第4話 銀色の公子

*** Zion, Weimar /*

サーベル同士が当たる金属音が鳴りやみ、相手の防具へサーベルの先端が触れてポイントをとった合図が鳴った。

「アルト。」

主審が止めて主審と副審二人が白旗を上げる。俺の優勝が確定した。

「サリュー」

対戦相手と審判に礼をした。会場からは割れるような声援が聞こえる。防具のマスクと帽子を取ると女性たちの黄色い声援が強くなる。会場全体に軽く手を挙げて挨拶して、彼女に手を振る。優勝トロフィーと花束を受け取ってから、俺の勝利に感動しているシアが観覧している席の前まで急いで向かう。


「すごいな。ワイマール公子はこれでフルーレ、エペ、サーブルのフェンシング三冠じゃないか。サルニア帝国大学でも経営学部の主席だろう?まさに文武両道だな。」

「眉目秀麗で帝国一の公爵家の次期当主で、これだけ欠点がないと怖いくらいだな。」

「あのすごく綺麗な子が恋人かな?美男美女だね。」

俺はシアからのお祝いの言葉に破顔する。新聞社の取材を受けて写真を撮ってもらった後、花束に口づけしてからリリーシア・マクレガーに渡した。


ワイマール公爵家。

かつてリズモンド大陸には無数の小部族がいた。部族を取りまとめ徐々に大きくなったブルマン家とワイマール家は5年にわたる覇権争いの末に和解しサルニア国を建国した。盾と王冠と百合を紋章にするブルマン家を王家とし、剣と蔦バラを紋章とするワイマール家は王家と対等な公爵家となった。広大なサルニア帝国の10分の1を占める北部の領土ワイマール領は多くの鉱物資源に恵まれてとても豊かだった。それに加え、先代公爵が始めたコンピューター産業が大成功しワイマール家は世界で5本の指に入る資産家になった。

ワイマール家は不動産こそ皇家に敵わないものの動産は皇家を遥かにしのぐほどあり、その気になれば独立国家になれるほどの規模の家門だ。

ワイマール公爵家の嫡男であるシオン・ワイマールは美しい剣を連想させる煌めくアッシュシルバーの髪と切長の目に人を惹きつけるアイスブルーの瞳を持つ美丈夫だ。北部の出身故に身長が高く、剣術で鍛えた体は程よく引き締まっている。文武両道で最難関の最高学府であるサルニア帝国立大学経営学部に通いつつ、全ての武術大会も全国でベスト4に入った。特に剣術が得意でフェンシングは3冠を達成した。


完全無欠なシオンは国内外の若い貴族令息・令嬢の憧れの的だ。国母として清廉に公平に公人として振る舞わなくてはいけない皇太子妃よりも次期ワイマール公爵夫人に憧れる令嬢のほうが圧倒的に多い。

そんなシオンには心に決めた女性がいる。11歳の時に皇女の誕生日を祝う茶会で初めて会った大学の同期生。輝く稲穂のような金髪、陶磁器のような美しく滑らかな肌と紅茶色の瞳を持った宗教画から出てきたような美しい女性だ。帝国で最も聡明な佳人であるのに謙虚で温厚な彼女は、幸いなことに公爵夫妻が求める公子の伴侶に条件が合致していた。

彼女はワイマール公爵夫人の求める血統と家門の潔白さを満たしている。母親同士が大学の先輩後輩で仲が良く、母はシアを本当の娘のように可愛がっている。父である公爵は帝国内で強くなりすぎたワイマールを助長させない政治にあまり興味がない家門からの輿入れを望んでいた。

彼女の父は名門アマニール侯爵家の出身で母も歴史あるチェスター侯爵家の出身だった。家業は大陸で唯一、新薬開発を行う製薬会社で将来有望。当主である子爵は優秀な研究者兼経営者ではあるが欲があまりないようで政界ではさっぱり目立たない。次期当主オリバー殿も同様であった。次男のハミル殿は戦略を立てたり人脈を作って人と折衝せっしょうするのが得意で、政治的な立ち回りは彼の役目と思われていたが本家のアマニール家に養子で取られてしまった。彼女はシオンの妻として問題がない。問題がない令嬢にたまたま恋慕したのは僥倖ぎょうこうであるとシオンは考える。

たまたま恋い焦がれた人が第三身分だったりしたら叶わぬ恋になっていただろうから。


ただ、自分が焦がれているのと同じくらい彼女がシオンを慕っていないのは残念なところだ。彼女と出会ってからもう9年が経った。毎日会っているし、仲良くしてはいるもののイマイチ彼女との関係が進展しないのでシオンは周りを固めて攻めることにした。先日、皇后様主催の茶会で二人の仲をアピールをしたことでシオン・ワイマールとリリーシア・マクレガーは婚約間近だと噂されるようになっていた。

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