?
迷っているうちに、
「じゃあお願いね」
「……」
また仕事を押し付けられてしまった。しかも渡された紙の束は……今度はさっきのやつより分厚い。なにをこんなに書くことがあるんだよ。パソコンで作ってくれよ。ペーパーレスに取り組もうよ。
……いつものことだ。こうやって私が仕事を押し付けられるのは、いつものこと。私がどんくさいから、みんな私に仕事を押し付けていく。
悔しいけれど、突き返す度胸もない。それにこうやって私が苦しむだけで会社が回って給料がもらえるのなら、ありがたいことである。
というわけで仕事を始めていく。まずは上司……部長から直接押し付けられた書類に目を通す。
相変わらず手書きでの癖字。まず読むのに時間がかかる。どうやら次のおもちゃの商品企画に関する資料らしい。紙の束50枚くらいの熱量で、おもちゃに対する情熱が書かれている。いろいろとキレイな言葉を並べて、最終結論。
要するに、売れるおもちゃを企画しろ、ということだろう。解読だけで30分もかかってしまった。そして半分以上、過去の自分の業績を自慢する内容だった。あのおもちゃを企画していくら売れたとか、最近の若いやつは努力が足りないとか、俺達の世代は良かったとか……あんまり企画には関係のないことばっかりだった。
そういえば私……おもちゃ会社に就職したんだった。子供の笑顔が見たい、という外聞のいい言葉を並べて就職活動したんだった。今や自分の笑顔すらも久しく見ていない。
違う場所に就職してれば、少しは違っただろうか。いや、結局同じだろうな。私が……私が変わらない限りは、現状は変わらない。
つまり一生、私はこのままだ。
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