六章 地獄の鬼 煉獄
都へとやって来た一行は手筈通りに胡蝶が一人で町の中を歩き煉獄が声をかけるのを待つ。
「おっと、お嬢さん可愛いね。どう、オレの家敷に来ない?」
「っ!? わ、私ですか……」
そこにショートヘアーの赤い髪に前髪は青のメッシュの入ったいかにも優男といった風貌の青年が声をかけて来た。
それに驚いたが、この者が煉獄かもしれないと思った胡蝶は緊張で震える声で答える。
「お嬢さん。この町の人じゃないでしょ。この都に暮らしてから君のようなカワイ子ちゃん見た事ないもの」
「え、えぇ。この都には少し用事があって尋ねてきましたので……」
「あれが煉獄か?」
物陰に隠れて二人のやりとりを見ていた忍がトーマに尋ねた。
「はい。奴が煉獄に間違いありません」
「なんか、軽い感じの男だな」
彼の返事を聞いていた柳が煉獄を見た感想を言う。
「女の子をナンパするとはけしからん奴だねぇ~」
『……』
「自分の事は棚に上げて何を……」
サザの言葉に一同呆れて無言になる。小さく囁かれた忍の言葉など気にもせずに彼は二人の様子を食い入るように見て口を開く。
「おっと、二人がどこかに向かうぞ。もしかしたら屋敷に連れ込むんじゃないのか」
「胡蝶の魅惑の術がどれほど通じるか見ものだね」
彼の言葉を軽く無視して雪奈は呟いた。
「あの……本当に私なんかお連れになってよろしいのですか?」
「君みたいな美女を逃すなんてもったいないからねぇ……本当に素敵な女だ」
「も、もう。御冗談を……」
緊張で震える彼女の様子を戸惑っているととらえた彼が柔らかく微笑み抱き寄せる。その様子に驚きながらも胡蝶が答えた。
「今まで出会った女の中でもとびっきりの美女だよ。オレは決めた。君を一生愛する」
「お戯れを……お止め下さいな」
熱いまなざしを向ける相手に必死にぼろを出さないように気を付けながら彼女は付き合う。
「どうやら胡蝶の魅了の術が効き始めたようですね」
「このまま術にはまってくれるほど馬鹿な奴だと良いんだけど」
トーマの言葉に雪奈は淡泊に返す。そうこうしているうちに都の中央に位置する巨大な豪邸へと胡蝶を連れた煉獄が入っていく。
「さて、ここからどうやって忍び込むか……」
「門を護る兵士達も恐らくは下級の鬼が人の姿に化けたものでしょう。事を荒立てれば煉獄に悟られる可能性がありますので、密かに潜入する必要があります」
思考を巡らす雪奈にトーマが門番を見やりながら語る。
「ちょっと待ってて。一回りしてくる」
「一回りって……この屋敷の面積を見るにそんな簡単に回れるものじゃないでしょ」
彼女の言葉に驚いた千代が声をあげるとトーマが成程といった感じで微笑む。
「見張りの兵が少ない場所を突くのですね」
「そう言う事。じゃあ、ちょっと行ってくる」
彼の言葉に答えると雪奈はさっさと走り出してしまい残された皆は如何すれば良いのか分からず困惑する。
「雪奈さんが戻って来るまで待ちましょう」
トーマにそう言われてしまったらどうすることも出来ず彼女が戻って来るまでこの場で待機することとなった。
その頃皆の下を離れた雪奈は能力を開放して姿を消すと疾風のごとく速さで屋敷の塀をぐるりと回って見てみる。
「思った通り裏庭の方は手薄だね。さて、それじゃあ……」
独り言を呟くと素早い速さで門番達を打ち倒す。姿が見えない相手の攻撃に兵士達はなすすべなく何が起こったのか理解できないまま事切れた。
「鬼は生かしてはおけない。だけど、その魂は解放されよ……」
そう呟くと倒れている鬼達の身体から淡い光が放たれ空へと昇り消えていった。
「今の光は?」
「どうやら雪奈さんからの合図のようですね。あちらに向かいましょう」
待機していた皆の下にも天に上る光が見えて不思議そうに首を傾げる千代にトーマが説明するとそちらへと向かう。
裏庭に続く門が開かれておりそこに雪奈の姿があった。
「さあ、ここからは二手に分かれて行動するよ」
「いよいよなのね……何だか緊張してきたわ」
「救出の方は俺達に任せてくれ」
彼女の言葉に千代が緊張で小刻みに震える体を抱きしめる。風魔が真面目な顔で言うと各々各班に分かれて行動を開始した。
「それで、トーマ。屋敷に連れ込まれた女の人達がいる場所は分っているのか」
「えぇ。俺に分からない事はありませんので。こちらです。ただし、この屋敷を護っている鬼達との戦いも少なからずあるでしょう。煉獄に知らされてしまったら作戦の意味を持ちませんので、誰一人も逃してはなりません」
「殺すしかない……ってことですか」
柳の質問に淡々とした口調で答える。その言葉に憐れみを含んだ瞳で麗が呟いた。
「鬼に情けは無用です。奴等は沢山の人の命を奪い、そして苦しめている存在です。そんな奴等を憐れみ助ける必要はありません」
「麗は優しいからね……でもこっちだって命がけなんだ。理解してくれ」
声のトーンを落として語る言葉に風魔が諭すように話す。
そうしてトーマに案内されながら女の人達が閉じ込められている東の鳥籠へと向かった。
その頃討伐隊である雪奈達はというと、迷うことのない彼女に続いて胡蝶と煉獄の姿を探していた。勿論ここに来るまでに何人もの鬼を斬り捨てて進んできた。そろそろ騒動が相手に伝わっていてもおかしくはない。
「急に兵の姿が見当たらなくなったな」
「この奥に胡蝶と煉獄はいるはずだよ」
薄気味悪いほどに静まった長い廊下を歩きながら忍が言うとそれに彼女は答える。
「いよいよなのね……」
「千代、オレの後ろにいてください」
弓矢を握りしめ緊張する千代の前へと進み出たライトが言う。
「戦う覚悟は出来ております……」
「胡蝶無事にいてくれよ」
布津彦も剣を構えるとサザが祈りを込めながら呟く。
そうして辿り着いた立派な扉の取っ手を引き開けた。
「胡蝶無事か!?」
「っ、皆!」
サザの言葉にベッドへと押し倒されていた胡蝶が安堵した顔で呟く。
「今から良いところだってのに……邪魔する奴は何処のどいつだぁ?」
「お生憎様。これ以上好きにはさせないよ」
邪魔が入った事に苛立った様子でドスのきいた声をあげる煉獄へと雪奈は皮肉に笑い言い放つ。
「チッ……お楽しみはお預けかぁ~。胡蝶ちゃんごめんね。ちょっと待ってて。今すぐにこの邪魔な虫共を片付けてやるからよ」
「っう……」
煉獄から放たれる殺気に胡蝶は恐怖に硬直して動けなくなる。
「おい、相手を怒らせてどうする」
「馬鹿は煽るほどに怒りを向けてくる。そうすれば隙を作りやすい」
忍のもっともな発言に雪奈はにたりと笑いちっとも問題ないとばかりに答えた。
「オレ様は地獄の鬼煉獄様よ。そのオレに楯突く輩は地獄に落としてやらぁ!!」
『っ』
「……ふっ」
相手の身体からめらめらと燃え上がる業火の炎。怒鳴られた勢いに怖気づく皆とは違い雪奈は小さく笑うとナイフを構えて前へと進み出る。
「地獄の鬼が勝つか、僕達が勝つか試してみようか!」
「何で雪奈さんはあんなに楽しそうなんでしょうか?」
「分かりませーん」
嬉しそうにほくそ笑みナイフを振う様子に布津彦が尋ねるも誰も分かるはずもなく、ライトが困ったといった顔で答える。
「こっちはもう肝が冷え冷えよ……」
「まったくだ……」
「兎に角、雪奈に続け」
溜息を吐き出す千代の言葉に同感だといった感じでサザが答えると、忍が刀を構えて前へと進んでいった。
「地獄の業火に焼かれて踊れ」
「さあ、ともに踊りあかそうか」
煉獄が腕を振るいあげるとその攻撃を飛びあがり避けた雪奈はナイフをかざす。
「はっ」
「千代、もっと落ち着いて。大丈夫です。アナタならやれます」
矢を放ってみるものの相手にまったく当たらない様子に焦る千代へとライトが励ます。
「はっ、やぁ」
「ふん」
雪奈に続こうと布津彦と忍が武器を振う。しかし相手はしたたかな微笑みを浮かべまったく気にすることなく反撃してきた。
「ぐっ」
「わぁっ」
「はははっ! このオレ様にそんな柔い攻撃が効くものか。オレの邪魔をした事を苦しみ身悶えながら後悔するがいい」
その攻撃は一振りで払われてしまい、床へと叩きつけられてしまう二人を嘲り笑う相手が纏う炎が部屋中に広がり逃げ場が無くなる。
「きゃあ」
「ぐぅ」
徐々に迫りくる炎に身を焼かれ堪らず千代とライトが悲鳴をあげた。
「おいおい、このままじゃ逃げ場が無くなり焼かれちまうぜ」
「……絶体絶命のピンチって奴? それもそれでいい経験なんじゃないの」
「馬鹿なこと言ってないで、このままじゃ皆死んじゃうわよ!」
焦ったサザの言葉にまったく動じない様子で雪奈が冗談めかしく話すものだから何を言うのだといいたげに見守っていた胡蝶が叫ぶ。
「まぁ、君達の実力はこんなものか。……はっ」
遊びはこのくらいでいいだろうと判断した彼女は一振り緑色に煌く光をまとったナイフを振う。すると先ほどまで迫っていた炎がたちまちのうちに消え失せる。
「何ぃ!?」
「お生憎様だね。それくらい想定内だよ。地獄の鬼煉獄。その業を背負いし者この場によって解放されよ」
自分の自慢の業火の炎が消え失せた様子に驚く相手に雪奈は淡々とした口調で言い放つと緑に煌くナイフで煉獄を斬り裂く。
たちまち相手は緑の光に包まれそうして灰のごとく泡沫に消え失せた。途端に天に昇る白光する柱が現れて消える。
『……』
その様子を皆呆気にとられながらしばし眺めた。そうして光も消え失せた頃ようやく我を取り戻したかのように皆その場で腰を抜かして座り込む。
「はぁ~。死ぬかと思った……」
「もう、命が幾つあっても足りないわよ……」
千代と胡蝶の呟きに一同同感だとでも言いたげに無言で頷く。
「さぁ、鬼退治も終わった事だし救出班もうまくやってくれただろうかから合流するよ」
一人だけ平然とする雪奈の方がまるで鬼のようだと思いながら青ざめた顔のまま皆立ち上がり屋敷を後にした。
そうして外で待っていた救出班と合流すると女達をそれぞれの家へと送り届ける。
こうして地獄の鬼煉獄の恐怖から解放されたこの土地は薄曇りも晴れて眩いばかりの陽の光が差し込み、穏やかな空気の下人々の笑顔が戻ったのであった。
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