五章 この世界で決める心
翌日皆起きてきたところでトーマに呼ばれ里長の家へと向かう。
「皆様の服装はこちらでは目立つでしょうとお伝えしたところ、服を用意して頂けました」
「こちらを身に纏えば目立つことは無くなるでしょう」
微笑み語る彼の言葉に族長が続けて説明すると皆の前に着物や軍服が置かれる。
「上から羽織るも、着替えるも皆様の自由に選んでください」
トーマに言われて各々着替えに行く。そうして着替えが終わると、長旅に必要なものを用意してくれていてそちらを貰い隠れ里を出ていく。
「着物とも違うし、洋服とも違う。不思議な感じね」
「でも千代とっても似合ってます。惚れ惚れしまーす」
着替えたばかりの服を見やり千代が言うとライトがにこりと笑い話す。
「まぁ、動きやすいならどんな服でも構わないんだけどね」
「里の人達の服装を見ていたけれど、確かに前の服のままだと目立ってしまって鬼に目を付けられるというのは確かだと思ったよ」
柳の言葉を聞きながら風魔が話す。それは皆思っていた様で納得した顔をした。
「さて、これから先は鬼の一人が支配する土地に入ります。皆様気を引き締めて下さいね」
「トーマ。この地を納める鬼の名は分る」
トーマの言葉に皆が気を引き締め直したところで雪奈は問いかける。
「酒呑童子を長とし各地にいる鬼の領主は六人。その中でも一番地位の弱い鬼。奴の名は確か煉獄だったと記憶しております」
「そいつは千代達でも倒せるの」
彼の説明に彼女は更に質問を重ねた。
「えぇ。倒せないことはないと思いますよ。ただ煉獄は確か魅了の術を使います。気に入った女子供を皆屋敷に連れ込み術にかけ毎日歌えや踊れの暮らしをしているとか」
「怪しからん奴だな」
トーマの話を聞いていた忍が眉を跳ね上げ怒りを見せる。
「魅了の術ね……相手が魅了の術を使うならこっちも魅了の術で対抗してみても面白いかもしれないね」
「え? い、いやよ。私にはできないわ」
雪奈はにやりと笑うと胡蝶へと視線を送った。その眼差しに気付いた彼女が戸惑いながら断る。
「特訓はしてきたでしょ」
「うぅ……そんな。私にはできないわ」
あくまでも彼女に魅了の術を使わせようと企む雪奈のしたたかな微笑みに胡蝶はなおも拒む。
「大丈夫ですよ。貴女なら頭の悪い煉獄をひっかけるくらい簡単です」
「トーマまで何を言い出すのよ……」
トーマもその話に成る程といった感じで微笑むと彼女に迫る。その勢いに一歩後ずさりしながら困惑のままにたじろぐ。
「へ~。魅了の術ねぇ。胡蝶が……そいつはオレも見てみたいもんだ」
「ちょっと、サザ貴方まで乗っかるの止めてよね!」
サザまでもが乗っかって胡蝶に頼む始末に彼女は遂に声を荒げる。
「と、いう事で作戦はこう。煉獄が町で胡蝶と出会う。魅了の術で相手を落とす。術にはまった奴は胡蝶を連れて屋敷に戻るだろう。そこで相手の隙を付いて僕達が囚われている女子供を開放する班と胡蝶と合流して煉獄を打ち倒す班に分かれるんだ」
「となりますと雪奈さんは倒す班の方で俺が救出班の方ですね。千代様と柳と風魔と忍と布津彦が雪奈さんと共に行く、そうして残ったメンバーで救出する」
「ちょっと待った。オレは胡蝶が心配だから戦う班に入るぜ」
「オレも千代を護りたいです。なので戦います」
そこにサザが待ったをかける。するとその言葉を聞いたライトも戦う班に入りたいと話す。
「僕は戦うのはパス。麗達だけじゃ心配だしそっちを手伝う」
「なら俺も救出班の方に行くよ」
柳もちょうどいいやと言った感じで話すと風魔も語った。
「分かりました。それでは戦う班には雪奈さん、千代様、忍、布津彦、サザ、ライトの六人で、救出班が俺、柳、風魔、冬夜、麗さんの五人でどうでしょうか」
「ま、いい感じに割れたと思うよ」
「それではこれで決まりという事で」
勝手に話をまとめてしまった雪奈とトーマの様子に胡蝶は盛大に溜息を吐き出した。
こうして煉獄という鬼と戦うための作戦が決まり、彼等は歩みを再開する。
そうして歩き続けるとこ四日。ようやく小さな村が見えてきた。
「何だかとても暗い感じね」
「寂れているし、活気が感じられない村だな」
空はどんよりとした薄曇りで、村の様子も重く暗い感じが漂っていて、その様子に千代が呟くと柳も言った。
「煉獄に支配されているためでしょう。この村の人達も苦しい生活を強いられているのです」
「何とかして煉獄を倒さないとね」
「あんた達今煉獄様を倒すといったか?」
トーマの言葉に千代が答えていると一人の老人が近寄って来る。
「煉獄様に逆らうのは止めておけ。命が欲しいならな……」
「でも、このままって訳にはいかないわ」
「今まで何人もの武人が煉獄様を打ち倒そうと果敢に挑んだが皆殺されてしもうた。だからあんた達も命が欲しいなら止めておけ……」
老人の言葉に彼女がこのまま見過ごせないと語ると暗い顔のままそう呟き立ち去ってしまう。
「長く続く鬼の支配に皆心が病んでしまっているのでしょう。どうせかないっこないと諦めてしまっているのです。この村だけではなく日ノ本中でこの様なありさまです。どうですか、この様子を見たら助けたいとお思いになるでしょう」
「そうね。私達で何とかしてあげられるなら何とかして助けてあげたいと思うわ」
トーマの説明を聞いていた千代が握り拳を作るとそう語る。
「おれもこのまま見て見ぬふりなど出来ません。助けられるのであれば助けたいです」
「私も何も出来なくても何かしてあげたいと思います」
布津彦も憤りを抱えながら話すと、麗も瞳を潤ませ語る。
「と、いう事で、煉獄が胡坐をかいている都に向かうよ」
雪奈の言葉に皆この村の状況を目の当たりにしたためか、ここに来た時よりも助けたいと思う気持ちが強まり力強く頷く。
こうして煉獄のいる東北の地を開放すべく都へと向けて進軍する。
「今日はここで野宿しましょう」
夕日が傾き始めた頃にトーマが言うとその辺に荷を下ろし野営の準備に取り掛かる。
「さて、先ほどの村を見て皆心が定まった様子だったけれど、最後の確認だ。今でも鬼と戦うのが嫌だから帰りたいと思う人はいる?」
夕食を食べ終え一服ついている皆へと静かな声で雪奈は尋ねた。
それに皆黙り込み考えている様子だが答えが出るのに時間はかからない。
「私、異世界転移したばかりの時は帰りたいと思った。家族や友人がいるあの世界に戻れるのならば帰って普通の暮らしに戻りたいと……でも、さっきの村を見て思ったの。鬼に苦しめられて困っている人達が沢山いる。この世界に来てしまったのもきっと何かの縁だと思う。だから私にできる事ならこの世界の人達を助けたいと……そう思ったの」
「僕も正直に言うと今でも帰りたい気持ちは変わらない。だけどあんな有様を目の当たりにして何もせずにのうのうと帰れるかって聞かれたら多分無理だ。千代がやるっていうなら僕も手伝う」
千代がまず口を開くと続けて柳も語る。
「俺も教師として生徒達を護る事が役目だと思っていた。だけど、それだけではなくて、人としてこの世界の人達を助けたいと思った。皆で無事に元の世界に戻ることも大切なことだとは思うけれど、苦しんでいる人達を助けるのも人道だと思うよ」
「千代がやるというなら、オレも戦う。この世界を救いたい」
風魔の言葉に続けて冬夜も淡々とした口調で答える。その瞳には揺るぎない決意が見えた。
「おれも苦しむ人々を見て何もしないまま自分達だけ安全な世界に帰る事など出来ません。おれ達にできるか分からないけれど、鬼と戦える人が他にいないならおれは戦います」
「今さらあがいたところで元の世界に帰るすべはない。なら鬼を全て叩き斬り、世界を救う。それが今俺達のするべきことであり、進む道はそれしかない」
布津彦が強い口調で言うと忍も腕を組んだまま語る。
「オレは戦う覚悟とかそんなの今はまだもっちゃいないけど、でもさ、あんなに苦しんで絶望に暮れている人々を目の当たりにしちゃぁ……まぁ、人として放っては置けないよな。だからオレ達でその酒呑童子とかいう鬼の長を倒しちまおうぜ」
「私も怖いけれど覚悟は決めたわ。私にできる事でこの世界の人達を助けたいの」
サザの言葉に励まされた様子で胡蝶も揺るぎない決意を話す。
「オレはナイトでーす。ナイトは困っている人助ける。勇敢な戦士です。ですからこの世界の人達助けるです」
「私も何も出来なくても足手まといになりたくない。今はできることは少ないけれどそれでも私ができる事で皆を助けたいです」
ライトが片言の日本語で一生懸命答える横で麗も胸の前に両手を当てて思いを語る。
そんな皆の決意を聞いたトーマと雪奈はふっと微笑み小さく頷いた。
「覚悟を決めているならこれ以上話し合う必要はなさそうだね」
「それでは俺達で鬼退治と参りましょうか」
二人の言葉に皆力強い瞳で答える。こうしてこの場にいる全員の気持ちが一致した瞬間であった。
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