5.襲撃

 結城はその夜、一人で2階の女子トイレに入った。三つある個室の内、一番手前の個室に入ると、ドアをしめた。結城はモスグリーンの便器のフタに腰かけて、何かが起こるのをじっと待った。トイレの入り口には椅子を出して、八城が座っている。


 きっと何かが起こるはずだ・・


 しかし、何も起こらないまま、ジリジリと時間だけが過ぎていった。


 0時になった。そのときだ。


 誰かがトイレの中に入ってきた。えっ・・結城の身体が固くなった。足音が結城のいる個室の前で止まった。誰も来ないはずなのに・・八城はどうしたんだろう?


 足音は結城のいる個室の前で止まったままだ。緊張の時間が続いた。個室の前で誰が何をしているのだろう?・・結城の心臓が限界まで高鳴っている。結城の額から脂汗が一筋流れて落ちた。


 ふと、見ると・・個室のドアの隙間から、何やら紙のようなものが個室の中に入ってきた。んっ? 結城はドアの隙間から紙が中に差し込まれたと思った。それほど、入ってきたものはペラペラだった。形は丸くて、色は黒い。やがて、その丸いものが結城の目と鼻の先にきた。急に、丸いものが反転して、結城の方を向いた。ペラペラの八城の顔だった。ペラペラの八城の顔が結城を見て、ニッと笑った。


 化け物だ! 


 結城の身体を恐怖が貫いた。恐怖に駆られて、結城はドアを思い切り内側から押し開いた。手が震えたが、鍵を掛けていないのが幸いした。同時にペラペラの八城の顔が引っ込んだ。ドアにドンと何かがぶつかった。結城は構わず、個室の外に飛び出した。


 紙のようにペラペラの身体をした八城が立っていた。ナイフを右手に持っていた。刃渡りは30cm以上ある。七海のノートにあったものだ。


 ペラペラの八城の顔が不気味に笑った。ナイフを大きく頭上に振りかざした。次の瞬間、結城の頭上にナイフが降ってきた。殺される!

 

 咄嗟とっさに結城は八城にぶつかった。振り下ろされたナイフが結城の背中のワイシャツを切り裂いた。結城の背中に激痛が走った。


 八城がぶつかってきた結城の身体を左手一本で受け止めた。結城の肩を八城の左手がつかんでいる。ペラペラの身体なのに、ものすごい力だ。苦痛に結城の顔がゆがんだ。八城が左手一本で、結城の身体を突き飛ばした。結城の足がトイレの床から離れて、宙を飛んだ。結城の身体がトイレの奥の壁に激突した。結城は壁を背にして、トイレの床に崩れ落ちた。


 八城の顔が今度はニヤリと笑った。ペラペラの八城の身体がトイレの奥にゆっくりと歩いて、壁を背に床に倒れている結城のワイシャツにナイフを押し当てた。左胸の乳首の下だ。そして、思い切り、ナイフを結城の左胸に突き刺した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る