第8話 再会 (4/4)

「話は変わるけど、実は俺は・・・」

「?」

「学食で昼めしが食べたかったんだ。どうしてもおばちゃんががっつり盛ってくれるスパイシーで筋っぽい肉が忘れられなくて何度か夢に出てきたんだ。」

「・・・ぷはっ。最近は立派なお姿しか拝見してなかったから、卒業してから変わられたのかと思いましたが・・・相変わらず気さく(?)で安心しました。あ、でも”昼めし”だなんて言葉が悪くなったのですね?」

「軍にいたときの癖が抜けないんだよね。」

3年ぶりにお会いした殿下は、見た目も公務をこなす凛々しさもとっても立派に見えたけど、実はあまり変わっていなくて安心した。

3年ぶりに学食・・・じゃなくてカフェテリアに来たレオンハルト殿下とアダルベルト様は、懐かしさにテンションが上がっていた。学生と同じように並んで思い思いに好きなメニューを選び、彼らのグループがよく使っていたメザニン階の席についた。もうすぐ午後の授業が始まりそうなので学生たちはまばらで、混んでいる時間帯を避けた職員や研究室の人たちが移動してきていた。学生たちと違ってレオンハルト殿下がいてもワーワー騒がないのが良い。


(殿下がジャークビーフとアボカドのライスボールでアダルベルト様はスキヤキ・ライスボールか。男子らしい肉肉ランチね。)


「リリーシアは相変わらず糖質制限だな。」

そう!私は朝はサラダとヨーグルト、昼はタンパク質と野菜と糖質制限をしているの。その代わり夜は好きなだけ食べるんだ。

でも、レオンハルト殿下とランチした記憶なんてないような?だって、かなり険悪なのだもの。ブルマン家のレオンハルト殿下と

「サルニア帝国の若き光に拝謁いたします。」

穏やかな昼食の時間が、シオンの声とともに緊張した空気に変わった。

不穏な静寂を破るようにレオンハルト殿下がヒラヒラと手を振った。

「ワイマール公子、本日は公務ではないし大学の中だから堅苦しい挨拶は不要だよ。」

姿を見たのだから礼儀的に挨拶する必要があるが、食事中をというのはタイミングがかなり悪い。しかし、配慮せずに割り込んできた事をレオンハルト殿下は咎めなかった。

(殿下は寛大だわ。)

「お心遣いありがとうございます。ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか。」

「もちろん。」

絶対に居心地悪くなるから嫌だよ。朗らかに笑うレオンハルト殿下の横に座ってるアダルベルト様もなんとも言えない顔をしていた。シオンはアダルベル様とも互いに挨拶を交わしてから持っていた紙袋の中身を取り出した。

「外のキッチンカーでカプチーノを買ってきたよ。」

「わぁ、ありがとう。授業は?」

「サボった。」

シオンがサボるなんて珍しい。私はカプチーノを受け取って蓋を取った。蓋の飲み口を使わない派だから。

「あ、今日のラテアートはハートなのね。」

「いい匂いですね。僕達がいたころはカフェのキッチンカーなんて来てなかったなぁ。」

アダルベルト様が残念そうに言った。

「マーキュリー様はコーヒー派ですか?良かったら私の・・・」

「僕の分をどうぞ。先程、皇太子殿下にはカフェテリアでレモングラスのハーブティをオーダーしておきました。」

そう言ったのとほぼ同時にカフェテリアのおばちゃんがハーブティーをサーブした。

皇室の人たちはイメージを守るために人前でやらないことがある。昼餐と晩餐の食後以外でコーヒーは飲まないし、その際に選べるのはエスプレッソか混ざりものがないホットコーヒーのみだ。

カプチーノを買ってきたのは故意じゃないのだろうけど、殿下が飲めないものを本人の前で出すのは挑発行為だ。シオンの絶妙な牽制にヒヤヒヤが止まらない。

「気遣いありがとう。」

レオンハルト殿下はシオンの挑発をスルーするように微笑んで返答した。

「でも、今は周りから見られていないしリリーシアのを一口いただくよ。」

そう言って、私の顔に手を伸ばして上唇についていたミルクの泡を指で拭った。”えっ”と思ったのも束の間、チュッと指を口に含んだ。レオンハルト様の形良い唇が薄く開いて指に触れる様子が色っぽくて、ドキドキと鼓動が早くなる。

殿下の口角は上がっているが目は少し細めるだけで、多分怒っている。

(よ・・・妖魔か!これ、シオンに怒ってるからやったのよね。殿下の怒ってる顔も素敵すぎて、私も睨まれたいかも。)

殿下とシオンのやりとりを見てドキドキしている自分に罪悪感を感じた。

でも熱くなった顔はすぐに冷水にかけられたように元に戻った。なぜなら、シオンから黒いオーラを放っていたからだ。シオンもその端正な顔の目を細めて笑顔を作っていたけれどそこには殺気が混じっていた。美丈夫が笑顔で怒っている姿はゾワッとする恐ろしさがある。

「ワイマール公子、申し訳ないのだがマクレガー令嬢とレオと3人で少し話したいことがあるから席を外してくれないか?」

アダルベルト様がたまらずシオンに声をかけた。

「話したいことですか?」

アダルベルト様は簡潔に卒業後のことをシオンに説明した。

「それはワイマール家で解決できますが。」

確かに今すぐにシオンと婚約してマリブ教の経典に従って180日後に結婚すれば解決できそうだ。いよいよか・・・。

「それはどうかな。」

レオンハルト殿下がそう答えるとシオンはムッとしたがアダルベルト様が、

「現行での決定事項に基づいて、今は彼女が皇城に滞在して殿下の秘書官になるものとして話を進めます。今は席を外してもらえると幸いです。」

と話を切った。シオンは了承して席を離れてラウンジに向かった。

「レオ、次からは食事が終わるまでは彼の同席を拒否してくれ。食事が不味くなる。」

ピシャリとアダルベルト様が言った。ぐうの音も出ないわね。

「彼も出会った頃は可愛かったんだぞ。シルバーフォックスみたいに潤んだ目で俺を見てきてさ。」

「「・・・・」」

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