八章 飢えに苦しむ人々

 空船を手に入れた一行は漂いながら東の地を目指していた。


「あれ、急に空が暗く……」


「この辺りから一帯はたしか悪鬼が納める土地。このまま通り過ぎるのもなんですし、ついでに倒してしまいましょう」


千代が言うと皆空の雰囲気が急に変わった事を訝しむ。そこにトーマが説明すると、開けた山の頂上付近に空船を停留させる。


「煉獄の納めていた土地も暗く不穏な空気が漂っていたけど、この辺りは纏わりつくような妖気を感じるわ」


「それが感じ取れるようになったってことは、眠っていた力が覚醒し始めているのかもしれないね」


身震いしながら千代が言うと雪奈は喜ばしい事だといわんばかりに話す。


「確かに……なんとなくだけれど悪いものとそうじゃないものの違いが分かり始めたかも……」


「あのぅ……気のせいだと思うのですが、ご先祖様から受け継いできたこの腕輪から声が聞こえた気がして……きっと気のせいですよね」


柳の言葉に今まで黙って何事か考えていた麗が思い切って語った言葉に雪奈はふっと微笑む。


「へー。いよいよ腕輪を持ちし者の力も目覚め始めたってことか。麗、その声に従えばきっと君も皆の命も守ることが出来るよ」


「は、はい?」


彼女の言葉に理解できないまま返事をすると腕輪を見詰めて物思いに耽る。


「……ここ、悪いのいっぱいいる。気を付けて」


「冬夜の言う通りかもしれないね。俺も何だか嫌な気を感じるよ」


一人ぼんやりしていたかと思うとおっとりとした口調で冬夜が注意すると風魔も真剣な顔で皆へと話す。


「おいおい、まさか小鬼みたいな奴等がうじゃうじゃ出てくるんじゃないだろうな?」


「出るのは小鬼ばかりとは限りませんよ。小鬼よりも強い鬼武者の可能性も考えられます」


サザの言葉にトーマがそう話すと皆顔色を変えて青ざめる。


「冗談じゃないわよ。小鬼でさえ私達はまともに戦えなかったのに。それよりも強い鬼が出て来たら……」


「ですが、おれ達も力をつけ始めています。雪奈さんとトーマさんもいますしきっと大丈夫ですよ」


青ざめた顔で胡蝶が叫ぶように言うと布津彦が自分自身に言い聞かせるかのように語った。


「どんな相手でも叩き斬ればいい。臆せば隙が生まれる。その隙を突かれればこちらがやられてしまうのだからな」


「忍の言う通りでーす。オレ達の弱い心に鬼は必ず突いてきます。それに負けてしまえばオレ達はやられてしまいまーす」


忍が腕を組み言った言葉にライトもその通りだといわんばかりに話す。


「皆様はここに来るまでに少しずつ力を付けてきました。大丈夫ですよ。皆様なら必ず生きて元の世界へと戻れましょう」


「ホント、持ち上げるのは上手いよね」


トーマの言葉に励まされた皆の顔色が元に戻る様子に雪奈は誰にも聞き取れない声で呟いた。


それから山を下りながら麓の村を目指す。


「はぁ……ずっと戦い続きで疲れた」


「本当に鬼武者も出てくるなんて……」


「ですが、最初は戸惑いましたが対峙してみたら渡り合えない相手ではなかったですね」


柳のボヤキに千代も呟く。その言葉を聞いていた布津彦が励ますように言った。


「オレ達も強くなってきたってことじゃないの」


「さっきまでは冗談じゃないとかこんな奴と戦えるかとか言っていた気がするが……」


自信満々な顔でサザが言うと忍がじとりと見詰め呟く。


「まぁ、ここに来たばかりのころと比べたら多少は強くなったかもしれないね」


「怪我したらオレが薬作る……だから大丈夫」


風魔の言葉が終わると冬夜が安心させようと思ってかそう言った。


「私も守られてばかりじゃなくて何か皆を助けられれば……」


「私も同じよ。でも麗、大丈夫よ。女は守られなくちゃね」


小さく呟いた麗の言葉にその肩に手を当て優しく微笑み胡蝶が話す。


「で、でも千代さんが戦うのに、何もしないままなんて……」


「私はもうこりごりよ。魅了の術なんて覚えても肝を冷やすだけだったからね」


女である千代が先頭に立ち戦ているのに自分だけ何もしないままなのは良くないと思う彼女へと溜息を吐き出し参ったといった感じで答える。


「私だって好きで戦っているわけじゃないわ。でも、この世界の状況を見て何もしないでいるなんて出来なかったから。だから武器を手にして戦う覚悟を決めたのよ」


「大丈夫。麗ももうすぐ皆の為に戦えるようになるよ」


「そうだと良いのですが……」


初めは困った顔で話していた千代だが最後の方は揺るがぬ決意を込めて語った。雪奈は麗を見やり言うと彼女は小さく声を漏らすに留まる。


そうこうしているうちに小さな集落へとたどり着いた。


「な……何よ、これは……」


集落へとたどり着いた一行はしばらく言葉が出せずに棒立ち状態だったが、千代がなんとかそう呟くと村のあり様を見やり居てもたってもいられなくなり近くに座り込む人々の下へと近寄っていった。


「一体、どうしたのですか」


「おぉ……旅の者。どうか、どうか恵んでくだせぇ」


布津彦が倒れ込んでいる老人を支えあげると焦点の合わない瞳で彼が右手を伸ばしてくる。


「もう何十年もまともに食べ物が食べれていないのですじゃ……死んだ者の肉を食らう始末……このままではこの地に住まう人々は皆飢えて死んでしまいますじゃ……」


「ねぇ、私達の持っている食料をあげて助けましょう」


「いいえ。この村だけではありません。この辺り一帯全てが悪鬼の支配により食べ物がろくに与えられず飢えた者達であふれかえております。人々を救うためにも悪鬼を倒すほかありません」


掠れる声で訴える老人を哀れに思い千代が言うとトーマがそれでは意味がないと答えた。


「悪鬼を倒せばこの辺りも緑が戻る。そうすれば飢えに苦しまされてきた人々は食べ物が手に入り元気になる……そう言う事ね」


「はい。その通りです。ですので今は堪えて、悪鬼討伐を目指しましょう」


納得した様子で彼女が言うと彼が小さく頷き先を促す。


目指すは餓鬼の鬼悪鬼が居座る都……そこへと向けて雪奈達の旅は続く。


そうして都へとようやくたどり着いたが、こちらも寂れており活気は感じられない。


「悪鬼だけが贅沢三昧してるってことだな」


「人々がこのように苦しんでいるというのに……許せませんね」


ここに来るまでに見てきた光景を思い出しながら柳が言うと憤りを隠せない様子の布津彦が呟く。


「悪鬼……許せないわ。必ず私達が倒して見せる」


「千代……怒ってる」


「怒っている千代も素敵でーす」


体を震わせていた千代が怒りを押し殺した声で呟くと冬夜がその憤怒を感じ取り顔を青ざめる。ライトはこんな時でもマイペースに彼女を見詰めては頬を赤らめ溜息を吐き出す。


「そうね、千代だけじゃないわ。私だって憤慨してどうにかなりそうよ」


「まったくだ。ただ叩き斬るだけでは気が治まらない」


「おぉ……胡蝶と忍を怒らせちまったか」


憤りを感じているのは胡蝶と忍も同じようで怒りに燃える二人の様子に冷や汗を流しながらサザが呟く。


「皆、気持ちはわかるけれど怒りで我を忘れてはいけないよ」


「そうですよ、かえって相手の思うつぼになるかもしれません。皆様ここは一度冷静になり確かな判断を」


風魔の言葉にトーマも冷静になるように促す。


「トーマ、悪鬼はどんな鬼なの」


「煉獄に次いであまり頭は良くはありません。知恵を絞った作戦でならこちらに勝機が御座いましょう」


何事か考えこんでいた雪奈の問いかけに彼が説明する。


「成る程、それじゃあ皆ちょっと耳を貸して」


そうして何事かを耳打ちすると一同神妙な顔をして頷く。


「さあ、鬼退治の幕開けさ」


ニヒルに笑う雪奈は都の中心でふんぞり返る宮殿を睨むかのように真っすぐ視線を前へと向けた。

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