第4話 あなたのすべてを肯定します

 翌日、目が覚めた。カーテンの隙間から日差しが差し込んできて、私は重いまぶたを開けた。


「……」


 天井を見上げて、しばらく静止する。最近は目覚めても体が上手く動かない。最近は寝起きで体が重すぎて、行動する気も起こらない。


 スズメの鳴き声が聞こえる。日差しは朝を告げている。しかし、私の体は重いまま。いっそこのままずっと動かなくなればいいのに。そうすれば……開放されるかもしれないのに。


 そんなことを思いつつ、なんとか布団から這い出る。そしてそのまま時計を見て、出勤時刻だと一瞬ヒヤッとする。しかし、


「ああ……今日、休みだった」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、なんとか平静を取り戻す。そうだ、今日は2ヶ月ぶりの休み。待ちに待った休みの日だ。


 ……どうせ上司に呼び出されて、休日出勤させられるのだろう。だけど、それまでは自由時間。今までやれていなかったことを、存分にやってやる。


 だが決意とは裏腹に……


「やりたいことって……なんだっけ……」


 床に寝転んだまま考えるが、答えは出ない。私には将来の夢も、これからの展望も、なにもない。ただ漠然と毎日を過ごしているだけだ。それはこれまでの人生でもそうだったし、きっとこれからの人生でも変わらない。


 ……いかん……このままネガティブ思考に陥るのはマズイ。朝食を食べる気力も湧いてこない。このままでは餓死してしまう。いくらお先真っ暗な人生とは言え、死ぬのは怖い……いや、このまま死んでもいいのだけれど、できれば苦しまずに死にたい。餓死は嫌だ。


 なんとか地面をはって、食パンの前にたどり着く。食パンの袋を取って、中の食パンを口に入れようとして、


「……ない……」


 中身がない。食パンの袋だけが後生大事に取ってあった。どうやら食パンを買っておくのを忘れたらしい。


 お腹が鳴った。グーッと情けない音を立てて、私に私自身の空腹を伝えてくる。


 他になにか食べるものあったかな……なかったらどうしよう。食べに行く気力もない。買いに行く体力もない。


 このままもう一度眠ってしまおうかと思ったが……それは良くない。本当に死んでしまう。


 どうにかして目を覚まそうと、私はスマートフォンを取り出す。昨日充電するのを忘れていて、10%くらいしか充電がない。私の気力よりは充電されているようだった。


 スマホを起動して、なんとなくニュースを眺める。感染症がどうとか、政治がどうとか、スポーツがどうとか……芸能人の不倫が何だとか、私には興味のないニュースが並んでいる。もっと明るいニュースがあればいいのに、どれもこれも暗いニュースばっかりに見える。それは私の精神状態のせいだろうか。


 そのまま、私は惰性でアプリを開く。


 そのアプリの名前は『サントク』という。3つの得……『得意なことで』『特別なことして』『得しよう』という3つの得がある。だからサントクというアプリ名らしい。


 要するに、インターネット上で自分の特技を売ったり買ったりできるサイトである。


 売られているものは多岐にわたる。たとえばゲームの攻略情報。あるいは一緒にゲームプレイをする時間。手作りの商品であったり、明らかに市販品をそのまま転売しているものもある。

 一緒に遊んだり映画を見たり……話し相手になってもらったり物を買ったり……


 ともかくいろいろなものが売られている。売れないのは個人情報くらいと言われているほど、自由にものを売りに出すことができる。自分のスキルが売れる場所、ということだ。コミュニケーションが得意なら、話し相手募集がうまくいく。


 かくいう私も、大学生時代にサントクを利用していた。得意だと思っていた手芸をいかして、ぬいぐるみとかを売ったりした。一度だけ買い手がついて、大喜びしたものである。


 最近は、見てるだけだ。買う余裕も売る余裕もない。なんとなく惰性で商品を眺めているだけ。


 どうせ買いたいものなんてないんだ。売るものもない。スマホの充電もないし、さっさとアプリを閉じてしまおう。


 そう思った瞬間だった。


「……なにこれ……」


 少しだけ、私の興味を引く文言が見えた。


『あなたのすべてを肯定します』

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