第9話 旅路の途中
その後、悠樹は魔法の練習をする皆と合流した。
茜と美雪は結局魔法を使えるようにはならなかった。
夕方村長宅へ行き、村長と隊長達へ挨拶をし、納屋へ戻りその日は早めに休むことになり出発に備えた。
「そうそう。二人にはこれを渡しておく。」
悠樹はそう言ってナイフを手渡す。
「何があるかわからないし、これで身を守れるとは限らないけど無いよりはいいと思って。」
「まあ、魔法があるから使わないかもしれないけど買ってもらってわりーな。」
「ありがとうございます。護身用に持っておきます。」
「では行こうか。」
3人で馬車に向かい、挨拶をすませると早速乗り込んで出発する。
今日は野営して明日の昼過ぎくらいに到着予定らしい。
「あー、乗り心地最悪。これで今日12時間くらい乗るのってきつくない?」
烈が馬車の乗り心地に文句を言う。
「リアルでも馬車なんて乗ったことないけどたしかに長時間はきつそうだな。」
「転生物の小説だとサスペンション?バネで改良するやつですよね。」
悠樹と紫苑も文句こそ言わないが快適とは言えないようだ。
(バネの作り方なんか考えたことも無いな・・・)
悠樹がバネの作成方法を考えたり、アイデアだけで鍛冶屋に作らせることが出来るか考えていたところ、
烈は座席の後ろの商品を色々見ていたようだ。
「なぁ、俺と紫苑って無一文だけどどうしたらいいんだ?」
「何か欲しい物でもあるのか?」
「ん~、そりゃ武器や防具とか恰好良い装備欲しいとかはあるけど。」
「それよりバルセロナに着いた後どうなるのかと思ってなぁ。」
「国に保護される?んじゃないか?その後は雇われる形になるのかな?公務員的な。」
「俺は冒険者になりたいんだよ!」
「知らんがな。力があれば勇者認定されて魔王討伐にでも行けるんじゃないか?」
悠樹には他人事なので適当なことを言って会話を終わらせようとする。
「ユーキはいいよな。最初にゴブリンと戦ったおかげで自由にできて。」
「お前なぁ、いきなりわけもわからん状況で剣で戦うんだぞ?死ななかったのが奇跡だって。」
「それに異邦人って国にとって価値ありそうだから優遇されるそうだし良いんじゃないか?」
「正直俺も様子見て都合が良ければ異邦人と名乗り出るぞ。
「ずるいですけど賢明ですね・・・どうなるかわからないから様子見したほうがいいでしょうし。」
「もし国が私たちを利用してひどいことしようとしたら助けてくださいね。」
「美雪にも言ったけどあれって本音だからな。余裕ができたら助けられる範囲で助けるよ。」
「私、ソーマさんに貸しがありますよね?絶対助けてくださいね?」
「俺が借りがある?え?何で?こっちでそんなことあったっけ?」
「こっちじゃありません。日本。というかknight&mercenaryでです。」
「ソーマさんってナイマセでも名前ソーマですよね?アバターと容姿連動させてるでしょ?」
確かに悠樹はゲームの名前はすべてソーマで、アバターもスキャンで容姿反映できるものはリアル反映させていた。
だがあのゲーム内でシオンはトップランカーで自分は1傭兵に過ぎず話したことすらない。
(ゲーム内でそりゃ見かけたことはあるけど話したことは無かったはずだよな?)
「たぶん、同じ見た目のソーマだったら俺だろうけど、俺とシオンってナイマセで話したこと無いよな?」
「え、本当に言ってます?第三次ベルセリア街道攻防戦って言っても分かりませんか?」
第三次ベルセリア城砦攻防戦はシオンの所属する帝国が、
大規模な陽動作戦で攻略しようとした両陣営でプレイヤーが1000人以上、
NPCは1万以上が動員された大規模な戦争だった。
たしかに悠樹は傭兵として、劣勢な共和国側として参戦し山道を迂回しようとした帝国別動隊の足止めを行った。
シオンの部隊が別動隊で、傭兵部隊がいなければ砦は落ちていたであろうからたしかに邪魔はしたかもしれない。
だがゲームの中の1戦闘、しかも一対一で倒した倒されたというわけでもないのにそんなことで貸し借りになるだろうか。
いろいろと考えたうえ悠樹は口を開く。
「傭兵と帝国の部隊として争ったし、お互い顔は合わせたけど正直そこまで気にしてなかった。
お互い生き残ってるんだし、俺あそこでそこまで何かしたか?」
「なっ!分からないならいいです!」
怒らせてしまったようだ。
紫苑はあの時、別動隊を率いて砦の背後から攻撃する予定であった。
成功を信じて山道を進み、仮に敵兵が少々いたところで蹴散らせる戦力があった。
実際には20人のPC傭兵に対し紫苑は100人のPCと1000人のNPC。
PCは死んだらそのキャラは終わるから、特に傭兵は死にそうな戦争では逃げるか寝返る。
だがその時のたかが20人の傭兵がこの戦争の大局に影響を及ぼした。
岩や丸太に落とし穴、これでもかという罠が張り巡らされており予定より進軍は遅れ兵士は負傷していく。
多少の犠牲は覚悟し強行突破に切り替えたら正面の傭兵は全力で引いた。
殲滅しようと速度を上げたら伸び切った戦列の背後に単騎で風魔法で跳躍して逆撃された。
攻撃力の無い風魔法だが突風で崖下に兵士を何人も吹き飛ばしていく。
紫苑も最終的に別の傭兵との戦闘中に横から突風を受け崖から落とされたのだった。
最終的に崖を転がりながら数百mも下に落とされ、指揮官を失った部隊は撤退した。
今まで失敗らしい失敗の無かった紫苑にとっては屈辱的な失敗であり、
共和国との戦争全体にも影響があるほどの敗戦となった。
その当時は名前も知らなかったが、帰還後傭兵たちの情報を調べてソーマの名前を知ったのだった。
別の話だが戦いの直後に大陸最大の要塞が傭兵13人によって攻略されることになる。
紫苑はそこまで別に貸しとか思って言ったわけではなかった。
ただ、ソーマにとってあの戦いがたいしたこと無かったと思われていたことがショックだった。
大戦果を誇らしげに語ってくれた方が納得できたかもしれない・・・
微妙な空気になってしまったが、烈は気にせず話しをする。
「なぁ、思ったんだけど途中でゴブリンに襲われたりとかしないかな?」
「魔法を試したいんだけど。」
「騎士団が定期的に間引いてるからたぶん街道沿いは大丈夫だぞ。」
馬車の前から商人が声をかけてくる。
「なんだ、じゃあ暇だから昼寝でもするわ。」
烈はそういうと横になる。
悠樹も紫苑と二人の状況が気まずかったので座ったまま目を閉じ眠ろうとする。
細かい休憩を何度かしながら進み、少し開けたところに出たところで馬車は止まった。
「いい具合に進めたな。ここは中継点で野営に普段使ってる場所だ。今日はここで休むぞ。」
「じゃあ、飯にするか。」
商人はそう言うと、馬に水と飼葉を与え、自分は村で用意してもらったであろうパンを食べていた。
悠樹たちも味気の無い固いパンを食べ始めた。
「あ~、旨い物食べたいなぁ・・・肉とか。」
烈がこぼすのも無理はない。悠樹も何も言わないがこちらで食べて旨いと思ったものはまだ無い。
バルセロナへ行けば美味しい店がいくつもあるだろうか。
コショウとか調味料が高級品だったら稼がないといけない。
悠樹は料理は一通りできるが調味料を作れるかと言えば自信はない。
よく異世界転生した主人公がマヨネーズや様々な料理を再現したりしているが、
一般人がよく作り方まで分かるなと感心する。
(マヨネーズは、コショウに酢に卵を攪拌すればできるか?何か味が足りない気もする・・・)
(醤油は大豆を発酵1年くらい?麹がいるのは味噌か?)
(豆板醤や甜面醤、XO醤、オイスターソースにいたってはまったく分からない・・・)
(柚子胡椒は柚子が日本原産だと思うから無理か。昆布とかは鰹節は作れるか・・・?)
美味しい食事の為にも余裕があれば試行錯誤したいところだが。
「流石に旅でうまい飯は難しいよなぁ。」
「獣が狩れたら、肉を焼いたりスープに入れたりできるかもしれないが。」
商人がそう言うと烈はやる気になったらしい。
「イノシシか何か狩ればいいのか!魔法の練習にもなっていいんじゃない?」
「なぁソーマ一緒に狩にいかないか?」
「お前の魔法だとまる焼けになって食べられないんじゃないか?」
「それにもうすぐ暗くなるし森の奥に行くのは危険だと思うぞ・・・」
「だ・か・ら・ソーマの風魔法と剣で狩ってもらいたいんだって!」
「シオンもうまい肉食べたいだろ?」
「イノシシ獲れても誰が捌くんですか?それに何も付けずに食べたらそこまでおいしくないんじゃ、、、」
「なぁいいだろ!ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
悠樹は相手をするのが面倒になってどう断ろうかと思っていたところ商人が烈へサポートしてきた。
「もし何か獲れたら俺が捌くぞ。あと塩は俺が出すぞ。あと余ったら肉を買取させてもらおう。」
余計なことをと思いつつ面倒になって少しだけ悠樹は付き合うことにした。
「分かったよ。30分だけだぞ。シオンはどうする?」
「私は・・・虫とかいたら嫌なんでここにいます。」
雷魔法を覚え、ゴブリンを余裕で倒せるシオンがそう答えたのが少し可笑しかった。
どれだけ強くなろうが苦手なものは苦手なのだ。
悠樹も巨大な蜘蛛やゴキブリのモンスターもいるのだろうかと考え少し憂鬱になる。
烈と一緒に森に入るも、正直30分で何か見つけられるとは期待していなかった。
10分ほど森を進んだところで、そろそろ引き返そうと思っていたところ10mくらい先に兎を見つける。
「兎か・・・レツ、そろそろ戻ろうか。」
「え、狩らないの?」
「レツの魔法じゃ強すぎるから、俺の剣か魔法ってことだよな?」
「必要無いところで生き物殺すのは気が引けるんだけど・・・」
「ソーマってそういうの気にする系?」
「そういうのって何だよ。釣りもするし、別に牛や豚を食べるために殺すことに抵抗は無い。
ただ自分が手を下して血を見る機会は人生で無かったかもな。」
「でも、今後は魔物や獣狩っていくなら気にしてられないんじゃないの?」
「まぁそれはそうだろうけど・・・」
「もし成功したら絶対きちんと食べるからな。」
命を奪うということに意味を持たせたかった。
襲われたから守るために戦う。生きるため、食べるために命を奪う。
今はまだ戦いや殺生に意味を考える余裕があるのだった。
この世界に馴染んだ時、そういった感情が残るか、この時はまだ分からない。
兎であれば風魔法でも十分火力は足りる。
あとは動く小さな的を正確に狙えるかどうかだ。
「・・・・・ッ!」
ウインドカッターと頭でイメージし無詠唱で放ってみる。
風の刃は草を食べるのに夢中で気づかない兎の首を見事に寸断した。
兎の体は横に倒れ首からはドクドクと血が流れた。
「・・・戻るぞ。」
「おお~!一発で急所に命中!ああ、俺も魔法で狩ってみたいなぁ。」
レツの声を無視し、兎の足を持ちぶら下げて馬車へ戻った。
「お、ゴマウサギが捕れたのか。血抜きもできてるしなかなかやるな!」
「どうやって狩ったんだ?まさか剣で首を刎ねたのか?」
「風魔法で仕留めました。」
「へ~。風魔法って使う人間少ないからよくわからんが獣狩ったりできるんだな」
「普通は実用的な火か水を身に着けるけど風とは珍しいな。」
「それじゃあ肉は俺が捌くから馬車から鍋出してくれ。」
「捌くところを見せてもらってもいいですか?覚えておきたいので。」
「あ、俺も見たい。」
「・・・私も見ておきます。」
意外にも紫苑まで見学するらしい。
捌くところを全員で見学し悠樹が魔法で出した水で鍋を満たし、
細かくした肉と塩を入れ煮込んでいく。
「折角だから商品の少し古い野菜も入れるか。」
「水出すだけとはいえ水魔法も使えるなんて器用だな。」
「水魔法は水出せるだけでも旅をする者にとっては重宝されるからな。」
「というかこいつの火魔法もすげーな。火力の微調整はベテランじゃなきゃ難しいはずだぞ?」
「いや~、俺は天才なんで!」
照れながら烈が魔法で鍋を温める。
「毛皮は1000Gで買取でいいか?」
鍋をかき混ぜながら商人が聞いてくるが、捌く見学と食事の礼ということで固辞する。
(肉がいくらになるか分からないけど兎を1日5匹狩れば生活はできるのか・・・)
兎肉のシチューは日本にいたとき食べてきた食べ物よりは味は劣っていたのであろうが、
こちらに来て食べたものの中では具材も豊富で、三人は満足して食べたのだった。
「明日も日が昇ったら出発して、昼過ぎにはバルセロナに着く予定だ。」
「四人いるから念のため夜の見張りを交代でしたいんだがいいか?」
「昼間寝てたんで俺とレツの二人でやりますよ。」
「え~、まぁいっか。俺、先がいいです。」
「了解。デバイスでアラーム設定できるから2時から交代でいいか?」
「2時なら普段寝てる時間と変わらないし、了解です!」
烈が最初の見張りに付き、それぞれ休むのだった。
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