第20話 いざ、パリシナ国へ(1/2)
入庁して10日目。夜が明ける前に高速鉄道に乗ってパリシナ国に出発する。今回の出張メンバーは、レオンハルト殿下、アダルベルト様以外の殿下専属護衛、マーガレット・レッドホック副室長、諸々のお世話係の侍女3名、マクレガー製薬の法務担当2名、法務省の官僚2名、私服の護衛が12人、レオナルドさんとと私27名だ。
思ったより人数が少ない。
皇城からミダス・グランド・セントラル駅までの移動とパリシナ・セントラル駅からパリシナ王宮の移動では、結構な数の護衛がつくのだけど、電車の中は貸切なので護衛は専任の警察官のみだ。
本来、帝都ミダスからパリシナ・シティに移動する場合は空路を使うのだが、運悪くパリシナ・シティのラ・メルダ国際空港は季節外れの超大型台風の影響で水没してしまって航空機の就航まであと数日作業に時間がかかるそうだ。
サルニア帝国内は大きな街と鉄道路線に沿って電線が通っているが、リズモンド大陸は広大で過疎の街や人が住んでいないところには電線が通っていない。サルニア帝国南部のモル・ディートまでは高速鉄道が走っているが、そこからパリシナ・シティまではSLに乗り換える。電線が通っていない地域が多くあり、電車は通っていないのだ。
「電車で長距離の旅なんて初めてです。」
レオナルドさんがそういうと私も頷く。
「私もです。SLも初体験で密かに楽しみにしてました。」
夜明け前にミダス・グラセン駅を出発した高速鉄道はあっという間に帝都ミダスの中心地を抜け地平線がどこまでも続くかのように見える平野に出た。
「世界中が暁色ですね。」
「早起きのご褒美って感じだな。・・・・おはよう。」
振り返ると美声の主、レオンハルト殿下が眠そうにしていた。
「「おはようございます」」とレオナルドさんと挨拶する。
「あの、殿下。」
「ん?」
「昨日の夜、頼まれていた資料のドラフト版ができました。見てもらえますか?」
Uh-oh!!と小さく殿下は言う。仕事が立て込んでいるのだろうな。
「わかった。チェックできるのは昼イチかな。モル・ディートまでずっと働きづめだよ。」
「説明しますので声をかけてください。」
この職場はホワイトだけどレオンハルト殿下は例外だ。まだ仕事もよくわからないので私は教材の参考資料を何冊か持ってきたのでそれを読み込むことにした。
パリシナ国へは南下する。乗車時間はモル・ディートまでが6時間で、そこからパリシナ・セントラルまで10時間半かかる。乗り換えが1時間弱なので合計17時間半の行程だ。ミダスからサルニア帝国の西側の隣国だと高速鉄道を乗り継いで1日半かかるので車中泊しない分ありがたい。
(さて、資料を読みますか・・・)
私は娯楽の小説本など以外は、3回読んで脳に内容を刻む。一度目は流し読みで深くは考えず、2度目はゆっくりじっくりと全体がわかるように、3度目は内容をきちんと理解するように。3度目のときに分からないことは人に聞いたり他の本を読んで書かれていることを理解する。
流し読みが完了したところで外を見て感動する。
「レオナルドさん、見てください!土が赤いですよ。あのたくさん生えてる植物は何なのでしょう。」
私は映画やドラマで見たことがある赤土の土地に興奮してレオナルドに尋ねる。
「土が赤いのは鉄とアルミニウム以外の成分が抜けてしまったから。あの変な形の植物はサボテンよ。この辺りは、半砂漠化された土地と定義されているの。」
マーガレット・レッドホック副室長が教えてくれた。自分の国の事なのに知らない事がたくさんあるのね。
砂漠化地帯を抜け、穀倉地帯に入る。アリシナ辺境領だ。この辺りは
「秋の収穫前は美しいんでしょうね。」
今はまだ春なので植え付けは始まっていない。
「来月だったら、水田が観られたのにね。風がない日に晴れて空が映ってるときは本当に綺麗なんだよ。」
レオンハルト殿下が教えてくれた。
「想像しただけで素敵ですね。」
「田植えが終わると、花火をあげるのですが水面に移ると綺麗なんですよ。」
レッドホック副室長が情報を付け足す。インフィニティ花火・・・見てみたい。
「レッドホック副室長はこの辺りの出身なのか?」
「いいえ、元夫の地元です。なので何度か訪れています。」
みんな気まずそうに静まる中、「そうなんですね。」と遠慮した声で言うとマーガレット・レッドホック副室長は笑って言った。
「もう昔のことだし、今では友人よ。月に1度は息子と3人で会っているの。」
レッドホック副室長のご子息は今年、サルニア帝国立大学に入学したらしい。自慢の息子なのね。
ちょっと微妙な雰囲気になったが、そのあとは元通り列車内で業務を粛々と片付けた。ほぼ予定通り22時30分過ぎにパリシナ・セントラル駅に着いた。査証を受けて外に出ると街灯は付いていたが人はまばらだった。パリシナ国では23時以降は原則、飲食店の営業が禁止なのだそうだ。
リリーシアは小さな声でレオナルドに話しかける。
「夜、遊びに行くチャンスはあるでしょうか。」
「マクレガーさん・・・ちゃんと許可を取ってくださいよ。こっそり抜け出したりしたら僕は始末書を書かなければいけないくなります。」
「わかりました。気楽に過ごせるメンバーだけで飲みに行きましょうよ。」
滞在期間は5日間。今日を入れて4泊のうち夜会が2回あり、パリシナ王立法科大学院の入学式の日は懇親会があるので自由になれる夜は1回だけ。許可を取るとなるとレオンハルト殿下にお尋ねしなければならないけれど、殿下は気楽に過ごせるメンバーでは無いわよね。
殿下をまくには殿下が予定があって行けない日に決行するしかない。
「いいですね。調整してみましょう。」
よし。2年後にはここで暮らすのだし、街の様子をしっておきたいものね。
パリシナ王宮に着いたのは24時過ぎ。部屋に案内されると、すぐに寝てしまった。微睡んでいるときにマルティナさんが清拭してくれた。申し訳ない。
翌朝は7時に起こされた。睡眠不足でもっと寝たかったが、朝から予定が目白押しなので気力でおきる。
「徹夜明けより、徹夜明け後の睡眠の後が一番だるいのよね。」
殿下に見せた資料をつくるために徹夜したことを少し後悔しつつ、官僚として生きていくならこれくらいの過酷な労働は当たり前なのだと気合を入れる。
マルティナさんに手伝ってもらいながら準備して、まずはパリシナ国王に謁見するレオンハルト殿下の金魚のフンとしてついていく。金魚のフンなので私は名前を名乗る以外やることはなし。国王と共にいたキアヌ王太子は濃いめのイケメンだった。この後はパリシナ国の外務省、法務省のお偉い方と殿下が会談し、留学に向けてパリシナ語がバッチリ話せるようになっている私は議事録係を承った。次に法務省の大臣や官僚たちとレオンハルト殿下やこちらの法務担当者たちと共にランチをしながら打ち合わせして、今回のゴールを互いに意識し合った。レオンハルト殿下達は他にも会議があるらしく、私だけ14時に解放された。ここからは夜会までの準備だ。
「右も左もわかんなかった〜。」
「社会人としては0才児だもの。仕方ないですよ。さてさて。ここからはお肌と髪を艶っ艶にするのが私達の仕事ですよ。」
そう答えたのは、私の侍女に手を挙げたちょっと変わった・・・いやいや奇傑な伯爵令嬢マルティナ・ウィークスヴィル。伯爵令嬢が子爵令嬢に仕えているという状況は歪だけれど彼女は全く意に介していないらしい。
隅々まで綺麗に洗ってもらって、美容液と保湿剤を塗ってもらう。仕上げに何やらキラキラした粉を首からデコルテにパフでポンポン叩かれる。髪の毛は乾かす前に香油をつけてもらう。ここまでは快適幸せタイム。
続いて不快なドレスの着付けタイム。ウェストニッパーをつけてお腹を圧迫する。これでも昔のように鯨骨コルセットをしていた淑女たちに比べたら恵まれている。
現代は、正装して夜会やら茶会やらというのは昔に比べると格段に少ない。
昔の貴婦人達はコルセットをして、頻繁に社交をしていたのよね。生産性が低いよなぁ。
ドレスは瑠璃色でスカートの裾とスリットに沿って金糸の刺繍が入ったものだ。目立たないが一箇所だけドレスと同色で百合の刺繍がされている。胸元はクリーム色の生地をひだ状にしてある。残念ながら角のところが皮膚に当たりちょっと痛い。瑠璃色のドレスのスリットからは胸元と同じクリーム色の生地を使ったアコーディオンスカートだ。
ドレスはくるぶしまでの丈だ。昔のドレスのように足が全て隠れる必要があったドレスと違い歩くのにコツはいらない。昔のドレスは移動するときに足で前に蹴りながら移動したんだって。
見たことも無いくらい大きなダイヤモンドを使ったネックレスとイヤリングをつけながらマルティナは言った。
「これ、皇家からの貸与品なので無くさないように気をつけてくださいね。」
「ひぇぇ、無くしたらギロチンですね。」
「あはは。こんなアクセサリーは滅多につけられないから後で記念に写真を取ってあげますね。」
「うっ・・・。胃が痛くなってきた。」
「がんばってください。はい、次。髪結さんが待っています。」
マルティナさんは髪結いの担当者に細かく指示を出す。私にはよくわからないが、結初めの位置とか装飾品を飾る位置とかほんの少しで変わるらしくて指示が本当に細かい。
髪結の女性はプロフェッショナルなだけあって、あっという間に作業をこなす。髪の毛はフルアップだが美しい金髪を生かすために片側だけ一房髪を垂らし縦にカールした。
すごく高そうなダイヤモンドが無数に煌めいている百合の髪飾りをつけてヘアセットも完了した。
「その髪飾りは皇后様から借りてきたものらしいです。倒れるときには頭を打たないように気をつけてくださいね。」
「倒れなきゃいけない状況になるのですか?」
「カクテルは飲みやすいけど、アルコール度数は高いから飲まされて倒れないでくださいね。それにアルーノ系の夜会って百鬼夜行ってイメージじゃないですか。」
「舌戦が??社交界が魑魅魍魎なのは万国共通なんですね。」
考えてみれば社交界で今まで私を守ってくれた人がここにはいない。家族もシオンも。
ドアがノックされて返事をするとレオンハルト殿下が迎えに来てくれた。殿下は・・・
「すごいギャップ萌え。あの正装姿はカッコ良すぎて鼻血が出るかも。」
私はマルティナさんに小さい声で伝えた。殿下の装いはダークブラウンの上質なスーツにマスタードイエローのシルクのネクタイをして、ポケットチーフは私のドレスとお揃いだった。シンプルだからこそ彼の美しさが際立つ。髪の毛はなでつけてあって、いつもの髪を下ろしたときよりも彼の秀麗さが際だって見えた。
(この髪型はやばい。)
「やはり濃い色にして正解だったね。肌も髪も濃い色の衣装が眩く輝かせている。・・・この世の全ての宝石や星を集めても君の美しさには敵わない。今夜、君のパートナーになれることを光栄に思う。」
殿下に見惚れていた私はハッと現実に戻る。しきたりとして、互いの社交辞令を言わなくてはいけない。
「レオンハルト殿下の聡明さと精悍さが分かる意匠で殿下の魅力が引き立っております。今夜の夜会でわたくしは全ての女性から羨望の視線を受けるでしょう。」
社交辞令が終わって軽く会話をしていたら、マルティナさんは宣言通りに写真を取ってくれた。
「リリーシア様!斜め後ろを見て少し振り返ってください。いいですね!年末のホリデーに配るカードの写真に使えますよ。」
年末は聖ザイル様の誕生日を祝うホリデーシーズンになる。友人や親戚たちにプレゼントと一緒にカードも贈る。でも豪華なアクセサリーを付けて、こいつ国費で何やってるんだって思われないかな。
「俺とリリーシアの姿も撮ってよ。」
殿下は私の肩を抱いて頭を傾けサムズアップしてきた。私は戸惑ったけれど仕方なく殿下の方に頭を傾けてピースサインで写真を撮ってもらった。この写真が年明けに流出することになるなんてこのときは思っていなかった。
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