第9話 アダルベルトの思い(1/2)

Adalbert, Mercury/*

大学を訪問したのは卒業してからもうすぐ3年が経とうとしている時だった。リリーシア嬢をスカウトする際に本来はスイフィル局長のみで行ってもらう予定だった。スイフィル局長だけだったとしても相当なプレッシャーになるはずだが、レオが訪れたら彼女は断ることはきっとできなくなる。

二人が話している姿は遠目からしか見たことがなかったが、実際に二人の会話を聞いているとお互い心を許しているように見えた。

レオはリリーシア嬢とは結構いい感じの仲だと言っていたが、あいつの勝手な妄想なのかと思っていた。あいつは、頭も切れるし努力家で素晴らしい皇帝になるとは思うが、時々残念なところがあるからだ。


リリーシア嬢とマクレガー製薬は欲深い貴族達から狙われている。彼女は彼女が思っている以上に価値のある人間だ。レオの意図をすぐに理解して対処できる明晰な頭脳と人々の羨望を集める容姿、そして何より彼女の両親の出身家門と血筋が彼女の価値を高めている。

アマニール侯爵家とチェスター侯爵家はどちらも帝国内の中立派の大きな家門で、持っている爵位数はマクレガー子爵家も入れると合わせて7つ。しかも、彼女の祖母達は他国の王女と大公子だった。彼女の実家は子爵家だから妃候補としては注目されていなかったが、十分に帝国の皇后になる条件が揃っているのだ。

ソフィー皇后陛下はレオとリリーシア嬢が小さな頃から二人を引き合わせようと画策していたが、それを拒んだのはマクレガー子爵だった。ソフィー様とテオナード様は幼馴染だった。ソフィー皇后陛下の苦しみを知っていたから娘には苦労させたくないという親心なのかもしれないが、実際のところはレオが詳しく教えてくれないのでわからない。

結局は国を統べるものは上皇様と皇太后様のように個を殺せる人間でないといけないということなのかもしれないな。

何はともあれ、彼女が次期皇后の最有力候補であったことは、まだ公にはできない。

”皇室に入った者は継承権と財産を持ち込めない”

過去の苦い経験から皇室典範に盛り込まれた内容だ。彼女はマクレガーの製薬事業と医療機器事業の株とチェスターから母親が継承する油田に対しての相続権を持つ予定だ。皇室に入る場合は出身家門に相続分が戻されるのだが、彼女を養子として迎える家があると話は複雑になる。

マクレガーとチェスターからの相続分は、養子縁組先の家門に渡されることになる。

つまり、彼女を養女にして皇室に嫁がせれば、次期皇后の出身家門になるだけではなく安定した油田の利益と今後の成長が目覚ましい製薬の利益が手に入るわけだ。

今まで彼女があからさまに狙われていなかったのはワイマール公爵家に牽制されていたからだ。

俺たちが目指してきたことを達成するためにリリーシア嬢は必要だ。しかし、レオの傍に置くということは二人が親密になるために配置されたと勘ぐるものが絶対に出てくる。

俺たちのように大切な人を、守ってきた大切なものを奪われて苦しむような人たちをもう出したくない。

彼女はまだ自分が渦中にいるとは思っていない。傷つけたくないというレオの気持ちは理解できるが、既に奪われた者からすると自分の最善を尽くして奴らと対抗しないとマクレガーの人たちは後悔することになる。いや、後悔すらできなくなってしまうかもしれない。

だから、俺たちは自分たちの事件に決着をつけて新たな被害者を出させない。


(しかし、薬事関連の法整備が阻害されていたのは解せないな。)

マクレガー子爵は20年以上前から法改正の陳情をしていた。しかしながら、立法の検討会に上がってくる前にことごとく潰されていたのだ。

ライバル企業の画策かと思ったが、彼女の話だとそれは違いそうだ。マクレガーの利益を横取りするとしても法整備は必要なはずだ。マクレガー子爵はサルニア帝国に見切りをつけて本拠地を変えようとしていたのだから。

難しいから適当に聞き流していいと前置きをしてから教えてくれたリリーシア嬢の説明を思い出す。

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