第7話 再会(3/4)


ドアからは学長とマーキュリー侯爵家のアダルベルト様、そしてこの国の皇太子殿下であるレオンハルト・ブルマン・サルニア様がいらっしゃった。

私はカーテシーしてこうべを垂れた。

「帝国の若き光に拝謁いたします。お目にかかれて光栄です。」

「サルニアに栄光を。」

しばらく間があってから「っぷ」とレオンハルト殿下は吹き出した。

「今更だな。一緒に講義を受けた仲じゃないか。とりあえずおもてを上げなさい、リリーシア嬢。」

学長と進路相談の先生は戸惑っていて、アダルベルト様はちょっと呆れた顔をしていた。

「学生時代に少しだけ交流があったのだ。」

学長たちの戸惑いに応えるようにレオンハルト殿下は伝えた。

顔を上げて見据えるレオンハルト殿下は、学生時代より大人っぽくなっていて改めて素敵な人だった。少し癖のあるプラチナブロンドの髪と瑠璃色の瞳、3年前まで細身だったが卒業後に陸軍に入隊して程よく筋肉がついたようで、すごく男らしくなっていた。

「本来なら訪問を事前に伝えるべきだったのだが、突然申し訳ないね。本当はテオナード殿とも話したかったのだけれど、彼は急に太陽国に行くことになったらしくてね。」

「そうなのですか?」

朝、父に会ったときは何も言っていなかった。最近忙しそうで顔色は悪かったけれど・・・。

「おかげで式典じゃないときに大学に来ることができたわけだし、私としてはラッキーかな。」

「マーキュリー小侯爵様も一緒ですものね。」

ちらっとアダルベルト様を見ると曖昧に笑っていた。


アダルベルト様は、レオンハルト殿下の幼馴染の侯爵令息で帝大法学部を卒業された。そして最近、何と皇太子殿下とは恋人同士だと話題なのよね!

金髪碧眼王子のレオンハルト殿下に対して、アダルベルト様は黒髪翠眼の色気のある美丈夫で殿下と同様に細マッチョ。

実は私、受験が終わって15、6歳のころにボーイズラブの小説に嵌っていたのよね☆

でも実際の同性愛者を見ているとBL小説に出てくるようなイケメン×イケメンのカップルって見たことなくて・・・。

まぁ、男性カップルの人たちは腐女子の腐妄想のために恋愛しているわけじゃないから外野がどこういう話ではないんだけど。  

でもこのカップルはまさに小説の世界を具現化したようなもの!ニヤニヤしてしまいそう。

(まずいまずい、殿上人がお話しされているのだから聞かなくては。)

あ、そうそう。殿下の恋人はもう一人いるらしい。私はレオンハルト殿下を尊敬していたのでそんなに不誠実なことをする人だと思っていなかったけど、皇族は重婚もできるし複数人伴侶がいることに対して寛容なお考えなのかもしれない。


「私の欲しいものについては、機会があるときに話すとして、まずはマクレガー家と君を保護するといっても状況を説明しないと納得しないだろう?学長たちは申し訳ないが席を外してくれ。」

「承知しました。」

学長と先生が出て行くとレオンハルト殿下は

「私・・・いや、もう学長たちもいないから普段の話し方でもいいかな?」

私はうなずいた。

レオンハルト殿下は学生時代から面識があった。殿下は経営学部のご出身なのだけれど、在学中は経営学部の卒業単位だけではなくて様々な学科の基本的な科目を履修されていた。次期皇帝としての意識が高くて学ぶことに対して貪欲なのだ。

法学部の科目は憲法、民法、商法、刑法、訴訟法に加えて法律リテラシーを履修していた。

法学部の生徒が1, 2年生で取得する科目なのでちょうど殿下が4,5年生で履修する科目と被っていたのだった。

「では、本題に入ろう。俺は製薬に関してあまり詳しくないのだがブルマン家でも規制産業の事業を経営しているので理解できる部分もある。」

世の中には様々な業態があるが、その中でいくつかの規制産業というものがある。民営ではあるが公共性が高く、悪用や突然の倒産があると国民生活に影響がでる産業は他の業種よりも多くの規制が設けられている。対応に手間とコストはかかるが、法に守られているという考え方もできる。簡単に事業を興せないので競合がさほど増えないというのも特徴だ。

規制産業は、金融・電力・通信・航空宇宙そして製薬などの事業がある。

「今までサルニア帝国ではジェネリック医薬品の製造販売をしている会社はあったが新薬開発から製造販売する会社は存在しなかった。規制産業である製薬業の法律の規制が整いきっていないのが現状だ。」

「そうですね、一部貴族からの妨害行為があると聞いています。」

サルニア議会に貴族院がなければ、とっくに法整備は完了していただろう。

「我が国の国力を考えるとアルーノ・ユニオンや太陽国と三極体制になっているべきなのにいまだ法整備が整わないことを遺憾に思っている。」

アルーノ・ユニオンはアルーノ大陸の国々が27か国加盟する経済的・政治的な連合だ。太陽国は広大なシノ大陸に含まれる島国でシノ大陸随一の経済規模を持つ国家だ。どちらもサルニア帝国と肩を並べる国力を持っている。

新薬を開発する製薬会社が本拠地を置いているのはアルーノ・ユニオンの中でも経済規模の大きい5か国と太陽国のみだ。それに来年、マクレガー製薬が加わる。

しかし、父はもうサルニア帝国に見切りをつけようとしていて、現在は新薬の製造販売をする新会社の本拠地を選定中なのだ。

「このまま、ジェネリックと新薬の会社を分けて持ち株会社を持つと買収が起きた時のリスクが高まるだろう?」

私は頷いた。そこはマクレガー製薬で現在懸念されている項目の一つだ。持株会社を買収されると子会社となっている会社全てを買収先に買われることになる。


マクレガーの製薬業は父が12歳で創業してから38年間、ジェネリック薬の製薬会社だった。ジェネリックはパテント(特許)が切れた先発薬の化学式が記載されたドラッグマスターファイルを世界食品医薬品局という国際組織から入手して開発・製造をする。基礎研究が大幅に省略される分、安価に薬を提供できる。現在のマクレガー製薬では鎮痛剤、抗生物質、胃腸薬、気管支拡張剤、うがい薬そして手術で使う麻酔薬が主力製品だ。

15年前に世界中でコレラが発生し、抗生物質が飛ぶように売れたのを機にマクレガー製薬は大成長した。父は儲けたお金で借金の繰上げ返済ではなく新薬と医療機関の開発に投資した。

サルニア帝国で初めて新薬の開発に着手したのは姉が生まれた26年前からだ。今までの多額のお金と長い時間の投資がやっと報われるのだ。

新薬の開発はどんなに早くても成分の探索から市販するまでに10年はかかる。プロダクトによっては20年以上の開発期間を要すものもある。

マクレガーの新薬は現在の治験のフェーズから考えると今年の夏頃から順次リリースされていく。

いくつかドル箱になりそうな薬があるのだが、サルニア帝国の食品医薬品庁にも届け出をだしているので王家はマクレガーの価値に目をつけたのかもしれない。

今のところ、現金も不動産も資源も特出したところがないマクレガー家を軽く見ている貴族が多いが知的財産権の重要性に気づいている人は注視している。

「新薬が発売されたら有象無象が寄ってくるのは予想していましたが・・・。」

り寄ってきて甘い汁を吸おうとするだけなら介入しない。でも、丸ごと乗っ取られるような事態になる可能性もある。」

ふむ、そんな事件が過去にありましたね。

「それに、アルーノ・ユニオンや太陽国より法整備が劣っているなんて世界有数の大国としてありえないだろう?2年以内にかならず法は改定する。」

「スイフィル局長が2年と言っていたのは法整備までの期間だったのですね。その間、保護していただけるのですか?でも、なぜ私だけ皇城なのですか?」

「長女レイア殿は既婚し独立、長男オリバー殿は次期当主、次男ハミル殿はアマニール次期侯爵。だけど君の将来はフワッと浮いた状態だろう。」

確かに私だけ行き先がはっきりと決まっていない。乗っ取りするなら私との婚姻を狙うだろうということか。父が引退したら兄に領地経営をまかせて、製薬会社の社長を私にして傀儡かいらいにすればマクレガー製薬に手を出すことができる。

「信用できる人と結婚すれば・・・」

そこまで言いかけて口を噤んだ。私は望めばすぐにでも次期ワイマール公爵夫人になれる。シオンが私と婚姻したがっているのは社交界の人であれば殆どが知っている。レオンハルト殿下とシオンは仲が悪いので、不用意に名前を出すことを躊躇ためらった。

(よし、話を変えよう。)

「わたくしが心配することではないのですが、殿下の妃が決まっていない状態で皇城に、しかも皇太子の住居であるアークトゥルス宮にわたくしが住むのは問題ないのですか?」

「大丈夫だ。君を留める名分はちょっと無理があるが、私は男色だということが噂になっているはずだから君を住まわせても私たちに何かがあるとは思われない。」

なるほど。ちょっと言い訳に無理があるのは自覚があるのね。

今使用していない宮を国税で私のために用意してもらうわけにはいかないし、両陛下や側妃様の宮に行けば別の勘繰りが入るかもしれない。

「念のために聞いてみるけど・・・きさきになってみる気は?」

いやいやいや、そりゃあんた嫌に決まっているでしょう・・・なんて言えるわけ無い。

私は同性愛者に対して偏見を持っていないけれど、夫が同性愛者で自分がフェイクになるのは嫌だ。

国の女性の頂点に立つ代償は、夫が私の元に返ってくることも無く1人寂しく暮らす日々、子供は人工授精で授かって周りの人からは憐憫れんびんの目で見られる生活、自由に出歩くこともできない不自由な身。

いやー、無理無理ムリック。

「・・・いえ、私には荷が勝ち過ぎて無理でしょう。その資格もございません。」

「いや、資格は十分にあるけど?」

「資格があるとしてもわたくしの一存では決められません。ただ、父とブルマン家の合意でしたらいなやはございません。」

第二身分なのだから私も家のために嫁がなくてはいけないならどのような相手でも拒むことはない。でも、今のマクレガー家は皇室との縁がなくても運営していける状態だから父はきっと断ってくれるはずだ。だって皇族になってしまったら娘に頻繁に会えなくなってしまう。お姉様が結婚する時の条件も月に5日以上帰省することだったし。

レオンハルト殿下は寂しそうに「そうか。」と答えた。この年まで婚約者が決まらない皇太子は珍しい。私は詳細を知らないけどやっぱりアダルベルト様のことがネックになっているのかな。

(女性に興味がなくても婚姻を渋られるのは悲しいよね。ごめんなさい。)

皇太子レオンハルト・ブルマン・サルニア様は先日23歳になった。16歳の頃から4人の妃候補がいたが未だに婚約に至っていない。最近は侍女も若い未婚の女性に変えられたらしい。

貴族の女子は王都で進学するなら家政女学院に進学して18歳で卒業するのが一般的だ。

レオンハルト殿下の侍女は18〜22歳の伯爵家以下の貴族令嬢8人が入宮したそうだ。


「ねぇ、今日からファーストネームで呼んでもいい?俺の信を得ている部下たちはファーストネームで呼んで無言のカテゴリー分けをしているんだ。あ、でも敢えて間諜をファーストネームで呼んで油断させている場合もあるから、ファーストネームで呼ばれているから必ず味方というわけではないことは覚えておいてね。」

ひぇぇ、間諜って本当に存在するのね。小説やテレビドラマの中の出来事みたい。


「あの!一つ確認していいですか?」

「どうぞ」

「レオンハルト殿下の手伝ってほしいことって、コンプライアンス上で問題ありませんよね?」

「えーと・・・グレー。」

「えぇぇ!いや、そこが一番大事じゃ無いですか?」

マクレガー家に破格の条件な理由はそこだな。

「テオナード殿・・・マクレガー子爵はリリーシアが了承すればOKだそうだ。」

お父様が了承しているなら致し方ない。確かにどのみち国と交渉しなくてはいけなかったのだろうし、守ると宣言してくれているのだからここは提案に乗る方が良いのだと思う。

「わかりました。しばらくの間、お世話になります。」

殿下は意外そうな顔をする。もっと根掘り葉掘り聞いてくると思ったのだろう。しかし、あえて聞かずに後々言った言わないの水掛け論に持ち込むことも考慮してこれ以上は深く突っ込まないでおこうと思う。

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