十五章 幻覚にかけられた雪奈

 毒霧の鬼無羅を倒した一行は残っている幻影の鬼影鬼を倒すべく彼の納める土地へと向かっていた。


「ねぇ、雪奈。私達も大分こちらの知識が付いて来たから考えるようになったのだけれど、貴女は私達と同じ生まれ変わりって訳ではないのよね? だとしたら竜神やケイトとケイコと同じような存在ってこと」


「賢者って呼ばれているって話も気になるしな」


千代の言葉に柳も雪奈の方を見やり聞いてくる。


「……そうだね。そろそろ話してもいいころ合いかな。僕は精霊だよ。時を超え時を渡る能力を持っている。だから君達の先祖とも何回か関りをもった」


「俺に守護者の力を与えて下さったのも雪奈さんなんです」


「え、トーマさんって最初から守護者じゃなかったんですか?」


彼女の言葉にトーマが微笑み語ると麗が驚いて尋ねた。


「まぁ、過去にいろいろとありましてね。その話はまたいずれ……それよりそろそろ見えてきますよ」


「ここが幻影の鬼影鬼が納める地……」


ごまかすように話をそらした彼の言葉に従い窓の外へと視線を向けた忍が呟く。


「いよいよ各地を納める最後の鬼との戦いですね」


「幻影を見せられたりしないように気を付けないと……」


布津彦が緊張した様子で呟くと胡蝶も別の意味で警戒しながら言う。


「相手の一番見せたくないものを見せるなんて厄介だよな」


「オレはパパの姿を視そうで怖いでーす」


サザの言葉に一番見たくない幻影を思い浮かべてライトが呟く。


「……見えないように目を閉じる?」


「いや、肉眼に見せるというか脳の神経をマヒさせるという感じかもしれないよ」


冬夜が首をかしげて問いかけると風魔が笑って答える。


「あの山の上に停められそうだからそこに船を停留させるよ」


雪奈は言うと山の頂上へと空船を動かした。


「薄暗い森ね……」


「鬼の影響もあるのか嫌な空気が蔓延してるな……千代、麗。気を付けて」


山の麓に広がる森に千代が呟くと柳が気を付けるように話す。


「柳はいつも千代と麗ばかり気に掛けるな」


「まぁ、千代とは幼馴染だからね……麗はなんか放っておけないっていうか一人で危険な目に合いそうなほどぼんやりしているっていうかで気になるんだよ」


サザの言葉に淡泊に彼が答える。


「私そんなに危ういかな?」


「麗はほんわりしてるから」


「そーそう。麗奈の血をちゃんと受け継いでるって感じよねぇ」


麗が首を傾げる様子にケイトとケイコがくすりと笑い話す。


「天然で何やらかすか分からないってことだね」


「わ、私はそんなに天然じゃないもん」


「まぁ、皆気を付けて先に進むってことで」


雪奈までニヤニヤ笑い言い出したので彼女がショックを受けて俯く。その様子に風魔がやんわり口をはさんだ。


そうして森の中を歩き続けていると辺りが急に白い霧に覆われ始める。


「霧?」


「……気を付けて。この辺りに何か潜んでいるよ」


不思議そうに呟く布津彦の言葉を聞きながら雪奈はナイフを構えて前へと進み出る。


「くくくっ。貴様等の行動なんてお見通しなんだよ。俺様こそが酒呑童子様の次に偉い鬼。影鬼様だ!」


「影鬼!?」


「こんなところに潜んで待ち構えていたという事か」


木立の間から姿を現したのは少年の姿をした影鬼で相手の出現に胡蝶が驚き忍が刀を構えて前へと進み出る。


「何故か幻影の術が上手く効かなくなってな。仕方ないからこの俺様自らやって来てやった。そしてそいつに幻影をかけてやったのさ」


「何を言っているんだ?」


「オレ達の誰か幻影にかかっているですか?」


影鬼の言葉に怪訝そうにサザが言うとライトが皆の姿を見やり尋ねた。


「……」


「雪奈?」


「皆さん、雪奈さんは今幻影の術に囚われております。うかつに近づかない方がよろしいでしょう」


ナイフを構えたまま動く様子のない雪奈へと冬夜が声をかける。するとトーマが彼女から離れるようにと促した。


「まさか、雪奈が幻影に?」


「一体今何を見せられているんだ」


千代が呟くと一歩下がる。柳も言いながら距離をとった。


「くくくっ。そいつは今見たくもない過去の出来事を見せられて狂っていくのさ。さぁ、俺様の代わりにそいつらを殺せ!」


「……」


影鬼が言うと雪奈はナイフを振りかぶり皆の方へと近寄っていく。


「雪奈さん私達の事が分からないのですか? ……っ?」


「「麗近付いちゃだめだよ」」


麗が悲痛な思いで駆け寄ろうとするとケイトとケイコが彼女の腕を掴みとめる。小柄な体の二人だが以外に力強くその場から動くことが出来なかった。


「っ、でも……」


「「ここは雪奈に任せよう」」


「どういう事ですか?」


悲痛な思いで呟く彼女の耳に二人の囁きが聞こえ不思議に思い首をかしげる。


「……はぁ」


気怠そうな溜息を吐いた雪奈は千代達の後ろの霧目がけて切りかかった。


「ぐぅ……!? 何故だ何故幻影が効かない」


「悪いけど僕にはそんなもの通用しないよ。それより。見たくもない物見せられて僕は今凄く機嫌が悪いんだ。悪いけど手加減はできないよ」


霧の中に隠れていた本体へと斬りかかった勢いでそれを避けた影鬼が姿を現し驚く。


その様子に嫌な笑みを浮かべて彼女は言うとナイフを構えた。


「千代達の力を付けさせるためここは譲ろうかと思っていたけど、見たくない物見せたお礼に僕が君を葬ってあげるよ」


「こうなったら他の連中を操って……えぇい。そんな面倒臭い事している場合じゃない。この俺様自ら貴様等を倒してくれるわ」


ナイフを構えて駆け寄って来る雪奈の様子に影鬼が本当の姿を現し狐のような顔の化物の姿へと変わる。


「輪廻の果てで眠れ……はっ」


「ぐぁ!?」


雪奈が放ったナイフは幻覚か本物か一本だったものが五本に増えそれが相手を貫く。


そうして木に張りつけにされた状態の影鬼がもがいて抜け出そうとしている間に一瞬で間合いを詰めた彼女は持っているナイフで相手の心臓を貫いた。


「……」


掻き消えていく相手などに目もくれず彼女はそっと瞼を閉ざす。


「それで、雪奈が見たくない物って何だったの?」


「そんなこと知って何の得になるの?」


空船へと戻る最中千代が尋ねてきた言葉に雪奈は答えない。


「だって、何でも完璧な雪奈が苦手なものがあるっていいうのが、ねぇ?」


「確かに気にはなるな……」


「僕だって生きているうちにはいろいろと経験だってするさ。君達にだってあるだろう。忘れたいけれど忘れられない過去の経験とかがさ」


彼女の言葉に忍も見てくるものだから雪奈はため息交じりに話す。その言葉に皆思い当たる経験があるのか黙った。


「傷口をえぐるような真似をしたらさっきの影鬼みたいになるよ」


「おや、冗談にしては物騒ですねぇ」


雪奈の言葉にトーマが面白がってからかう。


「冗談だと思うなら試してみる?」


「この話はここで終わり! さぁ。残るは鬼の首領酒呑童子だ。皆気合い入れていこうぜ」


ナイフを抜き放ちそうな黒い笑顔で言われてサザが慌てて話をそらす。


雪奈が見せられた幻影についてはこれ以上誰も何も聞けなくなり、その後は黙って空船へと戻っていった。


「それで、雪奈さん。あなたが見た幻影というのは昔話して下さったあの物語の時の事でしたか」


「君も懲りない人だね。聞いてどうするの」


「いえ、貴女でも忘れたくても忘れられない過去の傷があるのかと思いましてね」


空船へと戻り皆思い思いに過ごしている時、雪奈のいる操縦室へとやって来たトーマが尋ねる。それに彼女が淡泊に吐き出すとくすりと笑い彼が答えた。


「……トーマ。君にも忘れたくても忘れられない過去があるのと同じように僕にだってあるのは確かだ。だけど、それで後悔していたって何の意味も持たない。後悔する暇があるなら前に進まないといけない。贖罪の日々はまだまだ続くのだから」


「……そのお言葉身に沁みます。俺も、経験が御座いますので」


「アオイ達を裏切った事未だに後悔しているというのならば、君はこれからの人生をどう生きていくのかちゃんと考えなよ。君はもう許されている。後は君自身の心次第でどんな道にも行けるのだから」


真面目な顔で語り合った二人はその後何か話すでもなく黙って過ごす。


その間もこの旅の目的である酒呑童子のいる地へと向けて空船は進んでいった。

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