第3話 夕食忘れた
木登りに挑戦すること3回。途中で滑って落ちたのが2回。あと少しでランドセルに届きそうなところで枝が折れて落下したのが1回。
別に少女を助けたかったわけじゃない。このまま無視して帰ったら、気持ちよく眠れないと思っただけ。私は善人なんかではない。
4回目の挑戦。木に登って、枝を慎重に伝っていく。そろそろ枝が折れそうというところで、目一杯ランドセルに向かって手を伸ばす。
ギリギリで、届かない。もう少し……もう少しで届くのに……
思わず、さらに手を伸ばす。そして、
「あ……」
バキッと、枝の折れる音がした。
落下する。受け身もろくに取れないで、背中から地面に激突する。
痛い。全身が痛い。涙が出そうだ。やっぱり無視して帰ればよかった……
しかしここまできて諦めるのもなんだかムカつく。覚悟を決めて木の上を見つめ直したとき、
「あれ……」
木の枝に引っかかっていたランドセルがなくなっている。カラスが持っていったかと一瞬思ったが、そんなわけもない。
じゃあどこに……周りを見ると、ランドセルは地面に落ちていた。赤いランドセルが地面にあるのが見えた。どうやら私が木から落ちる衝撃で、ランドセルも落ちてきたらしい。
良かった……ここまでやって成果なしでは悲しすぎる。本当に取れてよかった。
泣いていた少女は落ちてきたランドセルに飛びつく。そしてすごい勢いで中身を確認し始めた。
……よほど大事なものを入れていたのだろうか。たしかにランドセルが帰ってきて嬉しいのはわかるけれど、お礼くらいは言ってほしい。
……いや、お礼目当てでやったわけじゃない。別にお礼なんていらない。ただ私がやりたかったから、やっただけ。
私は重い体を引きずって、家を目指す。
公園を抜けて、狭い路地を抜ける。そしてラーメン屋の前を通って、しばらく歩く。
そうして、見えてきた。私の家……
ボロアパート。家賃は安い。お風呂もトイレもついている。ただクーラーはない。夏は暑いし冬は寒い。壁は薄いし大家さんは怖い。
……まぁ、良い家だ。こんな私にも住める家がある。それだけでありがたい。私の能力値に見合った家だ。
実はお金の方は、少し余裕がある。もうちょっと良い家に住むことも可能だとは思う。
だけど、今はそんな気力もなかった。新しい家を探す精神的余裕が無いのだ。
仮に新しい家に住んだとしても、事態が好転するとは思えない。私が苦しんでいるのは私の力不足が原因なのだ。だからこそ、自分に腹が立ってくる。
玄関の鍵を開けて、部屋に入る。そしてそのまま服も着替えずに布団に寝っ転がった。
体が重い。頭も重い。最近は2ヶ月くらい休み無しで働いていた。さらに今日は帰り道にボールをぶつけられたり木登りをしたり……疲れることが多かった。
「あ……夕食忘れた……」
途中で買って帰ってきて食べるつもりだったのに、すっかり忘れていた。お腹は空いているけれど、今は食べる気力がない。とにかく手足が重かった。
そういえば明日は2ヶ月ぶりの休みだ。しかし、どうせ休日出勤で呼び出されるような気もする。だけれど……まぁ半日くらいは休めるかもしれない。そんな希望がなければ、私は明日を生きられない。
どうして私の人生、こうなってしまったんだろう。
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