おれに関する物語

 見てはいけないものを見てしまった。不安と悔悟かいご憤懣ふんまん……の感情の波が一気に押し寄せてくる。

 以前は何年かに一度あるかないかだった。見てはいけないものを見てしまうのは。

 それがその間隔がせばまってきて、最近では、数日おきに、見てしまうのだ。

 ああ、どうしたらいい、どうするべきなんだろう……。 


「先生……心理学的に、見てしまったイヤな光景を忘れる方法って、ありますか?」


 おれは今日もドクターに告白した。見てはいけないものを見てしまったことを……。でも具体的な内容は喋ったことはないが、ダラダラとなにかを喋るだけで少しだけ気が落ち着いてくる。それでいいとドクターは言ってくれる。


「あ、昨日もでしたね。今回は違う光景でしたか? うーん、見てはいけないもの、というのは、あまりにも抽象的すぎますからね。浮気の現場、犯罪の目撃、自分に対する陰口……あなたの場合、どうなんでしょうかねえ。いつも、具体的なシーンを話してくれないので、なんとも判断がつきかねるのです。ま、グチでもなんでもすっきり吐き出してください……」



 ほんとうに優しいドクターだ。だから、ついつい頼りにしてしまう。でも、いつかは離れていくんだ、このおれから。

 そういうものさ、人生なんて。

 そんなものさ、人間関係なんて。

 それにしても、不思議なことに、いつもいつも違う人物をみるんだ、みてしまうんだ。すると、もう二度とかれや彼女らとは会うことはなくなる、きっぱり、すっきり離れていくのさ、おれから。まるで待ってましたといわんばかりに……。

 それもこれも、いつものことさ。

 で、ついさっき見たのは……これから、目の前の先生の首をぎゅっとめる自分の姿だ……

 


          

            ( 了 )

              

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