四章 家宝破魔の弓矢

 それから三日後に隠れ里へと到着する。


「貴方様方は……お待ち申し上げておりました。ささ、どうぞババ様の下へ」


隠れ里に入る時空間が揺れたような気配を感じると異変を感じた里の若者がやってきて雪奈とトーマの顔を見た途端全てを悟り中へと案内する。


「ババ様ついに時が来ました。ついにこの里に使者が訪れたのです」


「まぁ、落ち着きなさいな。私がしかとその目で見定めようぞ」


「はっ」


興奮した様子で話す若者にババ様と呼ばれた老婆が答えると彼は部屋を出ていく。


「あ、あの。トーマにも言われたけれど、瑠璃王国の王家とか英雄とか腕輪を持ちし者とか一体何の話なんですか」


「貴方様方には突然の事で困惑された事でしょう。この里に住む者は皆瑠璃王国の関係者であった者達の末裔なのじゃ」


千代の言葉に老婆が語り始める。皆話を聞くために姿勢を正した。


「かつてこの世界は邪悪なる竜に支配されていた時代があったそうじゃ。その時異界の扉を開いてやってきた瑠璃王国の姫アオイ様が仲間達と共にその悪しき竜を破魔矢に封印しこの世界を護ってくださった。そうして時が経ち誰もが邪神の存在を忘れ始めた頃、再び世界は闇に支配されそうになった。その時神子となられた結様が仲間達と共に再び世界を救い、復活した邪神を黄金に輝く矢で射貫き退治したと聞いております。その瑠璃王国の姫の血を引き継いだ王家の者とその時旅を共にした英雄達の一族の者そして神々より授かりし腕輪を継承した者が賢者様の導きでこの世界が混沌とした時代に現れると言い伝えられてきましたのじゃ」


「その王家の血を引き継いだ者とかが私達だって言うの?」


老婆の言葉に千代が困惑した顔で問いかける。


「賢者様と共にいらっしゃるという事はそう言う事になりましょう」


「賢者ってトーマの事?」


老婆の言葉に彼女はトーマの顔を見て尋ねた。すると彼がおかしそうにくすくすと笑う。


「俺はそのような立派な者ではありませんよ。皆様を導いた方は他におりましょう」


「え?」


余りに可笑しそうに笑われるものだから何か失言をしただろうかと思いながら彼女が目を瞬く。


「榊󠄀の森に連れて行ったのは誰だったのか覚えていましょう」


「榊󠄀の森に……まさか雪奈が?!」


「ま、確かにかつて賢者と呼ばれていたことはある」


トーマの言葉に千代が雪奈を見やり驚く。視線を受けた彼女は淡泊に答えた。


「今この世界は鬼の首領酒呑童子により苦しめられております。遥かなる時を越えて世界を救うために使者が訪れると言い伝えられてきましたが、ついにその時が来たのでしょう。皆様には重役に耐えきれないかもしれませんが、この里の者達は貴女方に期待しております」


「ちょっと待って! そんなこと言われても私達は戦いなんて知らない世界で育った。そんな私達が鬼とまともにやり合える力なんて……」


「ですから、この里に参ったのでしょう。古より伝わりし家宝があります。こちらをもっていれば鬼とも互角に渡り合えましょう」


老婆の言葉に慌てて止めるように話す千代へと彼女が言うと奥の間からつづらを持って現れる。


開けてみたそこには古びてはいるが綺麗に手入れされた弓矢が納められていた。


「こちらが瑠璃王国の姫アオイ様が使われていた家宝破魔の弓矢に御座います」


「へ~。まだ残っていたんだ」


老婆の言葉に皆がつづらの中を伺い見る。雪奈は小さく呟き過去の事を思い出してか瞳を揺らした。


「こちらを千代様。貴方様に差し上げます。これをお使いになれば鬼も倒すことが出来ましょう」


老婆は言うと話は終わりだとばかりに解散となる。


そうして一晩この里で泊めてもらうこととなったが、千代達の間には不安の色が残った。


「皆勝手なことばっか言いやがって。僕達にそんな力があるわけない」


「でも、元の世界に戻る為には戦うしか方法が無いわ」


複雑な思いに苛立ち拳を打ち込む柳へと千代が話す。


「雪奈やトーマやあの婆さんにしてもだ、僕達が解らない事ばかり話して……皆ぐるになって僕達を上手い事言いくるめてるだけなんだ。こんなところにいたって仕方ない。抜け出そう」


「待て、気持ちはわからないでもないが俺達は実際に小鬼という鬼と遭遇してきた。戦う力のない俺達がここを出て本当に強い鬼と出会ったらどうやって生き残れる」


彼の言葉に待ったをかけたのは忍だった。彼の言わんとすることに柳はぐっと唇をかみしめる。


「そうよ。私達ではまともに鬼と戦えないわ。雪奈やトーマがいないと足元にも及ばない。それは紛れもない事実だわ」


「こうなったら話に乗っかってやって、無事に元の世界に戻れるまでこっちが利用してやればいいんじゃないのか」


胡蝶の言葉にサザもそう提案した。柳は黙ったままで考え込んでいる様子。


「おれは、雪奈さんやトーマさんが悪い人とはどうしても思えません。きっと何か知っていると思うんです。おれ達が瑠璃王国の者達の血をひく末裔だという事の真実を……」


「オレは千代の意見に従う……千代はどう思う?」


「オレも千代の言葉に従います」


布津彦の言葉に冬夜とライトが千代へと視線を送る。


「私は雪奈やトーマそれにあのお婆さんの言葉は正しいと思うの。だから私達は今はまだ分からない事でもいつか分かる日が来る。そう思うのよ」


「俺も千代の意見に賛成だ。俺達は紛れもない瑠璃王国の者達の血をひく末裔なのかもしれない。それなら、まったく関係のない人達ではなくなる。助けたいと思えるようになるだろう」


彼女の言葉に風魔が優しく諭すような口調で話す。


「それに、苦しんでいる人達がいるのに見て見ぬふりして私達だけ安全な世界に帰るなんて私にはできそうにないわ」


「はぁ……まったく本当に千代ってお人好しだよね。分かった。付き合うよ」


千代が揺るがぬ瞳で言い切ると柳が溜息を吐き出し納得する。


「千代凄く優しい。素敵な人です。オレ貴女の事好きになりました。愛してます」


「ちょ、とょっと。何言い出すのよ」


ライトの言葉に頬を赤らめ戸惑う。


「お~。いいぞライトそのまま口説き落とせ」


「馬鹿言ってないでもう寝るわよ」


すかさずサザが茶化すと胡蝶が諫めてお開きとなった。


「……」


「おやおや、仲間外れと行った所ですか」


そんな皆のいる部屋の扉の前で中に入らず立ち止まっていた雪奈へとトーマが声をかける。


「仲間外れね。それは君も同じなんじゃないの」


「まぁ、疑わしい事には同感ですけれどね」


淡泊に放たれた言葉に彼も小さく頷く。


「僕は彼女達とは違う。踏み込まれてはいけないんだ」


「あの時と同じように……黙っていなくなるおつもりですか」


雪奈の言葉にトーマは問いかける。その瞳は真実を見詰めるかのようであった。


「関わらないなら、関わらないまま終わったほうのが良いんだよ。心にぽっかりと風穴を開けたまま会えなくなるのは寂しいだけだ」


「貴女はいつもそうして、お一人でいようとなさる。俺には理解できませんね」


彼女の言葉に彼がそう語りかける。


「一人は寂しいと君は思う様だけれど、僕にとってはそんなことを思えない程に感覚はマヒしているんだ」


「ずっと一人生き続けている貴女は一体何を思うのでしょうね。俺はいずれ終りが来るけれども貴女は……」


淡々とした口調で語る雪奈へと物思いに耽る瞳でトーマが見詰めた。


「トーマ……いや、トウヤいつまで偽名を言い続ける気?」


「俺の役目が終わるまで永遠に……」


それをごまかすかのように話題を変える彼女へとそれに乗っかり彼も小さく答える。


「そろそろお休みになられては……まぁ、眠れないようでしたらいつでもお話相手になりますよ」


「……トウヤ。君はもう許されている」


「……もう少しだけ見守らせてください。俺は俺自身の心で終わりを選びますので」


立ち去ろうとするその背中へ向けて声をかけると、トーマが小さく答え歩き去った。


「……また、星が廻る」


そう呟いた雪奈は気持ちを切り替えて扉に手を当て引き開ける。すでに皆は寝入っているようで風魔しか起きていなかった。


「おや、雪奈。お帰り」


「寝なくていいの。明日からまた旅だよ」


椅子に座り何事か考えこんでいた様子の彼がにこりと微笑むと彼女はそう言って返す。


「ははっ。俺は大人だからな。それより雪奈君は一体何を知っているんだい」


「……この先の未来かな」


真剣な瞳で問われはぐらかすでもなく真実を告げる。


「俺は生徒を守らなければならない。勿論それは雪奈君も同じだよ」


「守られるほど弱くないけど、でも、まぁ。君ならそうするだろうね」


真剣な顔で語る風魔へと雪奈は答えた。


「一人で背負い込まなくていいのに……もっと周りを頼ってくれてもいいんだよ」


「風魔……僕は頼るのは苦手なんだ」


生徒と先生その関係のはずなのに妙に親しい間柄のように語り合う。


「うん、知っている。でもそれでも君はもう少し人付き合いを上手くしていかないといけないよ。もう、一人ではないのだから」


「僕は、一人だよ。今までもこれからも」


彼女へと諭すように語る風魔の言葉に雪奈は淡泊に答える。


「雪奈……俺は君が距離を置く理由を知らない。だけど、それが俺達の為を思っているのは知っている」


「もう寝なよ。僕も少し休みたい」


「うん。おやすみ」


二人の心の距離は近いようで遠い。彼は諦めたかのように微笑むと布団へと向かう。交代するかのように今度は雪奈が椅子へと座り懐から取り出した書を読み始める。


「……さぁ、真実の物語を紡ごう」


真っ白だった部分にぼんやりと文字が浮かぶとそれは黒々としたインクのようにくっきりと現れ刻まれた。


これから千代達と紡ぐ真実の物語がこの書へと刻まれていくこととなる。

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