十章 善良なる鬼 鬼若

 悪鬼を倒してから東の地を目指し空船で旅をする事数週間。休憩の為に近くの村へと立ち寄った。


「あら、この村は何だか普通ね?」


「煉獄や悪鬼の支配する土地に住んでいた人々は辛そうだったのに、この辺りは空も大地も澄んでいるみたいだね」


千代の言葉に風魔も村の様子を見回して語る。


「確かこの辺りは善良な鬼鬼若が納める土地だったと記憶しております」


「善良な鬼? 鬼なのによい人なのですか」


「でも鬼は鬼だろう。悪いも良いもないと思うけど」


トーマの言葉に布津彦が首をかしげる横で柳が頭を掻きながら言う。


「鬼ではありますが、彼は元は人間だったと。まぁ、どういう理由があって鬼になったのかまでは知りませんが……」


「善い鬼だとしてもオレ達は倒さないといけない」


「そうね。ちょっと良心が痛むけれど、敵であるのだから倒さないと」


冬夜の言葉に胡蝶も頷く。


「とりあえず、村の様子を観察してみましょう」


トーマの結論に皆頷き情報を得るために村人達から話を聞くことにした。


「おや、旅の方かな? この村は若様が守ってくださっているので安全だ。ゆっくり休んでいかれると良い」


「若様が守ってくれるから何の心配もいらないわ」


村に入ると第一住人である老人と若い女性がにこりと笑い声をかけてくる。


「あの……若様って?」


「この辺り一帯を納めている地主様じゃよ。若様が悪い鬼を追い出してくれたおかげでこの辺り一帯は平和な土地となったのじゃ」


「皆若様のおかげで安心して暮らせるの。だからあなた達も心配しなくていいわよ」


「どうやら人々から慕われているようですねー」


千代が問いかけると二人がそれぞれ答えてくれた。その言葉にライトが呟く。


他にも情報を得れないかと村の中を歩いていると二人の若者がこちらに歩いてくると気付いたようで微笑む。


「旅の方、このご時世では苦労なさるでしょう。ですが、ここなら大丈夫。若様がいれば酒呑童子だって怖くない」


「若様が守ってくださるからな」


「本当に慕われているみたいだな」


若者達の言葉に今度は忍が呟く。こうして村の人達から話を聞いてみた結果この辺り一帯を治める善良なる鬼鬼若の人柄が分って来た。


「人の心を持ったまま鬼となった者か……会ってみるのも悪くないかもしれないね」


「会って如何するんだ?」


雪奈の言葉にサザが首をかしげる。


「酒呑童子について何か情報を貰えるかもしれない」


「はっ! そうですよね。思いつきませんでした」


彼女の説明を聞いて納得した顔で麗が頷く。こうして都にいる鬼若に会いに行ってみようという事となり一路北へと向かう。


「ここに鬼若がいるはずです」


「旅の方、よくいらしゃいました。ここならもう安全ですのでゆっくりしていって下さいね」


「は、はい」


トーマの言葉を聞いていると前方から若い侍風の男性が歩いてくると柔和な微笑みを浮かべて話しかけてくる。それに千代が慌てて頷いた。


「若さま~。遊ぼ~」


「遊んで~」


「若様~」


「ははっ。見つかってしまったか。さて、何して遊ぶ?」


そこに町に住む子どもがわらわらとやって来ると男性を取り囲みねだる。その様子に若と呼ばれた彼が微笑み答えた。


「笹船作って遊ぶの」


「笹船で競争するの?」


「いいや、笹笛吹いて遊ぶんだ」


「それじゃあ笹船を作って遊んでから笛を吹いて遊ぼう」


「「「わ~い」」」


子どもと一緒に町の奥へと行ってしまった男性の後姿を見送った一行は顔を見合わせる。


「さっきの人若様って言われていたけれど……」


「あれが善良なる鬼鬼若ですか?」


胡蝶の言葉に布津彦も問いかけた。


「どう見たってただの人みたいだったぜ?」


「今までの鬼と違って不穏なオーラも感じなかった」


サザが言うと忍も答える。


「本当に鬼なのかな?」


「どう見ても人間みたいでした」


麗が戸惑う横でライトもそう言って考え込む。


「さっきの奴が鬼若なら話せば協力してくれそうだったけど……」


「危険は感じられなかったね」


千代の言葉に風魔も頷き同意する。


「でも鬼は鬼だろう?」


「心配ならこちらの正体は明かさずに、ただの旅人だと思わせておいて情報だけ貰うのは如何」


柳の言葉に皆の話を聞いていた雪奈はそう提案した。


「そうですね。鬼若が危険かどうかわかりませんが、一応用心するに越したことはありませんからね」


トーマの言葉で話はまとまり皆正体を黙ったまま近づいて情報を貰おうという事となる。


そうして鬼若の後を追って町の中へと入っていった。


鬼若は川の側で子どもと遊んでいた。そこに近寄っていくと彼がこちらに気付き微笑む。


「おや、またお会いしましたね。如何かされましたか?」


「あの、私達せっかくここに来たので鬼若様にご挨拶したいと思っていて……」


にこりと微笑み問いかけられ千代がここに来るまでの間に考えた言葉で話す。


「おや、そうでしたか。それは気付きませんで失礼いたしました。皆ごめんね。お客様をご案内しないといけないからまた明日遊ぼう」


「え~。もっと遊ぼうよ」


「遊ぶのー!」


「遊ぼう」


彼の言葉に子どもは頬を膨らませて不満げに訴える。


「ごめんね。その代わり明日一日遊んであげるから」


「分かった。若様また明日ね」


「バイバーイ」


「またね」


子どもは理解すると駆け足で帰っていってしまい残った男性が皆の方へと体を向けた。


「お待たせいたしました。さあ、参りましょう」


彼に案内される形で鬼若の住む屋敷へと向かう。


「自己紹介が遅くなり申し訳ない。私がこの土地を納める領主。鬼若です」


「本当に貴方が鬼若?」


屋敷につくと客間に案内され男が自己紹介する。その言葉に千代が戸惑いながら問いかけた。


「えぇ。驚かせてしまいましたかな?」


「いいえ。この辺りを納める鬼は善良な者と聞いていたので安心して訪れることが出来ました」


困った顔で問いかける相手にトーマがにこりと笑い答える。


「僕達は里もなく旅から旅の身分で、この土地ならば安心して暮らせるだろうと思いやってきたんだ。だけど酒呑童子の目が光っていると思うと気が気でなくて……」


「そうでしたか。酒呑童子……あの者はとても危険な存在です。関わらないなら関わらない方がいいでしょう。何しろ性格も性質もバラバラな鬼達をまとめあげ世界を牛耳っているお方ですから」


雪奈はさも不安だといった雰囲気を演じながら言うと鬼若が同情して説明を始めてくれた。


「貴方でも酒呑童子には敵いませんか?」


「……私は自分の生れて来たこの辺りを護りたい一心で鬼になりました。ですが私ごときでは酒呑童子に立ち向かう力なんて持ち合わせてはおりません。それこそ今鬼達の間で話題になっている異界から来た者達ならばなんとか倒すことも出来ましょうが」


「その異界から来た者達って?」


トーマの質問に彼が困った顔のまま説明する。その言葉に出てきた単語の意味を理解していながら雪奈はあえて問いかけた。


「酒呑童子や各地を束ねる鬼達が唯一危険視している者達です。その者達を殺せと酒呑童子から命令が出るほど、今鬼達は躍起になってその者達を探しているところです。ですが、私は……その者達に可能性を見出しています。その方達ならきっとこの世界を救ってくださると……そのためならば私は命を奪われようとも構わないと思っているんです。私がいなくなった後この世界を救ってくだされば鬼により苦しめられている人々が皆助かるのですから」


鬼若の言葉を皆はどのような思いで聞いていたのだろうか。少なくとも雪奈はその話を聞きながら過去の事を思い出して密かに瞬きをした。


「その人達と一緒に酒呑童子に立ち向かおうとは思わないの?」


「私は人の心を持ったまま鬼となりました。鬼には違いありません。その者達が鬼退治しているのであれば私はその方達にとって人々を苦しめる悪い鬼の一人……でしかありませんので」


「鬼若。こうして私達は普通に話し合って心を通わせているわ。貴方を悪い鬼だなんて思えない」


千代の問いかけに彼が儚げに微笑み答える。彼女は堪らず一歩を踏み出し違うといいたげに願いを込めて語った。


「……有難う御座います。今夜はこちらにお泊りください。私はいつでも奥の間におりますのでいつでもお越しくださいね」


じっと千代の顔を見ていた彼がようやく口を開くと微笑み語る。


こうして今夜はこの屋敷に泊めてもらうこととなった。


「……鬼若は気付いていたみたいだね」


「え? 何の事ですか」


客室に入った途端雪奈は口を開く。その言葉の意味が分からず麗が首を傾げた。


「僕達の正体に……さっきの言葉。いつでも命を奪う機会は用意しているという意味だと思う」


「そんな……無抵抗の相手を倒すなんてそんなことできないわ」


彼女の言葉に千代が首を振って答える。


「千代……どんなに善い鬼であったとしても相手が鬼である以上僕達は倒さないといけない……彼がその呪縛から逃れられるのはそれしか方法がないんだよ」


「でも、何とかして助けることはできるかもしれないのに」


雪奈の淡々とした言葉に苛立ちを覚えながら彼女が言う。


「……残念だけど、彼が鬼から解放される方法は死しかない」


重くのしかかるような声音で言われた言葉に誰もが黙り込み口を開くことはなかった。


「今すぐに答えを出せなくてもいいけど、鬼若をどうするのかよく考えておくことだね」


こうして複雑な心情を抱きながらこの日は床に就く。どうしたらいいのかなんて誰も分からないのであった。

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