九章 餓鬼の鬼 悪鬼

 宮殿の近くまでやって来た千代達が物陰に隠れて様子を見ている中、雪奈は一人屋敷の正門へと近寄っていく。


「でも、本当にこんな簡単な作戦に相手が落ちてくれるのかしら?」


「雪奈さんなら問題ないでしょう。いいですか、合図があがったら動きますよ」


胡蝶が疑問を抱き呟くと答えるようにトーマが信頼しきっている顔で語る。


「止まれ!」


「ここは悪鬼様のお屋敷だ。そのほう何故の御来訪か」


槍をクロスさせてゆく手を止める門番の兵士の鬼に雪奈はふっと微笑む。


「いや、旅の者だけど。この地域を納める名高い悪鬼様にご挨拶をと思い参上した次第。どうぞお通し願いたい。こちらはつまらないものだけれど悪鬼様への捧げもので御座います」


「中身を確認致す」


彼女はそう言うと風呂敷包みを示し話す。その言葉に兵士の一人がそれを受け取り中身を確認する。


「はっ」


「ぐぅ……貴様」


「侵入者だ!」


風呂敷に夢中になる兵士達を斬り捨てると隙を付いて敷地の中へと駆け込む。


雪奈は現れる鬼を斬っては捨て斬っては捨てるを繰り返しながら思う存分暴れまわり事を荒立てる。


そうして十分に鬼達の注目を集めたところで合図ののろしを上げた。


「合図です。今のうちに悪鬼の下へ」


トーマの言葉に千代達は見張りがいなくなった正門から中へと入り悪鬼の下へと向かう。


「悪鬼は何処にいるのか分かってるのか」


「えぇ。奴はいつも王宮の奥で飲んだくれております。恐らくこの騒動にもものともせずに食い倒れている事でしょう」


「つまり兵士達が雪奈を追いかけている間にそこまで乗り込むという事だな」


柳の質問に彼が答えると風魔が納得して頷く。


そうして皆が悪鬼の下へと向かっているころ雪奈も敷地にいた鬼全てを倒した後合流するため宮の奥へと向かう。


「さて、トーマが上手くやってくれていると良いのだけれど」


そう呟き酒と食べ物の匂いでむせ返るような部屋の中へと駆け込む。


「まだネズミがいたか!」


「雪奈!」


雪奈の気配に気づいた悪鬼がぎろりと睨み付けてくる。それを流しながら皆の下へと近寄る彼女に千代が笑顔で声をかけた。


「トーマ。僕が来るまでに倒しておいてって言ったよね」


「いやはや申し開きも出来ませんね」


顔を真っ赤にして怒り殺気を向ける悪鬼の様子に彼女は背後にいるトーマへと声をかける。それに彼が小さく笑い答えた。


「この我に刃向かう愚かな屑共め。この餓鬼の鬼悪鬼様に逆らったことをあの世で後悔するがいい」


「巨大化した!?」


悪鬼が言うとその姿はみるみる大きくなり屋敷の屋根を破壊してもその大きさは留まる事がなく、その様子にサザが目を白黒させてたまげる。


「あれが本来の悪鬼の姿です」


「冗談じゃないわ。あんな化物どうやって倒すつもりなの?」


「だけど、相手はオレ達の姿を捉えられていないみたいだ」


涼しげな顔で語られたトーマの言葉に胡蝶が叫ぶ。しかしよくよく観察していた冬夜がある事に気付いて伝えた。


「貴様等なんぞ、潰してくれるわ」


「……本当に見えていないみたいだな」


悪鬼の声が轟くと右足で踏み潰そうとしたそれはまったく見当違いな所の床を砕く。


その様子に忍が冷静な声で答えた。それならばこちらに勝機があるかもしれないと思った皆は武器を構える。


「オレの一太刀受けてみろ」


「この一振りに全てをかける……やぁ」


ライトが斬り込み隊長といった感じで突っ込んでいくとその後に続くように布津彦も剣を振った。


「ほら、鬼さんこちらってね」


「相手を侮っちゃいけないよ。はっ」


柳が茶化しながら右へ左へとうろうろして相手をほんろうする。そこに注意するように風魔が言うと左足に一太刀食らわせた。


「頑張れ、頑張れ」


「この薬とってもひりひりする。相手に塗っておけば火傷したような痛みが走る」


「えげつねぇな……だけどそれ使えるな。ほら、こいつを食らえってね」


胡蝶が応援する中禍々しい色の薬壺を取り出し淡々とした口調で冬夜が話す。


その言葉に苦笑しながらも使えるとばかりにサザが相手へとその薬壺を投げつけた。


「ぐぅ……かゆいかゆい。虫がこの辺りにいるのか?」


「全然効いていないようですね」


まったくものともしない様子で悪鬼が嘲笑うとその様子にトーマがふむといった感じで話す。


「……言霊に力を乗せて。魂を開放せよ? ……お願い、皆さんを護ってください」


『!?』


「ようやく……腕輪を持ちし者の力が覚醒したか」


一人目を閉ざし何事か考えていた様子の麗が呟くと腕輪を握りしめ祈りを捧げる。すると途端にそれが輝き皆の身体に淡い光が入り込む。


その様子を見ていた雪奈は小さく笑うと傍観はここまでと言わんばかりに千代へと近寄っていく。


「千代。腕輪を持ちし者の力が加わっている今こそその矢で相手を射貫くんだ」


「よく分からないけれど、う、うん。やってみる」


彼女の言葉に千代は弓矢を構え狙いを定める。


「大丈夫貴女ならやれます。姫様……力を開放せよ」


「この矢に全てをかける……お願い当って。はっ!」


トーマの言葉に励まされるのと共に体の奥から力がみなぎってくる不思議な感覚を覚えながら彼女は矢を放つ。


「ぐぁっ!? この我が屑共ごときに倒されるだとぉ?」


「輪廻の果てで眠りそして解放されよ……さよなら」


光輝く矢が額に当たった悪鬼が悔し気に吠える中、雪奈は飛び上がり相手の心臓目がけて緑に煌くナイフを突き刺す。


相手は煉獄の時と同様に灰と化し消し去る。こうして悪鬼は倒されこの辺り一帯は緑豊かな土地へと戻り人々も飢えから解放され恵みがもたらされ喜んだ。


空船へと戻って来ると一同雪奈を見詰め何事か聞きたそうな顔をする。


「聞きたい事があるならはっきり言えば?」


「さっきの戦い。まるで私じゃないみたいな感じだった」


「私も……腕輪から声が聞こえてその言葉に従ったら皆の様子が変わって」


「力の解放って言っていたけど、どういう意味」


彼女の言葉に千代がまず口を開くと麗も柳も問いかけた。


「君達は輪廻転生って信じる?」


「そんな宗教的な事いきなりどうした」


雪奈の言葉に忍が理解できないとばかりに首をひねる。


「僕は……信じたくないけど自分がそんなものだから信じざるおえない存在でね。そうしてそれは星(せかい)が変わっても同じようだ」


「話が見えないわ……もと分かりやすく説明して」


語り出した彼女の言葉に胡蝶が戸惑いながらお願いした。


「君達の先祖はこの世界を救った瑠璃王国の姫とその重臣達そして腕輪を持ちし聖女。そんな話を親兄弟から聞いたことはない」


「あるかもしれないけれど……覚えてないや」


「はい。記憶には……どこにも」


「隠れ里にいたおばあさんたちも同じこと言っていたけれどやっぱり私達は瑠璃王国の人達の末裔なの?」


雪奈の問いかけにサザが考えてみるが思い浮かばず答えると布津彦も同意する。千代も困ったような顔で問いかけた。


「それなら君達こそが魂を継承した者達だって知っていて教えなかったのか。あるいは、何百年も経つうちにその事すらも皆忘れてしまったのか」


「どちらにせよ、魂の覚醒は行われたのです。これ以上秘密にする必要は御座いませんでしょう」


彼女が考え込む様子にトーマがそう言って促す。


「今から長い昔語りを語る。聞いてくれるかな」


「昔語り?」


「オレ達に関係する事ですか?」


雪奈の言葉に冬夜が首をかしげるとライトが真剣な顔で問いかけた。


「そうだね。冬夜以外は皆に関係する事だよ……かつてこの世界は邪竜により支配されていた。邪竜は異国の地よりやって来た帝王に憑りつきここ瑠璃王国を攻め落とし支柱に収めると、人々を長きに渡り苦しめていった。しかしある時榊󠄀の森より現れた瑠璃王国の王家の血をひく姫が重臣と友人と共にこの地へと転移してきたんだ。時を同じくして後に腕輪を持ちし者と呼ばれることになる一人の少女がこの世界に来てしまい、姫は哀れに思い彼女を助け元の世界に戻る方法を探りながら世界を旅し、各地を納める帝王の配下の者達と戦いながら力をつけ、いよいよ帝王の居城のある国までやって来た」


語り始めた彼女の言葉に皆真剣に聞き入る。


「敵国の王子は父親と瑠璃王国の姫達どちらが間違っているのかを見て理解し、姫に力を貸す道を選ぶ。そうしていよいよ帝王との戦いとなった時、彼の中に邪竜がいてそれが帝王を操っていると知った。四天王達を操り姫達に襲い掛かる中、腕輪を持ちし者はその力で彼等の洗脳を解き、駆け付けた帝国の貴族達にも助けられながら邪竜を姫が持つ破魔の弓矢で射貫きそれに封印する」


そこまで語り切るとふと息を吐き出し続きを口にするべくまた話し始めた。


「そうして厳重に結界が張られた祠の中に邪竜を射貫いた矢は封印された。しかし天変地異を繰り返すうちに祠は壊れ邪竜は再び目覚めてしまった。目覚めたばかりの相手は力がなく依り代となる娘を求めて破魔矢を娘の家へと放つようになる。そうして何百年もそれが繰り返された時、かつて自分を封印した憎き瑠璃王国の姫の魂を継承した娘の家へと破魔矢を放った。何も知らない娘は神子となり集められた者達と共に悪しき存在を倒す為旅に出たんだ」


そこまで語ると皆の顔を一瞥してからまた話し出す。


「そうして集い合った者達は運命が廻り合わせたのか皆瑠璃王国の姫に関わった者達の魂を受け継いだ者達であった。またその子孫達とも出会い共に邪竜を今度こそ打ち倒そうと心に決めて奴のいる森へと入りそこで相手を黄金に輝く矢で射貫きついに討ち取った。これが現在この世界で語られ続けている聖女伝説の全貌だよ」


「その話に出てきた人達が私達のご先祖様……ってことなのね」


語り終えた彼女へと千代が何となく分かったといった顔で呟く。


「輪廻転生とどうつながるのかな」


「君達こそがその魂を継承した瑠璃王国の姫とその重臣達そして腕輪を持ちし者の生まれ変わりだってことだよ」


風魔の真っ直ぐな瞳で問われた言葉に雪奈はふっと微笑み答える。


その言葉に皆衝撃を受けたかのように驚く。まさか自分がそんなはずはないとばかりに狼狽えた。


「すぐに理解できるものではないと思うけれど、だけど君達の中にはしっかりと彼等の力が覚醒している。英雄と謳われた君達の……輪廻転生を繰り返してきた君達の本当の決着を今つけなくてはいけないんだよ」


「本当の決着って?」


「長きに渡り繰り返された光と闇の渦巻く世界を救う事」


雪奈の言葉に千代が問いかけると彼女は淡泊に答えた。

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