記念日割引と、再会。
「あ、お昼食べる前に本屋へ寄っても良いですか?」
「うん。行こうか」
制服を買い終えた私たちは、昼食を食べる前に書店へ行くことにした。
二階の紳士服店から三階へ移動し、フードコートとは反対側にある書店へと向かう。
「戦勝記念日……」
書店に着いた途端、店舗前に掲げられた旗を見て望月桜がそう呟いた。
その旗には堂々と【戦勝記念日セール!】と大々的に書かれていた。
「知らない……のは当然ですね」
戦勝記念日が制定されたのは、おそらく望月桜が異世界に行っていた時期であろう。
望月桜は頷く。
「うん。ちょくちょく気にはなっていたんだけど、戦勝記念日ってどういう事?」
「それはですね──」
私が説明した内容は以下の通りである。
今から20年前まで、かの北方にあった強大な連邦国が分裂、独立した国の中に「オムスク国家再生政府」という国があった。
この国はシベリアの西側に位置する都市を中心とした国家で、分裂した国家の中ではモスクワ公国に次ぐ過激な政府であった。
かの政府は「かのロシア連邦、はたまたソヴィエト連邦を破壊した欧州や北米の国々から、強きロシアを取り戻す。」というスローガンのもと、極秘に軍拡と化学兵器や新兵器開発に乗り出し、ついに11年前、隣にあった同じく分裂した国「シベリア共和国」に宣戦布告した。
緒戦は圧倒的軍事力によってシベリア共和国を圧倒。
開戦一か月にして首都であるウラジオストクを目前に迫った。
しかし、ここでオムスク側に誤算が生じた。
まず、国際連合がオムスク国家再生政府に対して、シベリア共和国領内からの完全撤退を指示。
これには中国やインドも賛成し、即刻通知された。
オムスク政府首脳の打算は過去の戦争の例を見る限り、国際連合はいまや形だけの物となり、決まりごとに至っても中国などのアメリカと対立する国が反対してろくに決まらない。
だから開戦3ヶ月から半年までは自由に動けるだろうと思っていた。
しかし、時代は変わっていた。
ロシア・ウクライナ戦争や過去の戦争、そしてこれから起こる可能性がある第三次世界大戦の被害や損害を各国首脳、そして国民が協議した結果、「戦争は最も非効率的行為である」という共通認識が持たれることとなった。
さらに、ある意味戦乱の世とも言えた1900年~1950年の出来事から、既に100年目を目前に、平和を享受、経済の循環や技術革新を身を以て体感した現在人には、戦争ほど恐ろしく怖いものは無かったのだ。
それと同時に、侵攻を受けたシベリア共和国に同情し、当時シベリア共和国支援を公表した国の支持率は鰻登りに上昇した。
他にもメディアによる世論の操作や、ネットによる戦争の具体化、多角的な情報による一方的なプロパガンダによる洗脳の抑制など、様々な要因によってオムスク国家再生政府は孤立した。
開戦2ヶ月にもなるとシベリア共和国側に連合国の義勇軍や派遣軍が送られたことによって戦局は反転、オムスク側が劣勢に立たされた。
翌年5月、首都近辺数十キロキロまで戦線が近づき敗戦確実となった時、米国や英国、日本やドイツ、それから中国とインドに加えて、分裂した他の国家からの宣戦布告を受け、オムスク国家再生政府は降伏。
同月15日にシベリア共和国首都ウラジオストクにて降伏文章にサイン。
ウラジオストク条約が結ばれ、オムスク・シベリア戦争は終戦、宣戦布告をしていた日本含めた各国は、「もう二度とこのような戦争を起こさせない」として、5月15日を戦勝記念日、はたまた世界終戦記念日とした。
余談だが、オムスク国家再生政府の行動を受けて、ロシアの平和的再統一を許可。
10年たった今では北方ユーラシア連合国として一つの国になっている。
そこまで説明を聞いた望月桜は、感心するような目線を向けてくる。
「なるほど……よくそんな細かく覚えてるんだね。学校の授業は集中できて無いらしいのに」
「うぐっ……じ、授業の内容がつまらないのが悪いんです……! あと、何気に私は
「ふーん。ま、ミリオタは良いとして、戦勝記念日で割引されるなら今日が買い時だったってことなんだね。」
「その通りです! おかげて制服が二割引きの価格で買えました!」
なのでお財布の中もまだ余裕がある。
加えて書店も割引セールをしているのだから、爆買いするなら今がベストタイミング。
「じゃあ行きましょう!」
私は意気揚々と書店の中に入っていった。
──────────
「えーっと~……たしかこの辺り……」
私は棚に並ぶ沢山のライトノベルのタイトルを指で辿りながら、目当ての小説を探す。
この時間がまた楽しい。
目当ての小説が有るのか無いのかという緊張感とかもあるが、本に囲まれた空間にいると落ち着ける。
意味なんかないけれど、書店があったら引き寄せられてしまうのだ。
「あれー? ない……」
今日は読んでいた小説の新刊を買いに来たのだが、前の巻はあるのに最新刊だけきれいに無い。
とその時、後ろから「邪魔だな……」みたいな視線が送られてきた。
他のお客さんだろうか。
邪魔になっているようだしここは避けよう。
「あ、ごめんなさ──」
「──あっ!? き、貴様は……!?」
──あれ? なんか聞き覚えがあるような声だな……。
そんな事を想いながら私は振り向く。
そして、後ろに立っていた人を見て私は絶句した。
「えっ……!?」
そこに立っていたのは私と同じくらいの身長で、フードを被っていて見えにくいが紫色のショートヘアをしている。
黒地で赤色の斜線がかかったカチューシャを付け、丸い大きなレンズの眼鏡を掛けた、水色の瞳の少女である。
それは昨晩私を襲った魔道師、池森紫崎であった。
しかし今の彼女の姿からは昨晩のような恐ろしい雰囲気は無い。
マスクをしていて目元には隈があり、服装もフード付き長袖長ズボンという、なんとも存在感のない服装だ。
とはいえ彼女は魔道師。
油断させておいて攻撃してくる可能性もあるので、少しずつ距離を取る。
「き、貴様……な、なんでこ、ここに……!?」
「そ、それはこっちのセリフです!?」
すると、池森紫崎は何かに気が付いたのか、バッバッ! と辺りを見渡した。
「ま、ままままさかあの魔法少女もい、一緒……!?」
「……そうです、と言ったら?」
「………………」
途端、顔色を悪くする池森紫崎。
なるほど、どうやら望月桜の事をひどく恐れているらしい。
私は魔導書を取ろうと手提げバックに手を入れる。
しかし、取り出す寸前で手を止める。
混乱して忘れていたがここは書店であり、一般人も多くいる。
こんなところで魔術を使う事はできない。
「……とりあえず今日は休戦にしませんか?」
「……だな。今はそんな気分じゃないし」
どうやら休戦協定に賛同してくれるらしい。
とはいえ昨晩殺されかけた相手だ。
私の不意をついて何か仕掛けてくるかもしれない。
とりあえずここは望月桜と合流しないと──
「そういえば貴様、
「何って……本を買いに来ただけですが……」
「そうか。」
そう言うと池森紫崎は本棚に向き直り、新刊コーナーへと手を伸ばす。
どうやらこの人も本を買いに来ただけらしい。
──なんだ、私を殺しに来たわけじゃないんだ、よかった……。
ほっとして手にかけていたバックから手を戻した、
そういえば池森紫崎は何の本を買いに来たのだろうか?
ふとそんな考えがよぎり、チラッと池森が手に取った本のタイトルを見て──
「あっ──」
思わず声が出てバックが落下する。
「つ、次はなんだ……?」
少し不機嫌そうな表情を浮かべる池森。
しかし私は、敵意を持った視線にも気にすることなく、ただ池森が取りかけている小説のタイトルと表紙に目が止まっていた。
「異世チハ読んでるんですか!?」
「異世チハ」
よくある異世界を舞台に「チハ」という戦車が冒険する異世界ファンタジー作品だ。
現実世界だと雑魚戦車呼ばわりされていた戦車だが、科学文明が存在しないファンタジー異世界なら他を寄せ付けない圧倒的スピードと装甲、どんなものでも打ち砕く大砲を持っている。
加えて異世界のスキルの能力もあって、異世界で無双するそんな作品だ。
その最新刊を今、池森は手にしているではないか。
「あ、ああ……貴様も、読んでるのか?」
困惑しながらも向けられる視線からは敵意の類は感じ取られず、逆に仲間を見るような親近感さえ感じる。
「もちろんですよ! 異世界に戦車が出てくる物語自体あんまりありませんし、私の好みにドンピシャリです!!」
仲間だ。
この人は……池森さんは私と趣味が合う気がする……!
「…………」
……おや?
つい熱く語ってしまった。
池森は黙ったまま口を開かない。
……もしかしたら引いちゃった?
こちらに視線を向けていないので心情は分からない。
ただもしかすると変な人だと思われているのかも……。
「──だ」
「え?」
「全くもってその通りだ!!!!」
池森紫崎は俯き気味だった顔を上げると、拳を握りしめて言った。
「現実の世界じゃただ普通の人間でしかなかった主人公が、チハとなって異世界転生し、限られた環境や力を工夫して戦って行く姿がカッコイイ!! それにチハたんだけじゃない。周りのキャラクターはそれぞれが個性を持っていて、辛い過去を持っている。そして作り込まれた世界観に強大な陰謀の世界……! こんなの、読まない方がおかしい!!」
「……!!!!」
それは、彼女が私と同類であることを示すのに十分な要素であった。
そこから私たちが打ち解けるのは早かった。
好きなキャラ、好きなセリフ、好きなシーン、最新刊の考察、これからの展開の予想等々、会話は多岐にわたり気が付けば30分の時が過ぎていた。
「遅いけどどうかしたの? トノカ」
不意に、そんな声が会話に混じってきた。
「………………あっ」
「?」
様子を見に来た望月桜だ。
望月さんと池森の視線が合う。
その瞬間、今まで熱烈な議論を交わしていた空気が一変する。
「あ、あわわわわわ……!?」
どうやら池森は相当なトラウマを植え付けられたらしい。
顔を青くしている。
ある程度戦闘力はあったし、そこまで怖じ気付く必要はないのでは? と思ったが、ここは公共施設の中。
休日で人通りも多く、こんな所で魔術は使えない。
それに彼女は今オフのようだし、魔力も回復しきっていないのだろう。
加えてこの至近距離。
例え魔術が使える環境だとしても、この距離は剣の間合いだ。
「あ、君は昨日の……」
望月さんも気が付いたらしい。
少し表情を硬くする。
「ま、待ってください!? ストップ! ストープ!!」
今にも戦いが起きそうな空気を感じ、慌てて間に入る。
「この人は戦う気はないみたいですし、もう停戦に合意したので早まらないでください!!」
池森も首を盾に振る。
「そ、そうだ。自身に先頭の意思はもうない……」
「ふぅん。……じゃあ、昨日トノカを襲った理由を教えてくれるかな?」
「っ……! そ、それは……」
目を逸らす池森紫咲。
確かになぜ私を襲ったのか、具体的な理由は聞いていなかったな。
「そういえば、私体術もできるんだよね。」
不意に望月さんが言った。
「たい……じゅつ?」
何故に? と思ったが、池森には十分な脅しであったらしい。
数歩後ずさっている。
「ここじゃ魔法は使えないけど、首の辺りをストッてして、人目がない所に連れて行ってから力づくに聞き出すことだってできる」
「「あ、あぁぁ……」」
その言葉に私もビビっていた。
望月さんは私を退けると、尻餅をつく池森の方に手を添え、囁くように言った。
「だから、教えてほしいな?」
「………………わかった……」
結果、池森はほぼ強制的に話すことになった。
……望月さんが本当に勇者だったのか、疑問を持ってしまうほど、望月さんの
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