魔導少女は本を取る。

「──我が名はあずま春秋はるあき!! 始祖より享受を受けし、新株の魔道師なり……! ハーハッハッハーっ!! ここで会ったが100年目……、貴様には我を引き立てる役者になってもらおう!」

「なっ! 抜け駆けしやがった……! ──我が名────」

「私だって……! ──我が名は────」

「──我が名は────」


 トノカ、と呼ばれた少女が教室を出た後、クラスメイトの多くが窓を開け、グランドにいる魔術師に向けて次々と名乗りを上げていった。


「これは……いったい……」


 見た感じ、誰も魔道書らしき物を持っていない。

魔術は魔道書が無ければ行使することは出来ないし、そもそもクラスメイト全員が持てるような代物では無い。


 つまりハッタリか?

いや、その割にはあまりにも自信に満ち溢れていて、発言からは魔術を使えない、とは確信できない。


 意味がわからず目を白黒させていると、京ののが察したように答えた。


「まあ、こやつらは適当言っておるだけじゃな。あのような滑稽な不審者など滅多に見られるものでも無いし、レアなシチュエーションに皆気分が高揚しておるんじゃろう」

「つまり……本当に魔術が使える訳では無い……と? なら尚更なんで名乗ってるの!? 少なくとも相手は本物の魔術師……生身の人間が対抗しようと思ったら、それこそ重機関銃とかじゃないと無理なのに……。」


 重機関銃とは言ったものの、相手がベクトル操作とかの上位魔法に匹敵する魔術を使えるのであればそれも通用しない。


 魔術が使えず、武器もないのに魔術師に名乗りを上げるのは自殺に等しいことなのだ。


「何も対抗するすべや能力もないのに、なんでこんなこと……」


 あまりに危険で非合理的、理解不能な行動に苦言を呈していると、それに食い入るように京ののが言葉を挟んだ。


「日本人の特徴として、周りと違う行動をする者たちがいると、避けたり周りに合わせるように仕向けたりする。だから皆、周りと同じ行動をするのを好む者がほとんどじゃ。……しかし、じゃ。中には周囲とは一風変わった行動を好み、群れることを嫌い、孤立を自ら望む者たちもいるのも、また事実。」

「孤立を、自ら望む……?」


 京ののは開かれていた扇子を、手のスナップを効かせて閉じる。


「それを人は、と、そう呼ぶのじゃ」

「ち、厨二病……? それとこれとは何の関係が……?」

「ずはり、じゃ。厨二病の行動原理は何かわかるか?」


 厨二病、という言葉は知っている。

しかし、幼い時にこの世界から離れた為に、実際どんな意味や人物を示すのかは知らない。


 厨二病の行動原理はなんだ?

群れることを嫌い、孤立することを望む……。

到底、私には理解できない考え方だ。


 なかなか答えない私を見かねて、京ののは言った。


「……、じゃ。」

「は……?」


 意味がわからず問い返す。


「かっこいいから……? それだけでこんな危険なことを……?」

「そうじゃ。かっこいいから事を成す。かっこいいから胸を張って言い張ることが出来る。かっこいいならどんな得体の知れないことにでも手を出す。それが厨二病という生き物じゃ。」

「なっ……!? なら早く皆を止めないと……!」

「何故じゃ?」

「皆分かっていない……自分のおこなっていることが。相手にしている者の危険さが……! このままだと目をつけられて皆……みんな、殺される……」


 全滅。

それだけはもう、二度と繰り返してはいけない。

世界が違っても、与えられた使命が無くなったとしても、誰かを目の前で殺されてしまうようなことがあってはならない。

絶対に。


「大丈夫じゃ。厨二病とて、一線を超えたりはせん」

「でも……!」


 焦る私に、扇子の先を向ける京のの。


、じゃからな」

「……時間、稼ぎ……?」


 いったい何の……? と首を傾げる。

しかし、その答えはすぐに分かった。


『──っ、生徒諸君っ。そして愚かにもこの地に踏み入れた愚か者よ! 我は魔導少女マビノ・トノカ!!』


 突然、そんな言葉が教室を……いや、学校中を揺らした。


 その声の主がどこにいるのかは分からない。

ただ、言葉の一言一言に膨大な魔力が込められており、一字一句ハッキリと聞き取れた。


 私は驚愕のあまり天を仰ぐ。


 これ程までの魔力を持ち、尚且つ言葉に魔力を載せる者を、私はこれまで一人しか見た事がない。

それもこの世界ではなく、前の世界で。


の、……!?!?」


 そう、前の世界……魔法がありふれた異世界で、1度だけ魔王の演説を聞いたことがある。

その時に魔王は、魔力を載せた言葉を使って人々を操ろうとしていた……のかもしれない。


 その時受けた感覚が、今の言葉からも感じ取られたのだ。


 しかし、この声は昔聞いた魔王でもなく、はたまた知らない声では無い。


「トノ……カ……?」


 ──まさかこの演説はあの少女が……!?


 私が唖然と立ち尽くしていると、対照的にクラスメイト達は大盛り上がりであった。


「始祖だ! 始祖の声だ!!」

「始祖よ……久しぶりに秘められし力を解放したのですね……!」

「始祖が来た!! あの魔道師も魔獣も終わりだな……ふふふ……」


 始祖……とはおそらくトノカ事。

始祖とはなんだ? いったい彼女は何者なんだ……?


 驚きのあまり、声も出せずに立ち尽くしていると、「ふふふ……」と京ののが怪しげに笑った。


「あやつ……流石の魔力量じゃなぁ。お主も分かったじゃろう? あやつの秘められた力を……!」

「……トノカは……いや、あなた達はいったい……」


 おかしい。

何もかもが。

私の知っている世界じゃない。


 京ののは再び扇子を広げると不敵に笑う口元を隠す。


「何度も言ったじゃろう? 我々はじゃ。わらわを含めて、な。」


──────────


 魔導少女マビノ・トノカと名乗った私は、顔を真っ赤に染め上げていた。


 ──恥っっずかしいぃぃぃ……っ!!!!


 ……怒りではなく、恥ずかしさで。


 現在、体外には何百倍にも何千倍にも膨れ上がり、漏れ出た魔力によって禍々しいオーラが漂っている。


 けれど、このまま「恥ずかしい」と思っていたら、膨れ上がった魔力も少なくなってしまう。

だから厨二病であり続けなければならない。


「……はーぁ」


 もう一度深く深呼吸する。


 見ると、グランドにいる不審者もこちらに気づいたらしい。

裾元から魔道書のような物を取り出している。


 すかさず私も魔導書をとり、上級魔術の題目のページを開いた。


「──いにしえより頂上の力を宿し源物は陽華ひばななり。それは緋炎ひえんを纏いし獄炎なり。それは舞踏会に咲き乱れる憂愁の陽華ひばななり。」


 一言一言ハッキリと、それでいて詠うように滑らかな声色で唱える。


 足元に出現した幻影陣が淡く私を照らした。

それに呼応するかのように付近の魔力が集結し、体内に入ってくる。


「──儚き世を輝かせる陽華ひばなよ、今宵よりその御力みちからを我が身に……そして唱えよう! この世に漂う有像無像全てを灰塵にっし、新たなる世界秩序を完成させよ!!」


 不審者に向けた右手を起点に、円状に何重にも幻影陣が出現。

それぞれの幻影陣が淡く赤色に輝いていて、周囲の魔力と、私の魔力を吸っている。


 とたん、相手の魔道師の攻撃が迫ったが、それらの攻撃は身体に近づくことはおろか、校舎にたどり着く前に分解が始まり魔力に還元。

その魔力もまた、私の幻影陣の元に吸われていく。


 そして、私は最後の詠唱を唱えた。


「──陽華焔弾ようかえんだん!!」


 幻影陣が強く光る。

そして、その中心点から大量の火球が発射された。

グランドにいる魔道師に向かって。


「──終わりだ、滅びの陽華ひばなを咲かせて消えよ。ダスヴィダーニャさようなら。」


 目下のグランドは、着弾した火球によって灰に染まっていた。

そして、そこに魔道師の姿はなくなっている。


 不法侵入した魔道師がどうなったかは分からないが、上級魔術でも威力の大きい陽華焔弾ようかえんだんを食らえばただでは済まないはずだ。

少なくとも、もう襲われる脅威はない。


「くくく……っ」


 ──あれ……?


 その光景を見て、何故だか自然と笑いが込み上げてきた。


「くく……ハハハ……っ!」


 気持ちが高揚する。

楽しい、面白い、気分がいい。


 そうだ……これが厨二病の精神状態だ。

明らかに異常、しかしそれを異常とは思わない。

ごく当たり前の事であり、そうであるのが正しい事。


 その考え方、捉え方が間違っているのだと分かっているはずなのに、今やそんな気持ちは浮かんでこない。


 全て燃やし尽くしてやったのだ──という達成感が身体に満ちる。


 ──もっと……もっとだ……!


「あはははははははっ!!」


 魔力に満ちていて、いまなら何でも出来そうな気さえもする。

全能感によって身体や意識が支配されていく。

その感覚が、堪らなく気持ちいい清々しい。


 まるで、束縛牢獄から解放された野生動物のような気持ちだ。


 ──何もかも破壊してやりたい……!! 全てを焼却し尽くしてやりたい……!!


 自然と手が魔導書のページをめくり始める。

それは上級魔術が記されている箇所を超え、さらに最上級魔術のページをも超え……ついには、決して使用してはならないの題目に──


「──が…………っ!?」


 しかし、その全能感は一時的であった。


 額の辺り、ちょうど前髪につけてある金木犀の髪留めから紫電の光が走った。


 その影響か、頭を支配してきた狂気的な全能感は消え去り、残ったのは大きく魔力を使った反動によって生まれる、巨大な疲労感。


 立ちくらみで立っていられず膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。

同時に、開かれかけていた禁忌魔術のページも閉じられる。


 辛い、息苦しい、頭がくらくらする、気持ち悪い、平衡感覚が保てない……。


 すると突然、朦朧とする意識の中で不思議な声が聞こえた。


『──精神逸脱を確認。直ちに抑制結界発動。精神逸脱幅弱──抑制完了。魔力の制限を開始──保持魔力基準値以下により、魔力制限の実行不可──』


 どこか機械的な音声だ。

無機質で無感情で、冷たい。


 おそらく、この声の発生源は……金木犀の髪飾りだろうか。

前髪に付けた髪飾りから紫電の光が走ったし、頭に干渉するのにも良い場所にある。

頭を支配していた全能感を消したのも、この髪飾りの仕業に違いない。


「ぅ……ぐ……」


 今度は頭痛に襲われる。

ガンガンと殴れるような頭痛の中で、ふと思ったことがあった。


 ──この髪飾りをくれた魔央は知ってて渡したのかな……? と。


 小学生の時、魔央がくれた初めて誕生日プレゼントである金木犀の髪飾り。

それにこんな力、というか制限機能リミッターのような物があるなんて今の今まで知らなかった。


 しかし困惑はしても、怒りが込み上げたり悲しくなったり、不信感が湧いたりはしなかった。


 あのまま、脳を全能感と快楽に任せてしまったら、きっと私は私でいられなくなる。

そう思ったから。


 もしかしたらこの事を予期して渡していたのかな……?


 少し楽になってきた身体をどうにか起こし、屋内に向かう。


「教室……かえ、らないと……」


 一歩一歩が持久走の最後の200メートルのように辛い。


 手すりをつたって教室に向かう中で、頭にあったのは意外な者だった。

それは魔央でもないし、保健室でもなければ、疲れた……とかでもない。


 頭の中でぐるぐる回っていたのは、望月桜だ。


 厨二病とバレたのが恥ずかしいとか、大衆の面前で魔術使ったから起こってるんじゃないかとかもある。

しかし、それより大きかったのは「救い」というか「安心感」……概念的なものばかりでよくわからない。

けれど、一刻も早く彼女の元に行きたいと、願っていた。


 今日会ったばかりなのに、なぜこんなにも信用と助けを求めてしまうのだろう?

……いや、もしかしたら今朝の夢に関係しているのだろうか?


『あなたは……いったい誰ですか……?』

『……私は、勇者だよ。』


 ふと、頭に今朝見た夢の記憶が流れた。


 「勇者」。

それは主に勇気ある者を指す言葉だが、「英雄」とも同一視されることもある。

それすなわち「勇者ヒーロー」。

人々の希望となり導いて、みんなの笑顔と平穏と幸せを守る守護者だ。


 そして望月桜は勇者で、魔法を使って神に与する者。

もしかしたらこの疲労も、辛さも、彼女なら取り払ってくれるのではないか?

…………日々気遣いばかりして、本当の自分が出せない……いや、分からない私を導いてくれるのではないか?


 根拠なんかない。

疲れた頭で浮かんだことだ。

振り返ってみれば馬鹿馬鹿しくて、幼稚な希望であり妄想だろう。


 ……だけれど、それでも私はすがりたい。

絶対的強者だったり、運命的な誰かであったり……とにかく、誰かと一緒に……。


「……あれ?」


 ふと気が付いた。


「体が……かるい……!?」


 さっきまで疲労感でどうにかなりそうだった身体は、今やいつもよりも調子が良いくらいに身軽になっていた。

ガンガンと殴られるような激しい頭痛も全くない。


「どういう……こと……?」


 突然精神が高ぶったかと思ったら、いきなりダウンして……少ししたら一瞬で回復する。

……まったく意味が分からない。

謎、謎、謎。


「……と、とりあえず、戻ろ……」


 軽くなった体で、スキップでもするように教室に向かう。


 ──……あれ、さっき何考えてたんだっけ?


 ま、いいか。


 私は深く考えずに教室に到着したと思ったら、すぐにドアを開ける。

とたん刺さったのはクラスメイトから向けられる好意の視線と、うわっ……と引いた視線、または感心感心という視線など、さまざま。


「あ……あっ……」

「…………」


 その中でも、一番よく刺さった視線。


『やっぱり魔道書は回収しとくべきか……?』


 若干の警戒色を含めたその視線の主は言わずもがな、望月桜なのだった。


──────────


「……そろそろ結界も限界に近い、か……」


 昼間からカーテンを閉め切り、電気も付けず薄暗い部屋の中、キーボードを打つ手を止めて木材の板が貼られた天井を見つめる。


 佐藤さとう魔央まおは懐かしい盟友の顔を思い出しながら呟いた。


 何年前か忘れてしまったが、十乃華の誕生日に誕生日プレゼントを贈った日は、今でも鮮明に思い出せる。

その時の笑顔が忘れられない。


 誰かに誕生日プレゼントを贈るのは数千年生きてきて初めてだった魔央にとって、心がほんわり温まった体験は印象的であったのだ。


「……久しぶりに会ってみるのもありか……?」


 そんな事を考えつつ、魔央は再びパソコンの画面に目を戻した。


 パソコンの液晶画面にはある地域の地図と、赤色と青色の駒が点在している。

それが何を示すのか、それはまだ知らなくていい。


「……ふっ」


 魔央は意味深な笑みを浮かべて、パソコンの電源を切る。


「……勇者、か」


 勇者といえばかつて魔王を倒した人物であり、魔央もよく覚えている。

赤色から桃色へと変わる特徴的なグラデーションヘアーと翡翠色の瞳。

剣術の才はもちろん、魔法の才にも秀でた勇者は、長い戦闘の末に魔王を倒した。


 ある種、因縁の相手とも言える人物が十乃華と接触したのだ。


「これは面白くなってきたぞ……!」


 この言葉は、因縁の勇者神に与する魔法少女と、盟友と認めた十乃華──を導く少女が相対した事によってこれから起こりうる世界の変革を想像し、放たれたものであった。

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