射止めて!ブザービーター‼︎

一花カナウ・ただふみ@2/28新作配信

射止めて!ブザービーター‼︎

 私のドジでクラスのヒーロー、豊くんに怪我を負わせてしまった。大した怪我じゃないことを証明するからと誘われて、初めて観戦したバスケットボールの試合。豊くんは怪我をして休んでいたなんて思えない活躍っぷりで、私は確かにホッとできた。彼はすごい。試合に夢中になって興奮しすぎた声援で私が注目を浴びてしまったけれど、豊くんが笑ってくれたからよしとしよう。





 付き合っているわけではない。でも、小学生時代の初観戦以降はできる限り応援に行った。


「俺がブザービーター決めたらさ、付き合ってほしいんだけど」


 彼の家の駐車場でシュート練習をしているのを見守っていたら、唐突に言われた。


「付き合うって、何? 行きたい店でもあるの?」

「まあ、そんなとこ」


 さらりと返された。放物線を描いたボールがバスケットに吸い込まれる。会話をしながらなのに大した技術だ。

 危ない、恋愛的な意味だと勘違いして浮かれるところだった。


「別にいいよ。ってか、買い物だったらいつでも付き合うけど?」

「知り合いに見つかったらうるさいじゃん。冷やかされるの、嫌だろ」


 確かにそれはそうだ。高校生にもなると、近所に住むただの幼馴染に過ぎなくても、男女で話しをしてるのが目撃されれば、すぐに恋人同士だと噂されるものだ。

 ちなみに豊くんはモテる。告白は日常茶飯事だが、バスケに集中したいからと付き合う気はないらしい。


「確かにウンザリかも」

「だからさ、俺がブザービーター決めたら、一日だけ我慢して付き合ってほしいんだよね」

「うん、わかった」


 豊くんの放ったボールはスッとバスケットに吸い込まれる。毎日欠かさず練習してるからこそ、上手にこなせるのだとこうして隣で見ているからよくわかる。

 私にはなにか誇れるものがあるだろうか。応援してるだけの私に、彼に張り合えなくても胸を張れるだけのなにか、が。





 卒業試合でもブザービーターが決まることはなかった。何度もチャレンジしていることは知っている。約束して以降、私は毎試合、応援に行っていたのだから。

 互いに大学に進学したあとも豊くんはバスケを続けていた。試合でブザービーターを決めることはなかったけれど、たくさん得点を入れて目立っていた。

 大学四年、その頃には私は就活で忙しくなって試合は見に行けないし、連絡さえろくにできないという忙しい日々を送っていた。ようやく都合をつけて会えたその日、豊くんは真面目な顔で私の前にいた。


「俺、プロになるよ」

「合格したんだね! おめでとう!」


 私がはしゃいで彼の手を取ったら、豊くんははにかんで笑った。


「それでさ、練習試合に入れてもらえることになったんだ。観に来てくれねえか?」

「え、いつ?」


 聞けばその日は私の就職試験の日で。でも、終わってすぐなら行けなくはない場所ではあった。


「無理ならいいよ。そっちも人生かかってるんだし」


 豊くんは苦笑した。私の多忙ぶりをやっと実感したのだろう。


「どうにかするよ」


 ずっと応援に行けなかったのだ。誘ってくれるなら行かねば。





 就職試験は定刻どおりに終わって、私は急いで会場に向かった。この調子なら試合の終盤にギリギリ到着できる。私は慣れないパンプスで走って会場に向かい、もらっていたチケットで中に入った。息を切らせて、試合の状況を確認する。

 第四ピリオド。豊くんのチームは二点差で負けている。残り時間はあと僅かだ。逆転をかけて、相手チームの持つボールを狙っている。

 豊くんが素早く動く。パスされたボールを横から奪う。


「ゆたかくんっ‼︎ ブザービーター‼︎」


 思わず大きな声が出た。

 スリーポイントラインの外側、豊くんはボールを放つ。直後に試合終了のブザーが鳴り響いた。ボールは宙空。スロー再生を見ているみたいにボールは宙を飛び、スッとバスケットの中に入った。

 会場が沸く。ブザービーターが決まった。それも、逆転の。

 私はびっくりしすぎてその場にへなへなと座り込んだ。初めて見た、ブザービーター。できるものなんだ。





 電話が鳴る。試合のあとは会えなくて帰ってきたのだけど、これは豊くんからの電話だ。


「応援、届いたから」


 豊くんは打ち上げ中なのだろう、とても賑やかな場所にいるらしかった。


「ああ、うん。大きな声で名前呼んでごめんね。集中力切れちゃうから良くないんだよね?」

「いや。あの声で、勝てるビジョン浮かんだからさ。お礼、ちゃんとさせてくれよ」


 嬉しいことを言ってくれるじゃない。私は安堵した。


「ブザービーター決めたから、あの約束、ちゃんと守ってくれよ?」

「付き合って、ってやつ?」

「そう。俺の勝利の女神にとびきりのヤツ、あげねえとな」


 豊くんを呼ぶ声がする。じゃあまたあとで、と言われて通話は切れた。





 豊くんが付き合って欲しかった場所がジュエリーを扱う店で、婚約指輪を買おうとしていたのだと知るのは、また別のお話。


《終わり》

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