十六章 酒呑童子

 各地に点在していた鬼をすべて倒しいよいよ残すは首領である酒呑童子のみ。


空船を山の頂上に着陸させると外へと出る。


「……うっ」


「くっ」


「冬夜、忍大丈夫?」


地面へと降りた途端立ち眩みを起こす二人に千代が驚いて声をかけた。


「頭が痛い……」


「大丈夫だ」


「二人は敏感なのですね。ここの気に当てられて具合が悪くなったのでしょう」


二人の顔色は悪くその様子にトーマがふむといって話す。


「それって大丈夫なのか?」


「雪奈さんならなんとかできるでしょう」


「人をこき使わないでよね。ま、仕方ない……」


サザが心配そうな顔で尋ねると彼がにこりと笑い雪奈へと視線を向ける。それを受けた彼女は溜息を吐き出すと緑石へと右手を当てた。すると緑色の光が辺り一帯に広がり消える。


「もう痛くない」


「……」


「二人とも顔色が良くなったわね」


具合が悪そうだった彼等が体調が戻ったことを確認すると胡蝶が安堵し微笑む。


「それでは、先へ進みましょう」


「ちょっと待った」


トーマに促されて足を進めようとする皆を雪奈は止める。


「何?」


「どうかしたですか?」


柳とライトが振り返り彼女を見やるとそこにはいつものように不愛想な顔をした彼女が辺りを気にしていた。


「ここは酒呑童子がいる山だ。今まで以上に敵は強くなっている。そんな奴等と戦いながら目的地を目指していてはこちらの体力が奪われてしまう」


「それではどうすればよろしいのですか?」


雪奈の説明に布津彦が困った顔で問いかける。


「何の準備もしていなかったと思う。ケイト、ケイコあれを皆に」


「「はーい」」


彼女の言葉に二人が返事をすると皆の前に羽衣を差し出す。


「これは?」


「竜神から預かって来た神の力が宿る羽衣。それを被っている間は気配どころか姿を隠すことが出来る」


麗が羽衣を見ながら首をかしげると雪奈は説明する。


「これさえあれば酒呑童子の下まで戦わなくてすむってこと」


「さぁ、皆。これを着てみて」


ケイトとケイコの言葉に従い皆それを羽織ってみるも特に変わったようには感じられず不思議そうな顔をしていた。


「特に変わったようには見えないが」


「でもさっきまで感じていた敵の気配が薄くなったのは確かなようだ」


風魔の言葉に忍が周囲を見て話す。


「これを着ていたとしても酒呑童子にはごまかせないだろう。だが、奴の下に行くまでは安全だ」


「では、今度こそ行きますよ」


雪奈の話が終わるのを待ちトーマが先を促す。今度こそ皆は足を進めた。


羽衣のおかげなのか鬼達との戦いは起こらず順調に下山していく。


「酒呑童子はこの山の何処にいるんだ?」


「この山の中腹に次元を隠す印が組まれた場所がある。その中に奴の居城がある」


「つまり、隠された場所に入る為にはその印を崩す必要があると」


柳の質問に雪奈は答えると納得した顔で風魔が頷く。


「まぁ、そこまで来たら僕に任せて」


「雪奈は何でもできるのね」


彼女の言葉に千代が感心して言う。その視線を受けながら雪奈は先へと進んでいった。


「この辺りに隠されているはずです」


「……」


「雪奈さん?」


トーマが言うと足を止め周囲を見回している雪奈へと不思議そうに麗が声をかけるがそれを無視して何かを探している様子。


「あった……これだな……我時の使者であり緑の星の子。彼の者に続く道を開けよ」


探していた印を見つけると呪文のような物を呟き右手を当てる。すると掌から緑の光が現れると木々に遮られていたはずの場所に一本の道が出現した。


「っ!? 道が……」


「さっきまで何もなかったのに」


「……この先から強い念を感じる」


驚いて目を白黒させる布津彦の隣で胡蝶も呆気にとられる。冬夜が奥から伝わって来た嫌な気に体を縮こまらせ冷や汗を流した。


「この先に酒呑童子が……いる?」


「千代、オレの後ろに」


冷汗を流しながら千代が呟くとライトが彼女の前へと進み出て言う。


「麗。僕達の後ろから離れないでよ」


「は、はい」


柳の言葉に麗も返事をすると慌てて皆の後ろへと回った。


いよいよ酒呑童子との戦いが待ち構えている。首領となり世界を牛耳る鬼とはいったいどんな人物なのか緊張で強張る体を無理矢理動かしながら皆は雪奈とトーマの後に続く。


「いよいよか……酒呑童子。哀れな鬼。僕の手で葬ってあげるよ」


誰にも聞き取れない声音で雪奈は呟くと右足のフォルダーに入れているナイフへと手を伸ばした。


薄っすら霧の立ち込める森の道を進んでいると一つの家屋が見えてくる。


とても古い寺のような建物でその扉は開かれており「いつでも来い」と嘲笑っているかのようであった。


「どうやら迎え入れてはくれるみたいだよ」


「そっちがその気ならこっちだって準備できてるぜ」


雪奈の言葉にサザが引きつった笑みを浮かべながら武器を手に取る。


皆いつ戦いが起こってもいいように己の相棒に手をかけ先へと進む。


すると屋敷の中庭に白に近い銀色の髪を風になびかせた一人の少年が立っていた。


「……来たか」


「あの子が酒呑童子?」


こちらへと振り返る赤い瞳の少年の姿に千代が想像と違っていて戸惑いながら尋ねる。


「我が同胞達を次々と倒しここまで来たことは褒めてやろう。だが、我も同じだと思うな。何も知らぬふりしてここから出ていくというならば見逃してやる」


鬼の首領というだけあって話し合いで解決しようと配慮をうかがわせる口調で言われて今までの鬼との違いに皆戸惑った。


「残念だけどそう言うわけにはいかない。君を倒さないとこの世界の人々はずっと苦しむ。ここで決着を付けさせてもらうよ」


「我を倒してどうなるという? 狂気に憑りつかれた者あるいは人の為に鬼を倒し鬼と化した者……そうやってまた鬼が生まれるだけ。我を倒しても何にも変わらない。その連鎖は繰り返される」


「あるいはそうなのかもしれない。だけど僕ならその連鎖を断ち切ることが出来る」


静かな口調で酒呑童子と雪奈は話し合う。こんなに穏やかに話し合うものだからこれから命を取り合う相手同士とはまるで見えない。


「……ほぅ。面白い事を言う。長きに渡る瑠璃王国の血を受け継ぎし者達の支配で確かに一時的には平和な世となっただろう。江渡の時代を得て戦国の世となったこの世界。人々は争い血を流しそして我等鬼が生まれた。鬼とは人の業から生まれた物。かつて人だったものの成れの果て……貴様ごときにその連鎖を断ち切る事なんてできるはずがない」


「何だか話を聞いていると可哀想だわ」


「悪い鬼だから倒さないといけないそれは人間の生活を脅かさないための人の業。だが鬼となってしまった者達も好きで鬼になった訳ではない。煉獄も悪鬼も鬼若も怠婆も無羅も影鬼もそして酒呑童子君もまた」


彼の話に千代が同情して悲しげな顔で呟く。それに雪奈は淡々とした口調で話した。


「我等の生まれを哀れというか。そんな同情など必要ない。我等は我等の意志で生まれてきた。人と鬼所詮は歩み寄れない存在同士だ。これ以上の話し合いは不要だろう」


「そうだね、いくら言葉を連ねたところで何の意味も持たない。倒される者と倒す者。その違いは変わらないのだから」


酒呑童子が言うと場の空気が電流が走ったかのように凍てついた不穏な空気に変わる。雪奈も分かっているといいたげにフォルダーに仕舞っておいたナイフを取り出した。


「貴様等が勝つも我が勝つも時の運。遠慮はいらぬ。貴様等の全てぶつけてみよ」


「言われなくてもそうするさ」


「皆さん武器を構えて下さい」


彼の言葉に彼女は言い放ちながら相手へと斬り込んでいく。トーマがチャクラムを構えながら皆に指示を飛ばした。


こうして避けられない戦いは始まりこの先の未来を守るため千代達は鬼の首領酒呑童子との最後の命をかけた死闘を繰り広げる事となる。

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