第2話
彼は付き合って9ヶ月ほどで、私に飽きて家に帰って来なくなった。彼が帰って来ない日が一週間続いた時、私は捨てられたんだと実感した。生活費も出さず、私を大事にもしなかった彼だから、捨てられたというより勝手に出て行った感覚の方が合っていると思うが。
楽しかったことより苦しかったことの方が多かったが、それでも付き合ったばかりの頃に彼が買って帰ってきたショートケーキの味が、甘ったるくて口の中に残っている感覚だった。
彼が帰ってくるかもしれないから、鍵も変えなかった。彼が帰ってくるかもしれないから、誕生日に渡すプレゼントを探しにショッピングモールに行った。彼が帰ってくるかもしれないから、彼のお気に入りのシャンプーは変えなかった。彼が帰ってくるかもしれないから、物音には敏感になった。彼が帰って来ないから、期待する私がどんどん馬鹿に思えてきた。
そうやって、期待をどんどん募らせて、消費する香水の量から目を背けて、彼がいた時に感じていた恐怖心まで恋しくなる。
ようやく彼が出て行って一か月後、私は現実を受け入れ始めた。彼が出て行ってから、怖くて一度も連絡しなかった彼の連絡先を削除する。あんなにどや顔で私の人生の手綱を握っていたくせに、いなくなる時は一瞬で、影すら消してしまう。すべてを捧げていた私の想いなんて、彼からすればどうでもよいことだった。
あれから三ヶ月。彼と過ごしてない唯一の季節、春が訪れた。立地も設備も最悪だけど、私の部屋からは桜が見える。この桜を彼にも見せたかったな、なんて思ったけど、きっと彼は私と一緒に花見なんてしない。でも思い出を美化するぐらい、許して欲しいと思う。辛気臭い顔で桜の匂いの香水でも買いに行こう、と私はパジャマを脱ぎ捨てて、ジーパンを履いた。
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