日の入り

キーンコーンカーンコーン──。


 6時間目の終わりをつげるチャイムが鳴った。

今日は掃除当番ではないため、素早く荷物をまとめて教室を出ようと──。


「ねえ、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、いい?」


 ──したところで、望月桜に肩を掴まれる。


「あ、ハイ……」


 捕縛された。


 望月桜に肩を掴まれ、そのまま屋上へ連れていかれた。


「……君に言いたいこと、聞きたいことは山ほどある」

「……ハイ」

「だから最初に確認したい」

「ハイ……」


 ──あぁ……絶対馬鹿にされるんだ……。

それか、魔術を人前で使ったから怒られる……いや、なんなら殺されてもおかしくない。


 半泣きで縮こまる私に、望月桜は赤桃のグラデーションヘアーを弄りながら、予想外の事を言った。


「私は名乗ったのに君は名乗ってないよね?」

「………………たしかに……?」


 予想もしていなかった言葉に、私はポカンとした。


「だから名乗ってほしいんだけど」


 そういえば望月さんに名乗ってなかったな。

……てっきり「君って厨二病だったんだね……」とか「大衆の面前で魔術を使うなんて、世界の秩序を乱しまくりだよ! さすがにこれは見逃せない。覚悟っ!」とか言われると思っていた。


 まあ、とにかく今は答えるべきだな。


「わ、わかりました。……私は間陽野まびの十乃華とのかと言います。……これでいいですか?」


 望月桜は腕を組んで考えこむ。


「……おかしい。私の仮説だと魔力が増大するのに、悲しいくらいに少ないままだ……」

「悲しいくらいって言葉いりましたか……!?」

「わからない……ダメ元で聞いてみるけど、どうやってあんな異常なほど魔力を増やす方法って分かってる?」

「わ、わかってますよ、一応……」


 魔力を増やす条件は単純だ。

自意識を厨二病にすればいい。


「だよね。分かってたらずっと続け……分かってるの!?」

「は、はい一応……っ! なので胸倉を掴み上げるのやめてください!! 苦しいから……っ!?」


 ものすごい力によって胸倉を掴みあげられ、解こうと思っても解けない。


「あ、ご、ごめん……」


 解放されたので慌てて距離をとる。


「まさか掴み上げられるとは……」


 視線から送られる情報によって殴られるようなことは無いと分かっていたけれど、足が付かないくらいに掴み上げられると流石に苦しかった。

というか、一応お互いに同級生であるはずなのに掴み上げられるとは……私は一寸も持ち上げられなかったというのに。


 これが力の差か……。


「……それで? どうして分かっているのにその状態を維持しないの? あれだけの魔力と魔術が使えるんだから、常時仕えた方が便利だよ」

「言うのは簡単ですけど……一応、ずっと維持してた時もありました。でもそしたら色々不審者とか魔道師とかが寄ってきて大変だったんです……!!」


 厨二病を発症していた小、中学生──特に中学生の時は一人であったため、二日に一回くらいの頻度で襲撃されてかなり大変だった。


 おかげで基礎魔力量や戦闘判断能力は高くなったけれど、今振り返ってみると普通の女子中学生じゃない。

普通の高校生活を送りたいのもあって厨二病から目覚めたというのに、あの状況を再び持ち続けたら振り出しに戻ってしまう。


 ──こっちの事情を知らないからどうとでも言えるんだ……。


 それに何より恥ずかしい。

……まあ昼の一件で思いっきり名乗ってしまったので、少なくとも名前は知られてしまった。

しかし、まだ人前ではしていない! だから聞かれてもすっとボケていれば大丈夫……と思いたい。


「私は普通で平穏な学校生活を送りたいんです。だから何と言われようとしません!!」


 私は叫ぶように言った。

それに望月桜は驚いた顔をする。


「……そっか。ごめん、戦闘の事しか考えてなかった。」

「戦闘しか考えてなかった……!?」


 高校生活に戦闘とはあまりにもかけ離れた存在では……?


 望月桜はそう言うと、こちらに背を向けて屋内へ続くドアを開く。


「……さよなら」


 一瞬こちらに目を向けて、吐き捨てるように言って去っていってしまった。


 その場に一人残された私は呟く。


「悪いこと……しちゃったのかな……?」


 彼女の視線は寂しく悲しそうで、気遣いがあった。

最期の言葉も、半ば独り言の様で力が無い。


「……帰ろ」


 カバンを背負いなおし、一階の生徒玄関まで歩みを進める。

途中、どこかに望月さんがいないか探しながら、夕日が差し始めた校舎を歩いていった。


──────────


 望月桜と離れた後、私は一人で下校の途についた。


「…………」


 なぜだろう、落ち着かない。

いつも一人で帰っている道なのに、今はどうしてかソワソワする。


 ふと、背中に視線が刺さったので振り返る。


「望月さ……」


 しかし後ろに人影はなく、代わりに自動車が私の右手側を通り越していく。


「……なんなんだろう、この気持ち……」


 心細い。

独りで帰る時間が退屈で退屈で仕方ない。

独りで横幅広い歩道を占領するのが寂しい。


 頭をよぎるのは今日会ったばかりの望月桜。

好き……? いやいやいや違うそんなんじゃない。

……ただ、同じマンションに住んでいて、魔力についても知っていて……同じような友達? ができたような気がしてる。


 普通とは何だろう、

普通の友達とは何だろう。

小学生……いや、生まれた時から考えていたことだ。


 けれど、まだ答えは分からない。

でも、今日はそれらしいことが起きた。


 ──同級生と一緒に学校へ登校すること。


 こんなことは当たり前であろう。

状況や会話は「普通」とは言い難かったけれど、「一緒に登校した」という事実は変わらない。


 少し登り坂となっている中央道を少し進み、何個目かの交差点でちょっとした小道に入る。


 思えば、今まで「一人」でいたことはよくあったけれど、「独り」つまり「孤独」を感じたことは無かったな。


 ふと空を見上げると、オレンジ色の空の中に紫色に染まる雲が浮かんでいる。

逆の空には夜を知らせる暗い暗い藍色が迫ってきていた。


 ──5月にしては早い日の入りだな……。


 そんなことを思いながら、アスファルトの道を白線に沿って歩いていく。


 その時だ、大きな殺気が、全身の毛がよだつ程の強い殺気を感じた。

狙いは──胴体。


「っ……!?」


 とっさに身をかがめる。

その一瞬後に私の胴体があった所をが通り過ぎていった。


「ふーん、今のを避けられるんだ……それも無傷で。完全な不意打ちだったはずなのに……やっぱり、只者じゃない」


 来た方向から声が聞こえ、振り返る。

そこには薄暗く夕日で照らされた小道の真ん中に、所々焦げているボロボロのローブを纏った人がいた。


「あ、あなたは……いったい……!?」


 男性的とも女性的とも言えない中性的な声色で、冷酷そうな雰囲気の彼は語りかけてくる。


「お昼ぶりだね。だから忘れたとは言わせない。魔道少女、マビノ・トノカ!」


 そう言って、バサッとフードを取り払った。

そして、その素顔を見て私は目を見開いた。


 ローブの魔術師は、年齢が私と大差ない少女だったのだから。

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