十八章 平和になった世界で

 酒呑童子を倒した後しばらくの間ぼんやりとしていた千代達だったが恐る恐る雪奈へと近寄る。


「雪奈……」


「……酒呑童子は倒された。これで元の世界へと戻れるけれど皆如何したい?」


千代が呼びかけると普段の雰囲気に戻った彼女が問いかけた。


「元の世界……」


『……』


復唱するかのように彼女が呟くと皆考え深げな顔で黙り込む。


「とりあえず柳とライトが目覚めたらどうするのかよく話して決める事だね」


「では、今日はこの辺りで休みましょう」


雪奈はそれだけ告げるとどこかへと歩いて行ってしまい取り残されてしまった皆へとトーマが声をかけた。


「皆様は元の世界に帰ると思いますか?」


「……」


星空を見詰めていた雪奈の背後に立ったトーマの言葉に彼女は振り返る。


「そればかりは千代達が決める事だ。僕は関係ない」


「えぇ、そうですね。貴女はただ運命に従い彼女達をこの世界へと導いただけですから。運命の導きが必要なくなった今千代様達を縛り付ける物は何もありませんからね」


淡泊に答えられた言葉に最初から分かっていたのか彼も小さく頷くだけだった。


「未来をどうするのか決めるのは彼女達自身で決める事だ。僕は、どのような結果であれ受け入れる覚悟はできている」


「もし、皆さんと道を違える事があった時貴女はこの世界から消えるのですか」


雪奈の言葉にトーマが悲しげに瞳を揺らして問いかける。


「それは違うよ。トウヤ。僕は最初から存在してはいけない者だ。いてはいけない者が神々のいたずらで関わってしまっただけ。この世界の秩序に従い元通りに戻るただそれだけだよ」


「貴女はまた俺達の心に深い穴を残して消えてしまうおつもりですか。本当に貴女という方は酷いお人だ」


ふっと儚げに微笑み言われた言葉に彼が溜息交じりに呟く。


「僕はこの世界の人じゃない。ならいつまでも君達との縁と言う呪縛に囚われていてはいけないんだ」


「二度と会えなくなるくらいならばこんなにも関わるべきではなかった……貴女の口癖でしたね」


彼女の言葉にトーマが目を伏せて話す。


「……トーマ。君ももうその呪縛から解き放たれる時だと思うけど」


「……」


静かな口調で言われた言葉にトーマは真っすぐに雪奈を見詰める。


「神や精霊が許したって己が許せなければ解き放たれないままでいるつもりだった。なら僕が君を許してあげるよ。あの時共に旅をして戦った仲間の一人としてね」


「雪奈さん……俺は、トウヤという名を封印して今の今まで転生を繰り返し生きてきました。結様達を、千代様達を導き支え守るために。ですがそれはあの時アオイ様達を裏切った償いをしたかったただの我が儘に過ぎません」


引き込まれるほど暗い色を放つ茶色の瞳に魅せられながら彼が語った。


「俺が俺を許せない限りこの命ある限り償わせて頂きたいのです」


「……勝手にすれば」


「有難う御座います」


語り切ったトーマから背を向けて雪奈は歩き去る。その後ろ姿へと彼が深々と頭を下げた。


「……これでようやく俺は俺として生きていけます」


誰もいなくなった空間で一人佇む男は解き放たれた事に微笑む。


それから朝になり皆ご飯を食べ終えるとちらちらと雪奈の顔を見やる。


「雪奈私達いろいろと話し合って考えたの」


「……」


千代がいよいよもって口を開くと彼女はそちらへと視線を向けた。


「鬼に支配されていたこの世界の人達はいくら解放されたからと言ってもまだまだ大変だと思うのよ。だから私達で復興を手伝えないかなって」


「つまり、この世界に残るってこと」


彼女の話に雪奈は分っていながら問いかける。


「そりゃあ、帰りたいとも思ったわ。でもこの世界が私達が本来いるべき場所なら帰れない。向こうの世界に残した家族や友人が気にならないかって言われたらそりゃあ気になるけれど……でも、私達は元々この世界の人だったならここに残ってやるべきことをやっていくべきだと思ったのよ」


「皆もそれでいい訳」


千代の言葉を聞いて彼女は皆へと視線を向ける。


「私もこの世界を見てきてこのまま帰れないと思いました」


「俺も自分がやれることがあるならこの世界の人達の為に何かしてあげたいと思ったんだ」


真っ先に麗と風魔が口を開いて話した。


「千代や麗が残るっていうなら僕も残る。だって心配だからね」


「オレも元々一人だったし、あっちに未練はない」


柳が言うと冬夜も淡々とした口調で語る。


「血に染まったこの身体であちらにいることはできないだろう……少なくとも俺は何もかも忘れて普通の暮らしに戻れと言われても無理だからな」


「おれも苦しんでいるこの世界の人達を残して帰れるかと言われたら無理です」


忍の言葉に続けて布津彦も話す。


「オレもこの世界に来ちまったんだ。ならこの世界で生きていくのも悪くないかなって」


「サザだけ残すわけにはいかないもの。私も自分にやれることをしてこの世界の人達を助けたいの」


「オレもこの世界は苦しくて見ているだけで悲しいでーす。ですからオレの力で何とか出来るなら手伝いたいです」


サザが頭を掻きながら言うと胡蝶も語る。ライトも熱意を込めて話した。


「分かった。ならもう心配いらないね。皆が残るというのなら僕も最期まで付き合う」


「では、俺も皆さんのお手伝いをさせて下さい」


話を聞き終えた雪奈は珍しく優しい表情で話す。トーマも力を貸すというと小さく微笑んだ。


「勿論わたし達もいるんだからね」


「ぼく達にまっかせてよ」


ケイコとケイトもにっこり笑って答える。


「まずは竜神に会いに行こう。彼等ならこの世界の事について詳しいから、復興するのにどうすれば良いのかの知恵を貰えるかもしれないからね」


こうして鬼退治の後は世直し旅が始まった。それから何十年もの間復興の為に皆走り回り人々から聖女伝説の復活とまで謳われるようになった。


余談だが彼等を信仰する人々が各地に神殿を立てた。その中でも布津彦は布津主として武の神として崇められ彼が使っていた剣が祀られる。本人はそのことに大変驚き戸惑ったというのは仲間内しか知らない面白話となった。そうして何十年何百年の時が経った現在もその信仰は変わらずに続いている。


「……雪奈さん。有難う御座います」


「いきなり何」


夜空に煌く星々を眺めている姿が全く変わらない雪奈へとこちらも全く年をとらないトーマが近寄って来ると声をかけられ彼女は小さく笑う。


「この世界へと残る道を選んで下さったことですよ」


「まぁね。僕もまだやる事が残っているからさ」


分っているでしょうと言いたげに語る彼へと雪奈は答える。


「……また星が廻る」


「どの次元軸にいたとしても俺はずっと貴方のお戻りをお待ちしておりますよ」


彼女は言うと流れ星を見詰めた。その姿を眩しそうに見詰めながらトーマだった男は呟く。


「トウヤ。また運命がめぐり合わせたら会えるだろう。じゃあね」


「はい。運命が廻るままに……」


制服へと変わる己の姿を見ると彼女は朝焼けに染まる町の中へと向けて歩いて行く。その背へとトウヤが深々と頭を下げて見送った。

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