七章 空船
地獄の鬼煉獄を打ち倒した一行は、二匹の竜神が守る太古の森へと向けて旅を続けていた。
「はぁ……もうだめ」
「僕ももう歩きたくないね」
「では、この辺りで少し休憩にいたしましょう」
頑張って歩いていた千代がばててしまうと、柳も溜息を吐き出し立ち止まる。
その様子を見ていたトーマが言うと各々その場に崩れ落ちるように座り込む。
「なぁ、やっぱりず~っと歩きってのは疲れる。馬でも犬でもいいから乗り物を用意できないものか」
「もう暫く歩くと村があります。そこまで行けば何とかなりますよ」
サザの言葉に彼がいたって涼し気な微笑みを浮かべて答える。
「トーマ。まさか”アレ”を見つけたの」
「お察しの通りです。かつて神々が地上からいなくなる時に置き土産とばかりに残して行った”アレ”の隠し場所を見つけたのですよ」
雪奈の言葉にトーマが微笑み答えた。その言葉に彼女もふむといって考え込む。
「アレって何の話ですか?」
「俺達にも分かるように説明してもらえないかな」
麗の言葉に続けて風魔も問いかける。
「神々がこの地に残した空船のことです。あれは不思議な力で空に浮くことが出来る物だと聞いております」
「なんだかノアの箱舟みたいな響でーすね」
「そんな物が本当にあるのか?」
彼の説明を聞いてライトが目を丸くする横で忍が半信半疑といった感じで尋ねた。
「えぇ。俺がこの目でその存在を確かめておりますので、実在はしています。ただ……」
「何か問題でもあるのですか」
言葉を途中で止めて困った顔をするトーマの様子に布津彦が首をかしげて問いかける。
「何しろ神々の残した代物ですから、どのように空に浮き上がるのかが分からないのです」
「それ、使えるの?」
困った顔のまま説明した彼へと今度は冬夜が不思議そうに尋ねた。
「実物を見てみない事には分からないけど、僕ならなんとか動かせるかも」
「雪奈さんなら問題ないでしょう。その場所に向かうためにもまずはこの先にある村へ参りましょう。確か有名な縁結びの神様を祀る瑠璃神社があるとか。雪奈さん楽しみではございませんか」
「……結の故郷か。まさか時を越えてその村に僕が立ち寄ることになろうとはね」
「もう、また二人だけの世界で話して。私達に分からない話しは止めてよね」
二人だけで話しを進める様子に千代が怒って言う。
「申し訳ございません。では、皆様にも分かるようにお話します。今から役五百年前の出来事です。この地に破魔矢の信託が現れはじめ、その矢が出現した家の娘が神子として世界を旅し悪しき竜を打ち倒すという伝説が始まったのです。そうして今より二百年前にこれから向かう村で育った娘が神子として選ばれ邪竜をその破魔矢で射貫き世界を救った。救世主となった娘は結と言う名を江渡の殿様より賜り、生涯を通して育った村で過ごしたそうです。そうしてその村には神子である結様を信仰する風習が生まれ
「で、今から行く村がその有名な神社がある所ってことね」
「そう言う事です。さて、こちらの世界の歴史を学んだところでそろそろ旅を再開しましょう」
歴史書に乗った事でも語るかのようにトーマがすらすらと話し出すと内容を聞いていた千代が理解して頷く。彼が微笑み相槌を打つとこれで休憩はお終いとばかりに促す。
皆は立ち上がると村へと向けて歩みを再開した。
それから一週間もの間旅を続けた一行はようやく村まで辿り着く。
「さて、せっかく有名な瑠璃神社のある村まで来たのです。旅の安全祈願に神社に参拝していきましょう」
「縁結びの神様に旅の安全を祈って如何するんだよ」
村の入り口まで来た時に背後へとふり返ったトーマが口を開いた。その言葉に柳がやれやれと言った感じで呟く。
「では、良いご縁が結ばれるようにお願いするという事で」
「「「……」」」
微笑んだままそう返して来た彼の言葉に一部のメンバーが無言で考えを巡らせる。
「さ、では神社へと参りますよ」
気にした様子もなくトーマが言うと瑠璃神社のある村の奥へと向けて歩き出してしまった。皆は後を追う形で付いて行く。暫く歩くと綺麗で大きな社が見えてきた。
「瑠璃神社へようこそ。参拝のお客様ですか。奥へお進みください」
巫女が近付いてくると柔和な微笑みを浮かべて奥宮へと進むように告げる。
言われたとおり奥へと進むと御祭神が祀られている部屋までやって来た。
「ねぇ、こんなに奥まで来ちゃって大丈夫なの?」
「巫女が奥宮へと言ったのですから問題ないでしょう」
「だけど、ここ関係者以外は入れない場所じゃないのか」
千代が不安になって尋ねるとトーマがそう答える。そこに柳が本当にいいのかと聞きたそうに言う。
「……」
「雪奈?」
御祭神が祀られている部屋の中に佇む一人の巫女の姿に雪奈はそっと近寄っていく。その様子に風魔が不思議そうな顔で呼び止めるが彼女は立ち止まることなくそちらへと歩いて行ってしまうので、仕方がないので皆も付いて行った。
「おや、貴女様は……ふふふっ」
「え、雪奈の知り合い?」
雪奈が近寄って前に立つと巫女が懐かしそうな瞳で微笑む。その様子に千代が問いかけた。
「瑠璃神社へようこそ。貴女方に幸があらんことを……」
そう巫女が言うと皆の体の中がぽかぽかと温かな気持ちで満たされる。まるで守りの加護でも貰ったかのような感覚に皆不思議がった。
「東の地に竜神はいる」
「左様。貴女様方が参られるのをお待ちしております」
雪奈の問いかけに巫女は優しい微笑みを浮かべたまま答えた。これで話は終わりとばかりに彼女はこの場を立ち去る。皆は理解できないまま慌ててその後へと続いた。
「雪奈さん。今の巫女は……」
「皆まで言うな。分かり切っている事でしょ」
「……えぇ」
トーマの問いかけにそれ以上先は言わせないとばかりに雪奈は斬り捨てる。その言葉に彼が小さく頷いた。
「……結も立派に神様やっているみたいだね」
口の中で呟いた言葉は誰の耳にも入らずに彼女は懐かしさに瞳を揺らし瞬きする。
くくり姫の加護を得た一行は東の地にいる二対の龍神に会うためまだまだ旅は続く。
村で十分な休息をとってから出発しようとするとその前に瑠璃神社へ行こうと雪奈に提案されそちらへと向かう。
「昨日は有難う。それで、空船の場所だけど……」
「この村を出て西の森より空船の場所に通ずる道があります。道中お気をつけて」
「俺の調べた場所と同じ場所のようですので、間違いはないでしょう」
昨日の巫女はやはり御祭神の前に佇んでいた。そっと近づいた彼女の問いかけに答えてくれると、トーマも小さく頷く。
こうして確認をとった雪奈はもうここに用はないとばかりに立ち去る。千代達はずっと訳の分からないまま付き合わされ少し不満そうにしながらも黙って従った。
森の奥に細く続く獣道があって、うっそうと茂るその中を歩き続けていると急に巨大な遺跡が姿を現す。
「これが空船? ただの遺跡にしか見えないけれど……」
「……」
遺跡の中央までやってきた時に千代が言う。その言葉を無視して雪奈はしきりに円盤の文字を読む。
「成る程……我が力によりて空船を浮かす。我が力によりてそれを動かす」
「それ、何の呪文?」
円盤の文字を読んでいた彼女へと胡蝶が問いかける。
「緑石の力を解き放つ。我が声に従え……」
『!?』
円盤へと右手を当てながら呟くと文字が緑色に輝き魔法陣が現れる。すると自分達が立っている場所が激しく揺れ動き皆驚いて近くの柱に摑まった。
「こ、これが……」
「空船!?」
呆気にとられた顔で麗が呟くと布津彦も目を白黒させて驚く。
雪奈が何か施した瞬間遺跡は空へと舞い上がりその全貌が現れた。
どうやら円盤のあった場所が操縦室のようなところでそこに力を注ぐことによりただの遺跡は空を飛ぶ船と変わったのである。
「……安定させるまではこうしていないといけないけれど、魔力が満たされれば後は勝手に自動運転に切り替えられそうだ」
「ま、魔力って……雪奈。そんな御伽噺みたいなことを」
彼女の言葉にサザがありえないといった顔で呟く。
「そう? この世界ではありえないことだってあり得る世界だと思うけれど」
そう言われてしまえば皆黙るしかない。実際に自分達もありえない力をもってしまっているのだから。
「僕は暫くここで操作するけど、皆は自由に船の中を見てきてもいいよ」
雪奈の言葉にここに残る者と船の中を散策する者と各々ばらけて自由行動をとる。
「雪奈。疲れたりしないのか」
「君もこの船の中を見てきておいた方がいいと思うけど」
ここに残った忍がそう声をかけると操縦を続けながら彼女は答えた。
「それはいつでもできる。だが、ありえない力を使って船を浮かす君に何かあっては困る」
「船が停止したりするようなことも落っこちる事もないよ」
この場に残った理由に納得のいった雪奈は安心させるように答えるも彼は動こうとはせずにじっと彼女の姿を見詰める。
「不思議だな。君といると居心地がいい。まるで昔から親しい間柄だったかのような……そんなことはないはずなのだがな」
「……」
忍の言葉に答える事無くただ黙って操縦を続ける。
「君の集中力を切らさないようにオレはここから出て行くよ」
「……いやはや。羨ましいですね」
「トーマ。彼等の中に”僕”という記憶は残っているのだろうか」
静かな口調で告げると彼の気配が遠のく。代わりにずっと側に立っていたトーマが微笑ましい光景でも見ていたかのように口を開くと雪奈は問いかけた。
「さて、魂の記憶が受け継がれることはあるとは思いますが、それで確実に”貴女”の記憶が残っているとは俺もお応えすることが出来ません」
「……そうだね、記憶保持者でもない限り無理な話だ」
彼の答えに彼女も小さく笑い頷く。
「忘れてしまった方のが良いことだってあるんだよ。そう思うでしょ」
「……俺はあとどのくらい貴女と一緒にいられるのでしょうね」
「……」
雪奈の言葉に真面目な顔でトーマが問いかける。それには答えずに自動操縦へと切り替え彼女もふと息を吐き出した。
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