発明の行先

智郷めぐる

発明の行先

 パンッと、乾いた音が響く。

 勢いよく飛び出したのは、鉛で出来た小さな丸い球。

 この小銃は、殺傷能力はあまり期待できないが、野犬を追い払ったり、危険な小児性愛者の大事なところを傷つけたりするくらいなら、余裕で出来る。

 少し過激な自己防衛手段だ。

 しかも、これは火薬を使わない。

 圧縮した蒸気をこめたスチームボールをグリップに装填し、引き金を引くと銃身の玉が蒸気圧で飛び出すという仕組みになっている。

 三発までしか弾は入らないけれど、スチームボールひとつで十二発は撃てる。

 開発したのは祖父。

 表向きは古本屋の頑固じじいだが、実はちょっとした有名人なのだ。

 『絡繰技能士からくりぎのうし』という職業がある。

 なんでも、大昔のEDOっていう時代から続いている職業らしい。

 日用品から兵器まで、なんでも自動オートで駆動する物を作ってきたらしい。

 今ではそういったものも珍しくはないけれど、まだ電話すらなかった時代に祖父の祖父のそのまた祖父……、まぁ、途方もないので割愛するが、その絡繰技能士は、絡繰人形オートマタを作り上げていたという。

 もうその人形は残っていないのだが、設計図や、その人形が描かれた浮世絵が多く現存している。

 絡繰人形オートマタは人気の花魁だったようだ。

 ただ、その人気に嫉妬した人間の花魁が絡繰人形オートマタを壊してしまったという噂があるが、実際のところはわかっていない。

 人間がロボットに嫉妬などするのだろうか。


「おい、蘭丸らんまる。店番ちゃんとやってるか?」

「やってるよじいちゃん」

「おうおう、またおれの本勝手に読んでるな? 絡繰技能士なんてひきこもりの青白いオタクの仕事だわい。子供は漫画とか絵本でも読んで元気に健やかに過ごさんかい」

「いーや、僕は絶対に絡繰技能士になっておじいちゃんの跡を継ぐんだ」

「かぁ、なんでまた、そんな頑固なところはお前の父ちゃんにそっくりだな」

「よかったね、僕を通して自分の息子に会えるね」

「まったく、そういう口達者なところもそっくりだ」

 他愛もない会話だが、時折祖父が見せる笑顔には、影がある。

 蘭丸は知っているのだ。

 祖父は、蘭丸が絡繰技能士になるのは嫌だけれど、本心では喜んでいるということを。

 蘭丸の父は、優秀な絡繰技能士だった。

 専門は『兵器』。

 その中でも、『無人戦闘機』においては他に類を見ないほどの天才だったのに。

 あっけなかった。

 その日も父は朝の子供番組で蘭丸とワクワク体操をして、母に行ってきますのキスをして、蘭丸をギュッと抱きしめた。いつも通りの朝に、いつも通りの日常。

 でも帰ってこなかった。

 戦闘機の調整中に、敵国の暗殺者に刺されて亡くなってしまったというのだ。

 父が出勤してわずか三時間後、家に電話があり、その後、義父に連絡すると、母は気絶した。

 蘭丸はただただ泣きながらすぐに祖父を迎えに玄関まで走った。

 そのあとのことはまるでジェットコースターに乗っているような感じで、家族のだれもほとんど覚えてない。

 蘭丸は無意識に父の写真を抱きしめ、眠ってしまった。

 母はもとから身体が弱かったために、葬式の後からずっと入院している。

 ただ、最近はよく笑うようになった。

 蘭丸が初めて作ったスチームトイの小鳥をすごく喜んでくれた。

 はやく退院できるといい、と、蘭丸は常に願っている。

 心配をかけるわけにはいかない。

 蘭丸は元気で健やかな小学生であることを祖父に証明するべく、小学校は皆勤賞だ。

 今日の給食はソフト麺らしい。蘭丸の好きなメニューだ。

 学校でラーメンみたいなものを食べると、ちょっといけないことしてるみたいでワクワクするのだという。

 友達とおかわりジャンケンに勝てればもっと最高。

 たくさん勉強して、立派な絡繰技能士になるのだ。

「先生! 質問でーす!」

「はい、蘭丸。先生の食後の優雅なひと時に最適な質問をどうぞー」

「戦争っていつ終わるんですか?」

「おっと、なんて質問するんだ天才児よ。今は、あれだ、冷戦中ってやつで……。おい、これは中学生になってから習うんだぞー。先生、教育委員会に怒られちゃう」

「じゃぁ、いいでーす」

「聞き分けが良くてよろしい。あとで本を選んでやろう。自分で調べる分にはオッケーだ」

「ありがとうございまーす!」

 放課後、蘭丸は先生から図書室で本を選んでもらい、三冊ほど借りて帰ることにした。

 帰宅中に危ないとはわかりつつ、蒸気駆動スケボースチームボードで滑りながら本を読んだ。

「ふむふむ、地方の国境沿いではいまだに小競り合いねぇ……。都会に住んでるといまいちわかんないもんなんだなぁ……。あ、これお父さんのだ」

 本の中に参考資料として当時使われていたいくつかの兵器が載っていた。

「無人戦闘機『セイクウ』だっけ」

 隣国の艦隊を殲滅した伝説の機体として科学博物館にも収蔵されている。

 蘭丸はそれを誇らしいことだとは一度も思えなかった。

 父のことは好きだったが、父が作っていたものは恐ろしすぎた。

「なんでお父さんは兵器を選んだんだろう。おじいちゃんみたいに玩具とか護身用の道具じゃだめだったのかな」

 蘭丸は、いつもの帰り道が少し悲しく思えた。

 しかし、知りたいと望んだその好奇心には勝てない。

 心の揺れを感じながら、読みふけっていた。

「じいちゃんただいまー」

「おう、おかえりー。今日の夕飯は病院だー」

「あ! そうか! 今日はお母さんとごはん食べられる日だった! 急いで着替えてくる!」

「別に男子なんだから多少汚れててもいいんじゃないの」

「ダメだよ! じいちゃん、先生がよく言ってるけど、モテる男は清潔感が命らしいよ!」

「なんだそりゃ」

「ちょっと待っててー!」

 蘭丸はいそいでお気に入りの白いシャツと深緑色の長ズボンに着替えると、祖父と手を繋いで病院へと向かった。

 途中、路面電車に乗り三駅、大きくて綺麗な白い病院の前で下車する。

「じいちゃんはもう蒸気自動車乗らないの?」

「ありゃ整備中だ」

「あ、そうだった」

 エントランスを通り、受付で名前を告げる。

 渡されたカードキーでエレベーターに乗り、最上階へ。

 そこは患者や患者につきそう家族だけが利用できるレストランになっている。

 蘭丸の母は先に席についており、蘭丸たちに向かって笑顔で手を振ってくれた。

「お母さん!」

「蘭丸、お義父さん、こんばんは」

「いえーい!」

「こんばんは、夕子ゆうこさん。蘭丸がわざわざ着替えて張り切ってるぞ」

「ふふふ、息子がイケメンでお母さん心配だわ」

「でしょでしょ!」

「まったく、洗濯するのはじいちゃんだぞ」

「僕、干すの手伝ったり、食器洗ったりしてるんだよ!」

「えらーい! お母さんが退院しても手伝ってくれる?」

「もちろんだよ!」

「はぁ、まったく、本当に可愛いな蘭丸。手伝いもよくしてくれるし、店番でも上手に接客してるし。じいちゃんまた町内会でジジ馬鹿って言われちまう」

「ふふふ、お義父さんの教育、大成功ですね」

「いやいや、夕子さんの産み方が完璧だったんだよ」

「ぐふふ、褒められすぎてさらにお腹すいてきた!」

「そうね、ご飯食べようね」

「おれは和食のAセットにしよう」

「僕は中華のA!」

「わたしは洋食のCにしようかしら」

「みんなで交換ね!」

「うふふ、交換しましょうね」

 三人は家族の団らんを二時間ほど楽しみ、母に見送られながら帰路についた。

 蘭丸はよほど楽しかったのか、路面電車に乗ってすぐに寝てしまい、祖父におんぶされて家に着いた。

 祖父は蘭丸の頭をなでながら祈った。

「どうか、もう少しこのまま、何も知らずにいてくれ……」

 祖父の頬に、一筋の雫が光った。


「おっはよーじいちゃん!」

「おう、風呂入ってこい。昨日そのまま寝ちゃったからな」

「はーい!」

 今日は土曜日で学校は休みだ。

 いつもなら遊びに出かけてしまうのだが、友達もみんな家の手伝いで忙しいため、朝から店番を手伝うことになっていた。

「さっぱりしたか?」

「うん! 朝ごはんはなぁに?」

「じゃこごはんと揚げの味噌汁、ほうれん草の卵焼き」

「カルシウムー」

「はい、手を合わせてー」

「いただきまーす!」

 蘭丸は普段の給食で鍛えられている小学生のみが使えるという伝説の秘儀、HAYAGUIで、10分とかからずおかわり含めてすべてをたいらげた。

 もちろん、祖父には「ゆっくりよく噛んで食え」と小突かれた。

「じゃぁ、じいちゃんは町内会の予算会議に出てくるから、店番頼んだぞ」

「まかせて!」

「お昼ご飯は何がいい?」

「うーん、たこ焼き!」

「よっしゃ、じゃぁ、会議の帰りに買ってくる」

「わーい!」

 祖父はお気に入りの帽子をかぶって出かけて行った。

 蘭丸は店先を履き掃除して、店内ははたきをかけ、椅子と棚を乾拭きして、朝運ばれてきていた古本をジャンルでわけて品出しして、予約分に受け取る人の札をつけて、やっとひといきついた。

 ちらほら客が入って来て、たまに売れる。

 このゆったりとした時間が蘭丸は大好きだ。

「いらっしゃいませー!」

「おお、蘭ちゃんは今日も元気だねぇ」

「あ、大塚さん! 好きそうな本入ってますよ!」

「お、見せて見せて」

 蘭丸は常連さんの好みはだいたい覚えている。

 楽しく接客しながら午前中をすごしていた。

 そして昼の少し前、ひとりの男性がふらっと店に入ってきた。

「いらっしゃいませー!」

 その男性は蘭丸を見て口元を歪めながら、少しずつ近づいてきた。

 着ている服には軍人特有の飾りがついている。

 様子がおかしいと感じた蘭丸は、カウンターの下についている防犯用ブザーに手を伸ばした。

 その時、聞きなれた、大好きな声が響いた。

「孫から離れろ!」

「くっ…」

 息を切らして帰ってきた祖父の怒声に驚いた男性は、急いでその場を後にした。

「蘭丸! 大丈夫か! 何もされてないか?!」

「だ、大丈夫だよ」

「のこのこと現れおって……。次蘭丸に近づいたら殺してやる!」

「じ、じいいちゃん?」

「あぁ、すまんすまん」

 祖父のただならぬ気迫に、蘭丸は動揺を隠せずにいた。

 普段は、少し口は悪いが、おだやかで、蘭丸にはとびきり優しいおじいちゃん。

 こんなに怒っているのを見るのは初めてだった。

「あのひと、知ってるの?」

「……くっ、こうなっては話しておいた方がいいのかもしれんな」

 祖父は店の戸を閉め、休憩中の札を下げると、カウンターの上がり框に腰かけた。

 買ってきたたこ焼きを開け、蘭丸に渡すと、ゆっくり話し出した。

「あいつはな、俺の息子……、お前の父ちゃんを殺した男だ」

「え、でも、お父さんは……」

「ふん、暗殺者なんて表向きの理由だよ。愛国心を煽るために利用されたんだ。本当は違う。息子は……、牡丹ぼたんは、俺たち家族を人質にとられて仕方なく兵器を開発させられたあげく、敗戦が決まった翌日に、その天才的な頭脳が脅威と判断され、戦犯として差し出されたんだ!」

「そ、んな…」

 蘭丸は何かが崩れ落ちていくのを感じた。

 心が砕けていく。

「この国の科学博物館や教科書、資料館、様々な媒体に優秀な科学者として牡丹の名は刻まれている。でも違うんだ。いつか隣の国に行くことがあったら、戦争の慰霊碑の近くにある真っ黒な石碑を見てみな。戦犯として処刑された者のなかにA・BTNと彫ってある。Aは絡繰技能士のことで、BTNは牡丹のことだ……」

 蘭丸は目の前が真っ暗になった。

「もう冷戦なんてしちゃいないんだ、本当は。何もかも終わってるんだよ。この国は負けたことを必死で隠してるんだ。武器の貿易で儲かるからな」

 祖父はうなだれ、すでに塵となってしまった激しい怒りの残滓を思い出しながら、そっとつぶやいた。

「戦争を終わらせてもらう条件の一つが、牡丹の死だったんだよ」

 蘭丸の手足から熱が消え、ただただ、涙が流れた。

 呼吸が、うまく呼吸が出来ない。

「牡丹は本当に頭がよかった。教えたことをその場ですぐにやってのけた。俺はそれが嬉しくてね。絡繰技能士の学会にも何度も連れて行った。そのうち、蒸気を今までの三十倍効率よく循環させる方法を開発したんだ、あいつは。それはすべて機巧義手からくりぎしゅ機巧義足からくりぎそくのための研究の中でうまれたものだった。でも、奴らにはちがう使い道が思いついた。兵器への利用だ。牡丹はまだ大学院生だったが、研究機関に採用され、そこで……」

 堪えきれなかったのだろう。いつもは気丈な祖父が、静かに涙を流している。

 でも蘭丸の手は届かない。

「おい、おい! 蘭丸? 蘭丸!」


 蘭丸が目を覚ましたのは母の病室だった。

「あれ……、おかあ、さん?」

「蘭丸! お義父さん、蘭丸が!」

「ああぁ、本当に、本当によかった……」

「僕は、倒れたの?」

「そうだよ。俺が、ひどいはなしをしたせいで……。本当にごめんなぁ……」

「お義父さん、いつかは言わなくてはならなかったのです。それに、あの人たちが近づいてきた以上、危険から守るには話さなければ……」

 母は蘭丸を護るように手を握りしめながら、その顔を優しく見つめた。

「蘭丸、大丈夫かい?」

 蘭丸はまだ頭がぼーっとしていたが、少しずつ思い出してきていた。

 そして、突然起き上がり、浮かんでいた涙をぬぐい、母と祖父の手を握った。

「僕、じいちゃんよりも、お父さんよりも、すごい絡繰技能士になるって、今決めたから!」

「え、な、なんで…」

「僕は有名な医療絡繰技能士になって、いつかテレビに出たり、本を出すんだ。そこで毎回言うんだよ、毎回ね。医療の発展に多大な貢献をした絡繰技能士、牡丹の息子、蘭丸です、って。僕見たんだ。一冊だけちゃんと書いてあったんだよ! 『無人戦闘機に使われている蒸気管はもとは医療用として開発されたものです。現在の義手や義足にもその技術は広く使われており、その構造は通称〈ボタン式〉と呼ばれています』って! 僕、ボタンってカタカナで書いてあったから最初気付かなかったんだ。でも、じいちゃんの話を聞いて、はっきりわかったよ! あれは、お父さんが開発したものだったんだ!」

 母と祖父は顔を見合わせ、涙を流し始めた。

 そして蘭丸へと視線を移すと、優しい声で話し始めた。

「そう、そうよ。あなたの父親は、優しくて、とても素晴らしい人なのよ……」

「あぁ、蘭丸っ……」

 看護婦さんが慌てて飛んでくるほどの大声だったらしい。

 蘭丸たちは三人はそろって号泣していたのだ。

 ずっとずっと手を握り合って、泣いておるのがおかしく思えて笑ってしまうまで、ずっと手を離さなかった。





 手術台には高校生の男の子が横たわり、不安そうな顔でドクターを見上げていた。

「僕、もう一度走れるようになりますか?」

「あぁ、もちろんだとも。厳しいリハビリは待ってるけどね」

「もちろん! なんでもやります! また、陸上やりたいです!」

「いいぞ、その意気だ! わたしの外科医としての腕と、この最高の機巧義足があれば大丈夫!」

「ありがとうございます!」


 手術から三か月後、病院から義足を制作した絡繰技能士のもとへ手紙が届いた。

 元気に走る男の子の写真と共に。

「蘭丸先生? 何ニヤニヤしてるんですか?」

「に、ニヤニヤなんかしてないよ! ほら、今日は午後から講義だから資料のコピーよろしくね」

「はーい! あぁ、僕も早く絡繰技能士としてデビューしたいです」

「君は優秀だからすぐだよ」

「かぁ、天才からの誉め言葉は嫌味にしか聞こえませーん」

「な、そんなことないよ!」

「あの偉大なる絡繰技能士、牡丹先生の息子で、史上最年少で絡繰技能士試験を突破し、十八歳で工房を立ち上げ、二十歳のときには戦争孤児に対して無償で義手と義足を提供。その功績で三カ国との国交を正常化するきっかけを作った……。なんなんですかこの華々しい経歴は!」

「あああ、もう、行くよ! 講義遅れたら授業料うんぬん責められるよ!」

「はあああい」

 誰かが歌っていた。

 長く厳しく思える冬でも、土の中で一生懸命生き抜けば、春には花を咲かせるのだと。

 蘭丸はその身にたくさんの太陽を浴び、夢を実現させた。

 次は誰かの、思いを叶えるために。

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発明の行先 智郷めぐる @yoakenobannin

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