第6話 再会(2/4)

「失礼します。リリーシア・マクレガーです。」

ドアをノックしてそう告げると、「どうぞ」と聞こえたのでドアを開ける。中には進路指導のモーレサルム先生と壮年の人当たりの良さそうな上品な男性がいた。

「彼女がリリーシア・マクレガー君です。法学部の首席卒業が見込まれています。」

モーレサルム先生が壮年の男性にリリーシアを紹介した。

「初めまして。私はサシム・スイフィルです。宮内庁・内部部局の局長をしております。」

スイフィル局長がボウ・アンド・スクレープで挨拶をしてきたのでリリーシアは慌ててカーテシーで挨拶する。

「リリーシア・マクレガーと申します。」

スイフィル局長はリリーシアを見て微笑んで座るように促した。

「突然、宮内庁から人が来て驚いたことでしょう。実はマクレガーさんに宮内庁からオファーを出したいのです。」

「オファーですか?」

「はい。あなたには長官官房秘書課に入庁して欲しいのです。」

「お話は非常に光栄なのですが、私は国際弁護士を目指して、パリシナ国立法科大学院に進学予定なのです。修了したら家業を手伝う予定なので公務員になることは考えていません。」

サルニア帝大法学部主席であればスカウトされるのは不思議ではない。仕事は引く手あまたなので大学院に行くとしても先に粉をかけておきたいというのも分かる。しかし、正規の手続きではない方法で入庁すれば後から弱点になりうる。それに年若い女性が皇帝もしくは皇太子の秘書に割り当てられれば下世話な想像をする人達が必ず出てくる。


「進学をやめていただく必要はありません。パリシナの法科大学院に所属しながら、サルニアの法科大学院で取得可能な単位は国内で取得していただきたいのです。学校のない時間帯だけ秘書課で勤務していただければ構いません。」

「?」

「2年ほどでこちらで取れる単位は終わるでしょうから、その後は休職か退職してパリシナ国立法科大学院で残りの単位を取られるといいでしょう。」

悪くない話ではあるけど解せない。

国立大学の生徒の成績と個々の特性はレジュメにして人事院に報告される。生徒の情報開示は、無償で最高の教育を提供する対価なのだ。その上で、上級公務員として入庁希望する生徒は人事院が選抜する。レジュメの内容を見て選抜した結果で秋に人事院が面接するのが慣例なはず。進学予定者にはオファーをしないのが原則だった。しかし、今回は就職先の部署の局長が直接、リリーシアを面接しにきた。

(うまい話には何かしらのリスクがあるだろうしね。)

宮内庁が顔だけ良い帝大の女生徒を探しているという話を聞いたことがある。最近、アルーノ大陸の国で美人スポークスマンが話題になり注目されていて対抗馬を立てたいとか何とか。でも、広報官になるまでは相当時間がかかる。某国の美人スポークスマンだって40代後半の局長クラスの人だ。貴族女性でそんなに長く勤めに出ている人は滅多にいない。


「それはお断りすることも可能でしょうか。」

「マクレガー君!」

モーレサルム先生は慌てていたが、私がパリシナ王国立法科大学院に行きたい理由は単に箔をつけたいからというわけではない。最たる目的は人脈作り。そして人脈は顔を合わせたほうが圧倒的に作りやすいのは言わずもがなだ。なので断ることができるなら断ろうと思う。

スイフィル局長は笑顔を崩さなかった。

「もちろん、お断りいただくことは可能です。」

「それでは・・・」

「しかし、お受けいただければ現在、マクレガー製薬が受けてる動物保護団体からの妨害行為の仲裁に入ろうかと思っています。」

被せ気味に局長は父が頭を悩ませている事柄の一つを話題に挙げてきた。対他国・対消費者・対慈善団体・・・製薬会社は折衝せっしょうが多い。現段階ではサルニア帝国にはジェネリック医薬品を作る会社しかない。ジェネリック医薬品は試験を大幅に削っていて、新薬で行う非臨床試験(動物実験)とそれに伴うCMC(原薬・製造の品質管理)のプロセスを行わない。臨床試験(治験)とそれに伴うCMCプロセスを行うのだ。

人権も動物の権利も国際最高基準なこの国において、動物実験を悪と考える人は結構存在する。

健康な人は新薬開発に対する意義に理解が無く、法整備も整いきっていないこの国で、新薬を作る製薬会社を守れる法務担当者を見つけるのがパリシナ国に行く理由だ。

職務経歴書だけでは確認しきれない本人の資質や志を知りたいのだ。

「さらに、全ての帝国立病院で治験の協力を全面的にしましょう。少なくとも帝国立病院では製薬の臨床担当者が医師の顔色を伺わなくて済むようになりますよ。」

サルニア帝国立病院は最先端の治療を施す総合病院で、医師たちも専門的な精鋭がそろっているので難病も含めたいろいろな疾患を抱えた人達が集まってくる。特に難病の人たちは新薬を心待ちにしているから帝国立病院と連携できるのはありがたい。

わが国では太陽国やアルーノ・ユニオンのような国民皆保険ではないので比較的治験協力者は見つけやすいのだけれど、それでも治験への協力依頼で臨床開発の担当者は病院の医師に頭を下げて回っているのだ。

「あと、お姉様夫妻が経営しているスタテン総合病院を民営帝国認定院に変更することも検討しています。」

「・・・ずいぶんと私の家に益がある話ですが、その代わりに何を求められるのですか?。」 

「それはですね、」                                そこまでスイフィル局長が言ったところで、ドアが開いた。

「マクレガー家と君を保護したい。」

「っ!!!」

久しぶりに聞く美声に思わず声を出してしまいそうになった。

まずい、ここで声を出したら非常識だと学長達に評価されてしまう。

「それに、サルニア帝国次期皇帝として私は欲しいものがあるのだが、君にはそれを手に入れるのを手伝って欲しい。」

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