第21話 いざ、パリシナ国へ(2/2)
本日のメインゲストのサルニア帝国皇太子は招待客の中で最後に入場するので、開場してから1時間ほど経過してから出向くことになっていた。
黙っていれば可憐な少女のマルティナさんは一足先に夜会に参加していた。マルティナのドレスは人形のような彼女に似合うオフホワイトを基調にしたもの。袖と腰のリボン、スカート、胸元に入れた刺繍は濃いピンクで揃えていて、髪飾りもピンクのバラ風髪飾りだ。宝飾品はルビーの可愛らしいデザインのもので揃えている。私には似合いそうもないかわいい装いでちょっとうらやましい。
「ウィークスヴィル伯爵家が次女マルティナ、密偵調査に行ってまいりますデス。」
軍人のマネをして殿下に敬礼したマルティナさんは、その可憐な見た目とのギャップがすごい。
「よろしく。儚い少女として猫を被って、酒を引っ掛けた男どもから情報を集めてきてくれ。」
「はい!”パリシナ国にきたら暑さにやられて食欲がありませんの。目眩がしますわ。”みたいなキャラでこの国の噂話を隈なく集めてきますね。」
めちゃくちゃ儚い可憐な容姿だけれど、実際のマルティナさんは暑くても脂っこい塊肉をビールで流し込む人だということを短い付き合いではあるが私はもう知っている。
「そろそろ俺たちも移動しよう」
マルティナさんが潜入に向かって20分ほど経ってから殿下が立ち上がって私に手を差し伸べた。私は殿下の手を取って立ち上がり、腕に手を添えた。そういえばシオン以外の男の人にエスコートされるのは家族を除けば殿下が初めてだった。
「・・・ちょっと緊張してきました。」
「じゃあ、作り話でもしようか?」
「ふふ、じゃあお願いします。」
「ある小さな国には国王の妃が二人いました。第二王妃は権力欲が強く、国王と第一王妃は第二王妃の二人の王女を国外に嫁がせて政治混乱を避けようとしていました。国王は世界有数の大国である隣国へ娘を側妃として嫁がせることを画策していました。大国では政治体制の維持のために国内貴族から后を娶るため正妃になることはできないのです。側妃という待遇が気に入らない王女は皇妃を復活させるなら・・・」
「いやいや、待ってください。それは作り話じゃなくてリアルな話じゃないのですか?」
ふふ、とレオンハルト殿下は笑った。今日の役目を改めて思い出し、緊張はどこかに吹き飛んでいった。
この夜会での私の役目は、
パリシナ国王に側妃としてアリシア王女を迎える気がないことを悟らせる
レオンハルト殿下がパイプを作りたい若い令息たちに接待する
マクレガーのビジネスパートナー候補を見つける
と大きく分けて3つのことを果たす。
気がつけば会場の入り口の前に立っていた。開場してから開けっ放しだったドアはレオンハルト殿下が入場する5分ほど前に一旦閉じて、殿下が入場するタイミングで再度ドアが開く。名前はコールされなかったが、開いたドアから空気が外から流れ込むと入口方向を近くにいた他人たちは一斉にこちらを見た。私は添え物として目立たないように控えめで穏やかな笑顔を作る。
レオンハルト殿下が歩めば人々は素早く道を開けた。「皇太子殿下、すごいカッコいい。」「何とかお近づきになれないかしら」「軍にいただけあって精悍ね。」等、レオンハルト殿下に対して女性たちが色めきだっている声がした。同時に「パートナーの女性、誰かしら?」「美人だけど性格が悪そう。」おいコラ、ちょっと待て。なぜ歩いているだけで性格が悪いと思うんだ。とりあえず、私への評価はイマイチみたいだ。
レオンハルト殿下は私に向けられる悪意に一瞬だけ眉を動かして反応した。彼は彼の左腕に添えていた私の右手を右手で握り、左腕で私の腰を抱き寄せた。その行為に周囲の若い令嬢達はキャーっと興奮した。
「あいつらムカつくな。」
レオンハルト殿下が私に心を砕いてくれていることが嬉しくてちょっと泣きそうになった。
「大丈夫です。彼女たちは本能的に恐れているだけです。」
「?」
「私が本気で落としにいけば彼女たちを食えるし、大事な人も奪われると。」
20年も生きていれば集団の中で自分がどのような立ち位置かはわかるものだ。私は自分の意思は関係なしにそういう立ち位置の女なのだ。もっと家格が良ければ羨望の的だったのかもしれないが、子爵家の令嬢という中途半端な身分のくせに目立つのが気に入らないという人達はいる。
「・・・」
「まぁ・・・そんなことしませんけどね。」
好きでもない人にそんなエネルギーを使いたくない。
「でも・・・殿下の気遣いが嬉しかったです。ありがとうございます。」
殿下を見てそういうと「ああ」といって彼は目をそらした。相変わらず人々は私達が移動すると素早く道を開けてくれていた。ちょっと萎んだお互いの気分を上げていきたくなって、
「殿下?」
とヒソヒソ声で声をかけると殿下は耳を私の口に近付けてきた。
「みなさんの素早い避けっぷり、フナ虫みたいじゃないですか?」
「フナムシ?」
「海の岩場に居るゴキブリみたいな奴らです。」
ほんの少しの間が開く。殿下は岩場で人間が一歩足を踏み出すと猛スピードで避けていくフナムシの集団を思い出したようだ。
「くっ・・・止めてよ。」
笑うのを何とか我慢して、誤魔化すように美しく破顔する殿下。
「しばらく前が・・・見れねぇ。」
フナムシで笑えない殿下を見ていて私も可笑しくなってきた。悪戯が成功した子供のように私も笑った。後にマルティナさんから聞いたところ、私達はめちゃくちゃ仲睦まじく見えたそうでフナ虫の話はアリシア王女側妃回避作戦に寄与していたみたいだ。
レオンハルト殿下が足を止める。正面から濃い顔の美男一人と美女二人が歩いてきた。地位が低い者が地位の高いものに歩み寄っていかなくてはいけないので、この会場にいる人は国王夫妻を除くとレオンハルト殿下が止まっているときにしか声をかけることができない。
声をかけるのは目上からなのでレオンハルト殿下は美男美女の名前を呼んだ。
「《キアヌ殿、歓迎のための夜会を開いていただき感謝する。ルルフィーネ嬢とアリシア殿も息災か?》」
「《レオンハルト殿下、リリーシア嬢。本日はお越しいただきありがとうございます。》」
「《キアヌ王太子殿下、アリシア殿下。再び拝謁できて光栄でございます。》」
「《リリーシア嬢、楽にしてください。留学の予定があっただけあってパレイン語が上手ですね。》」
「《ありがとうございます。》」
「《制服の姿でも美しいけど、着飾ると本当に女神のようですね。レオンハルト殿下の後に麗しきあなたにダンスを申し込んでもいいでしょうか。》」
「《光栄でございます。あまり上手ではありませんがお相手いただけると幸いです。》」
濃い顔のキアヌ・フュルスト・フォン・パリシナ王子は私の手を取り、口を付けたふりをしてチュっとリップ音を出した。
レオンハルト殿下は給仕にアルコールティッシュを頼み、私の手を拭いた。
「俺はバイ菌じゃないぞ。それに口はつけてないし。」
「でもキアヌの息がかかっただろ。」
「ムカつくな。こんなことならチークキスにしておけば良かった。」
「ごめんごめん。久々に会ったから絡みたくて。」
「《ルルフィーネ嬢、来年はついに成婚と聞いた。おめでとう。》」
「《ありがたき言葉をいただき幸いです。》」
「ふん。早く父上に挨拶してこいよ。戻ってきたら曲を開始させるから。」
「それでは、キアヌ殿、アリシア殿、失礼する。」
更に先へ進み国王夫妻が座るメザニンに階段を登って向かった。両陛下は笑顔だがレオンハルト殿下の意思表示に落胆し、私に対して複雑な感情があることが見て取れた。
正式な申込みはまだ無かったが秘密裏にアリシア王女の輿入れを打診していたのに、夜会に別の女性を伴って国王に挨拶に来た。言葉にはしていないが明確にノーと言われたわけだ。大型ハリケーンの爪痕が残り復興中なのにわざわざ夜会まで開いたのに。
「《リオカウンティ侯爵家のヴィオリス殿はまだ婚約者がいなかったように記憶していますが・・・。》」
パリシナ王妃は突然、ヴィオリスくんのことを話題に出してきた。ヴィオリスくんはレオンハルト殿下の従兄弟だし、帝国の名門侯爵家嫡男だからその嫁だったら皇太子の側妃と同等なのかも。
「《ええ、秋にアリシア殿がいらした際に食事でも共にできたらいいですね。》」
そう殿下が答えると両陛下は満足そうにしていた。国外に嫁がせられれば何でもいいみたいだ。
(ヴィオリスくんと結婚かぁ・・・私なら嫌だな。)
ヴィオリス・リオカウンティ君は人との距離の詰め方がおかしい。私は何度も指を舐められ、そのたびにシオンが
「キアヌがリリーシアにダンスを申し込んだときにまずいなと思ったんだけど切り抜けられたよ。」
「王女様のことですか?」
「そう。彼女、昔から何を考えているか掴みどころがなくてどうも苦手なんだよな。性格もキツイし。」
確かにちょっと
しかし、信頼できる友人というより敵の敵は味方的な要素が強そうだ。
国王陛下への挨拶はレオンハルト殿下が一番最後だったらしい。パリシナ国王は開会の挨拶をしてホールに降りていった。
「《ハリケーンの被害がまだ残る中、参集してもらって感謝する。今宵はサルニア帝国レオンハルト皇太子殿下にお越しいただいたことに感謝し、両国そしてサルニア帝国のさらなる発展と安寧を願って親交を深めてくれると嬉しい。》」
パリシナ国の夜会では、1曲目に最上位の身分の者がダンスを踊るらしい。
キアヌ殿下が手をかるくあげると音楽が始まる。
国王夫妻のダンスは二人だけの独壇場なので縦横無尽に軽やかにステップを踏んで踊っていた。とても華麗で感心しているとあっという間に曲は終わりに近付いた。
これが終わったら私達も中に入っていかなくてはならない。ダンスは任意参加なサルニア帝国の夜会とは違い、ここの国の人はダンスに慣れているし目も肥えているはず。しかもレオンハルト殿下というとても目立つ存在のパートナーだ。プレッシャーで胃が痛くなってきた。
「リリーシア、俺が全部リードするから俺だけを見てて。」
何て破壊力のある言葉なのだろう。アダルベルト様という恋人がいなかったら好きになってしまったと思う。言われた通り、レオンハルトの顔を見つめる。
(やっぱり、今夜はすごく素敵ね)
レオンハルトも微笑んでこちらを見つめてくるので、ダンス前の緊張とは別にまたドキドキと鼓動がうるさくなる。
踊っている間は二人の世界にいるようで、曲が終わるとホッとしつつも名残惜しい。でも、失敗せずに今までで一番上手に踊れたと思う。初めて自転車に乗れたときのような高揚感が生まれる。私は子供が親に褒めてもらいたいときのような嬉しそうな顔でレオンハルト殿下を仰ぎ見てしまった。
「あはは。君はかわいいな。パリシナ夜会デビューおめでとう。」
子供のように扱われて、恥ずかしいような腹の立つような気分になる。そんな私を見てレオンハルト殿下は笑いを堪えていた。
ふと視線を感じたので、周囲を流し見るとアリシア王女がこちらを凝視している。もう一度、目だけで彼女を見ると瞬きもせずに目を見開いてこちらを見ていた。
(こ・・・怖い。レオンハルト殿下の蛇女って表現が的を得ていたわ。)
見なかったことにして2曲目と3曲目を踊り、互いに礼をする。一仕事終えた気分で一旦ホールの外に出た。踊り終わりがぴったりキアヌ殿下たちの隣になっていて一緒になる。
おそらく互いに隣で終われるように計算して踊っていたのね。
「リリーシア嬢、予約したキアヌ・フュルスト・フォン・パリシナです。私と踊っていただけませんか?」
レストランの予約を告げるような言い方に思わず笑ってしまった。
「はい、光栄です。」
「《ルルフィーネ嬢、あなたの時間を少しだけ私とのダンスためにください。》」
「《は、はい。喜んで。》」
互いにパートナーを変えて4曲目を踊った。
キアヌ殿下も踊り慣れているのかリードがすごく上手い。さっきのような軽口は無くて、ただ黙々と見つめ合って踊る。会話がないと時間が経つのが遅い。
「リリーシア嬢・・・噂通り凄い美しくて魅力的だね。」
何の噂だ?曖昧に微笑んでキアヌ殿下の顔を覗くと、今まで男性から何度も向けられたことがある熱っぽい目線で私を見つめてきていた。
(嫌な予感がするな。)
「君は私を惑わす。初めて会ったときから君が欲しかった。」
血の気が引いていくのがわかった。私はルルフィーネ様からキアヌ殿下を奪って妃になるつもりは微塵もない。
「どうして私はレオより先に君に出会えなかったんだろう。」
(私のことをレオンハルト殿下の恋人だと思っているのかしら。アダルベルト様のことは知らないのね。)
とりあえずこの人の惚けた顔を何とかしないと。周りに気が付かれたら厄介なことになる。キアヌ殿下の婚約者ルルフィーネ様とレオンハルト殿下を探すと、ルルフィーネ様はレオンハルト殿下をうっとりした目で見ていた。
(あっちもか。)
レオンハルト殿下とは一瞬目が合ったけれど、そのままスルーされてしまった。
私がレオンハルト殿下を頼って
(いや、ダメよ。私は殿下の秘書なんだからこのくらいのことは自分で対処しないと。)
「《キアヌ殿下、冷静になってくださいませ》」
「わかっているさ。でもルルフィーネも立場も捨てて君を連れ去りたい。」
この人、悲劇のヒーローになってしまっているわ。
「来世で・・・」
悲劇のヒーローに対して、思わず出てきた夢見がちな単語に自分でも呆れてしまう。
「来世?」
「《ご縁があったら来世で一緒になりましょう。人の不幸を踏み台にして結ばれても幸せにはなれません。》」
「人の不幸を踏み台・・・。」
納得してくれたかどうかはわからないけれど、キアヌ殿下の顔からは恋情は一時的に消えた。そして、とてつもなく長く感じたダンスが終わった。礼をして退場のために手を取ろうとしたら手の甲にキスをされた。
ゾワッと体中の毛が立つかのように悪寒が走り、ドクドクと脈を打つ音が響く。私はちゃんと笑顔を作れているのだろうか。
ホールの外に出るとキアヌ殿下は、
「王族が使える休憩室があるのですがよかったら休みに行きませんか?」
と聞いてきた。
怖かった。彼は個室に入ったら直ぐに私を押し倒してきそうな勢いだ。
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