第10話 旅路と盗賊と死
目は閉じているのに明るい。
コンタクト型デバイスのアラーム機能だ。
朝陽が差す草原の景色が表示され悠樹は目を覚ます。
「レツ、レツ、交代だ。って寝てるじゃないか・・・」
「あ、ソーマ、、、ごめん寝てた・・・」
「俺も完全には寝てなかったから大丈夫だ。何かあっても対応できた。」
「こっちに慣れてないから疲れてるんだろ。テンション高いから自分では気づいてないかもしれないけど、
無理はするなよ。とりあえず代わるから寝ていいぞ。」
おやすみとお互い声をかけ、悠樹は消えかかった焚火に木を投げ入れる。
焚火の火を見ながら、何度も失敗した火の魔法のコントロールを試みる。
(目の前に火があった方がイメージし易いはず。レツが鍋を温めていた火もじっくり見た。)
(コンロの火をイメージしてつまみを回して火力を上げるイメージで・・・)
すると手のひらの炎は小さな火から徐々に大きくなっていく。
火力を上げ過ぎるとまた自分自身が火だるまになりかねないため悠樹はそこまでで魔法を止める。
どの程度魔法が連続して使えるか、魔力?が切れたらどうなるのかも把握しておきたいが、
明日の移動に支障が出てはいけないのでひとまずここまでにする。
(なんとか成功したな・・・一人で時間があるときにもっと練習しよう・・・)
昼間馬車の移動で固まった身体をほぐすように剣をゆっくりと振るう。
こちらに来てからまだ時間はあまり経っていないが、これまでの人生より濃密な時間だったように感じる。
考えることややることはいくらでもあるが、ただ無心になってしばらく剣を振り続けた。
空が明るくなる前に皆を起こし、出発の準備をする。
「おはようございます。昨日は番を二人に任せてしまってすみませんでした。」
「一人旅だとゆっくり寝られないから助かった。ありがとな。」
紫苑と商人がそれぞれ起き抜けに礼を言う。
「皆が休めて良かった。俺もいい経験になった。」
悠樹は答え、皆で固いパンを食べた後出発する。
馬車で2時間ほど進んだであろうか。急に馬車が止まった。
何事かと様子を見るまでもなく何が起きたのか中の三人は察した。
「止まれ!」
「積荷と金を全部差し出せば命は助ける。ここからなら歩けば街まで行けるだろう。」
「ひっ、、、そんな、荷物全部取られたら生きていけません。勘弁してください。」
「お前がこの先生きていけるかどうかは知らないが、断れば今死ぬだけだ。」
「今死にたいか考えろ。」
(これって、お約束のイベントの盗賊?どうする?俺達で倒す?)
(レツ、頼むから勝手に動くなよ。相手の人数も分からないんだぞ。)
(そうですね・・・私たち魔法は使えても囲まれたら厳しいですしね。)
(盗賊が弱い保証も無ければ、盗賊に魔法使いがいない保証も無いんだぞ。二人とももっと最悪のことも考えろ。)
商人が盗賊たちと話しをしている間、三人は息をひそめて外を探ろうとする。
悠樹は馬車の幌を剣で少し裂き、隙間から左右と後ろの様子を見る。
(人数は正確には分からないけど10人以上はいて囲まれてる。弓やボウガン持ってるやつもいる。)
荷台側に乗り込んで、覗きながら二人に悠樹は声を掛けた時、商人と盗賊のやり取りは終わっていた。
「ようやく観念したのか。馬から降りて地面に伏してろ。変な動きしたら分かってるだろうな。」
「はい、、、い、命は助けてくれるんですよね・・・」
「やりすぎるとここらで仕事がやりにくくなるからな。じっとしてたら殺しはしない。」
「おい、荷物を確認しろ。」
指示役の盗賊が下っ端に馬車の中を確認させようとしたのは、ちょうど悠樹は背中を向けて二人に声をかけていた時だった。
紫苑がどうすべきか迷って悠樹に声を掛けようとした時、すでに烈は盗賊たちに向かって魔法を使おうとしていた。
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
(何!?レツは何をやっているんだ!?)
悠樹は大声を出しそうになるところをなんとか堪えた。
盗賊たちはまだこちらの存在を完全に把握できていない。
烈は盗賊が馬車の中を覗こうとした瞬間、有無を言わせず魔法を放っていた。
「ぎゃーっ!」
「あっ、、、熱い!助けてくれ!」
盗賊二人が炎に包まれ地面に転がる。
指示役の盗賊は驚いき馬車の中を見る。
「ファイアボール!」
盗賊は回避しようとするが完全には避け切れず左腕を焼かれ、剣を落とし戦意を喪失する。
「所詮盗賊なんてこの程度だって。俺だけでも余裕、余裕。」
烈は馬車の中に向かって声をかけたが悠樹や紫苑から返事は無かった。
側面や背後にいた盗賊たちは何が起きたのかと距離を取りながら仲間を焼いた者を囲む。
「シオン、俺は幌を破って横から外に出る。タイミングを見て盗賊に奇襲をかける。シオンはどうする?」
「相手は人ですよね・・・?正直馬車の中に残りたいですけど、、、」
「でも、もし二人がやられたら絶望的な未来しか見えません・・・」
「無理はしなくていい。俺が先に出るから状況見て可能なら注意を一瞬引いてくれるだけでもいい。」
悠樹はそう言うと、幌を剣で大きく裂き、馬車から飛び降りた。
盗賊たちは馬車の前に移動し烈と距離をとって半包囲していた。
その盗賊たちに向かって烈がファイアボールを連発する。
更に二人に直撃するが、その隙にもう一人の盗賊が烈に肉薄し剣で斬りつける。
「調子に乗るな!」
「ファイアウォール!」
烈は眼前に炎の壁を作ると、斬りつけてきた盗賊は自ら火に包まれ絶叫して事切れる。
「距離を取れ。森の木を盾にしろ!」
ひときわ存在感のある盗賊の頭であろう男が一喝し数を減らした盗賊は態勢を整える。
ファイアウォールが消えた時、街道には盗賊の頭がひとりで残り、
他の盗賊たちは森に入って木々の間から様子を見ていた。
烈は盗賊の頭にファイアボールを何度か放つが、距離もあるせいかすべて避けられてしまう。
悠樹は膠着した状況を見て森の中を息を殺し移動し、森の中の盗賊の背後を取る。
目の前には、烈の戦闘に気を取られた盗賊二人がいる。
ゴブリンは斬った。人型であったが「魔物」だったし、自分の命が懸かっていた。
勿論今も命が懸かっている。だが無防備な相手に剣を振るい殺す。
悠樹の心臓は大きく脈打ち、ドクンドクンという音が響く。
落ち着かせるためにもう一度ゆっくり盗賊たちを見る。
盗賊たちは一人はショートソードを手に持ち、もう一人はボウガンを構えていた。
(ボウガン!射程は100m前後か?精度とか威力は分からないけど烈が狙われるとまずい。)
(腹をくくるしか無いか。)
悠樹は他人を守るということで殺人への言い訳を見つけた。
決意した後の行動は速かった。
剣を地面に置き、ボウガンを持つ男の首をナイフで裂き、すぐ横のもう一人が振り返ったところを口を手で押さえ心臓へナイフを差し込んだ。
再び戦闘の様子を見ると、烈はファイアボールを繰り返すがすべて回避されていた。
いくら距離があるとはいえ、すべてを危なげなくかわすところを見ると一人だけ強さが別格のようだ。
他の盗賊たちと比べ、身体は一回り大きく、装備も艶のある皮鎧に、剣も装飾もある長剣を身に着けていた。
烈と盗賊の頭の攻防は今のところ大きく動きそうにないが、
街道を挟んで逆の森の中にいる盗賊が弓やボウガンを持っていたら烈が危ない。
まずは飛び道具を潰してしまわないといけない。
悠樹は再度馬車の裏を大きく回って残りの盗賊の背後に回ろうとした。
回り込んで森に入ると、馬車のかなり近く、烈のほぼ真横に盗賊たち三人がいて、
そのうち二人がまさにボウガンで狙いを付けていたところだった。
「やめろ!」
悠樹は声をあげ静止する。剣を持った盗賊がこちらを振り返ったところを先に一刀のもと斬り伏せる。
ボウガンを二人も驚きこちらを見て、そのうちのひとりがこちらに照準を向ける。
放たれた矢をなんとか躱し胸に剣を突き入れる。
最後の盗賊に意識を向けた時、ボウガンの狙いは悠樹ではなく烈に向いていた。
弦からビーンという音を出て弓が列に向かって撃たれる。
悠樹がボウガンを撃った男を斬るのと、烈に弓が刺さるのはほぼ同時だった。
「え!?」
烈は自分に何が起きたのか分からないようだった。
「えっ、えっ、これなんだよ。なんで俺が血を流してるんだよ・・・」
致命傷では無いが肩辺りに矢が刺さり血を流していた。
「え、え、え、痛っ!、いたい!いたい!いたい!」
烈はようやく痛みに気が付いたのか肩に刺さった矢を握り膝をついて叫んでいた。
「レツ!敵から目を離すな!」
悠樹が声をかけるが烈は混乱して自分の傷口を見て涙を流していた。
そのような隙を見逃す相手では無かった。
一瞬で距離を詰め烈へと斬りかかる。
「貴様ら!よくもやってくれたな!」
烈の頭に剣が振り下ろされる。
「やらせるか!」
悠樹はなんとか振り下ろされる剣を弾こうとするも、できたのは軌道を少し逸らすだけだった。
「なっ!?」
悠樹は完全に弾いたと思った。だが悠樹が思った以上の剣勢に押し負けたのだ。
(身体能力強化か!俺の付け焼刃のとは練度が違う!)
刃は烈の左の片口に深く吸い込まれていく。
「ああああああああっ!」
烈が悲鳴を上げ倒れる。
悠樹は烈を斬った隙を見て斬りかかろうとするが、すぐに剣を引き受けられる。
「なぜいきなり攻撃してきた!命は奪わないと言ったはずだ!」
「盗賊の言うことなど信じられるか!それに命以外の全財産を奪うつもりだっただろう!」
「その商人と騎士団は村人から搾取し不当な利益を得ている。」
「ポーションの価格を騙して安く買い叩いているのを知っているか?」
「それは知らない。だがそうなら騎士団の上のものか領主か知らないが告発すればいいだろう」
「とにかく事情は知らないが俺の仲間の回復をさせてくれ。」
「こちらは仲間を全員殺されたのに回復なんてさせるわけがないだろう!」
怒りに任せて悠樹に剣を向けてくる。
(最初のボウガンはともかくその後に剣で斬られた傷は早く治療しないとまずい!)
烈の回復を早くしたいが相手がそれをさせる間も与えず斬撃を繰り返す。
身体能力の強化は相手の方が数段上だが、技量においては悠樹の方に分があるようだった。
(一対一の対人戦なら数千時間のシミュレーターのおかげかこっちが上か)
魔法を使って何とか優位に立ちたいが、
身体能力強化で精一杯で魔法に向ける集中力まで維持できない。
何十合かの打ち合いで消耗させられていたのは悠樹の方であった。
速度や威力で自分より上回る攻撃を、なんとか捌いている状態なのだ。
集中力が切れたら力で一気に持っていかれる可能性が高かった。
なんとか先に一撃を入れようと集中力を高め、攻撃に転じる。
上段から振り下ろす攻撃を相手が受けようとした瞬間、剣は弧を描き首筋に吸い込まれていく。
(もらった!)
悠樹は勝利を確信し全力で剣を振るう。
ガキッ
剣は鎖骨辺りにたしかに入った。
そこは鎧も無く皮膚を切り裂き致命傷を与えるはずであった。
血はたしかに出ていたが、致命傷にはほど遠く皮膚数cmと鎖骨を折れたかどうかというダメージだった。
盗賊の頭はわずかにひるんだが、攻撃が終わって一瞬硬直し、混乱している悠樹に剣を横殴りに振るった。
なんとか自分の剣を間に入れ防ぐも剣は折られ、そのまま腹のあたりを掠め出血する。
致命傷では無いが今まで同様に動けるほどの軽傷でも無い。
「くっ!思ったよりは威力があるじゃないか!」
「剣の腕は若いのに大したものだ。だがまだ身体の使い方はまだまだだな。」
「その傷ではもうさっきのように動けないだろう。終わりにしようか。」
ゆっくりと悠樹に剣を構えて近づいてくる。
そして剣が振り下ろされようとした瞬間、男は咄嗟に横に飛んだ。
(気づかれたか!)
悠樹は斬られた腹を回復魔法で止血し、油断したところを風魔法で攻撃したのだ。
しかし、察知され攻撃は頬をわずかに切るだけにとどまった。
だが警戒させるには十分だったようで間合いを取らせることに成功する。
「チッ!攻撃魔法だと!」
(剣で斬って駄目だったからどうかと思ったけど、油断した状態ならウインドカッターでもダメージを与えられる?)
「だったら!」
無詠唱で風の刃を連発する。
狙いなど付けず速度重視で10数発の魔法を放つ。
烈ファイアボールよりも弾速があり、距離も近い。
回避はできずにほぼすべてが命中した。
「・・・魔法には驚いたがこれで終わりか?」
「来ると分かっていたらこの程度の魔法などたいしたダメージにはならいない。」
やはり身体能力を上げた者へは火力不足らしい。
(さっき倒した盗賊の剣を拾って戦うか・・・?)
(傷は付けられるのなら繰り返す!それしか無い!)
「武器を探しているのか?俺がそれを許すと思うか?」
魔法を使ったことで警戒心を更に強めたのか油断せずに悠樹に止めをさそうと近づいてくる。
足に力を入れ踏み込み、一気に跳躍して剣を薙ぐ。
「グアアァ!」
「ハァハァ、ハァッ、、、何だ!?何をした!?」
男の足元にはボウガンの矢が落ちていた。
背後から紫苑が盗賊の男のボウガンを使い撃ったのだった。
(背後からとは言え、鎧や身体強化の上からボウガンでここまでの威力が?)
(さっきのは感電した?雷魔法を矢に乗せたのか!)
「お前はなんだ!今までどこにいた!」
紫苑の方に向き直り攻撃に移ろうとする。
「ライトニング!」
紫苑は完全に制御できていない魔法を放つ。
以前よりも拡散は抑えられていいたがそれでも悠樹のところまで雷の余波が来る。
「グゥゥゥガッ!」
「痛ゥ!俺までか!」
それでも距離が遠い分、悠樹は多少痺れた程度で済んだが、
紫苑に近づいていた男はかなりのダメージを負ったようだった。
悠樹は痺れが残る身体を動かし盗賊の剣を拾いダメージの回復していない男へ追撃する。
(今なら攻撃が通るんじゃないか?)
「ハァッ!」
鎧の無い脇の下から切り上げた剣は腕を切り飛ばすことに成功した。
ボトリという音を立て、剣を持ったまま腕が地面に落ちる。
男はそれでも戦意を失わず腰からナイフを抜こうとする。
(これでも戦う気力があるのか!俺に同じことができるか?)
相手の戦う姿勢に驚愕しつつ悠樹は切り上げた剣を返し横に振るう。
今度こそ男の首は体から離れ、盗賊達との戦いは終わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます