パーマ日和
川谷パルテノン
十八回目
海辺で葡萄とイチジクの交尾を眺めていた。葡萄はしきりに腰を振るがイチジクはどうやら不感症で全然感じていない。葡萄の焦りが砂地を伝わって僕の額に汗が流れた。葡萄を応援する義理はないが、そもそも交尾を応援してなんになるのかはわからないが僕自身もいつしかイチジクをイかせたいとそう思うに至った。しかし葡萄はそのまま果てた。命も果てた。イチジクは動かなくなった葡萄を見下ろし唾を吐きかけると海の向こうへと泳いでいった。こんな酷いことがあるのかと僕は悲しくなった。事後の砂浜に歩をすすめ、死後の葡萄に駆け寄った。無論死んでいる。僕は葡萄を埋める為に砂を掘って穿つを拵えた。少しずつ、優しく砂をかけて葡萄を弔いながら埋めた。埋めた場所に指先でビッグ・ザ・葡萄と書いた。葡萄の漢字を思い出せず萄のほうはクチャクチャっと書いた。ところが二秒で波に攫われて跡形もなく消えた。葡萄はもう消えた。
しばらくその場にさんかく座りで待機した。もしかしたら弔問に訪れる人がいるかもしれないと。だが来なかった。弔問は来なかったがシャチが打ち上がった。打ち上がったシャチに近づいて目のような白い模様のところをタッチした。ヌメヌメしていた。シャチは浜辺でぐったりしている。元気ですかー!と問うた。返事はない。僕はシャチを海に戻してやらねばと必死でその身体を押し込んだ。うんとこしょ、どっこいしょ、それでも株は大暴落をし続けて地価がマイナス数億円の不良債権になってしまった。西の空に浮かぶ一番星がシャチに向かって「ユセイストップアンナセイゴーゥゴーゥゴーゥ」と唸る。それどころじゃないだろ!と僕は一番星に石を投げつけた。まあ届かない。石は放物線を描いてその先に居たガゼルに直撃した。僕は気絶したガゼルを引きずってシャチの口元に持ってきた。
「トムソンをお食べ」
きっとこれでシャチは元気を取り戻すはず。僕はそう思った。ところがシャチはガゼルに甘いキスをした。チカラを振り絞って甘いキスだけをしたのだ。シャチは事切れた。ガゼルは波が持っていった。僕は大変なことをしてしまったと思った。二兎追うものはシャチもガゼルも失った。ウサギなんて最初からいなかったのに。僕はせめてもの償いにシャチを埋めることにした。砂を掘って穿つを作る。さっきの葡萄が出てきたので出来るだけ遠くに投げ捨てた。シャチが入る穴となれば大変だ。東京ドーム三個分といったところか。レタス一個分の食物繊維といったところか。なんだっていいはやく弔ってやりたい。僕は必死のパッチになりながら必死のパッチとは何かという自問に苦しんだ。それから三年と十一日が過ぎた。シャチの墓穴を掘るためにシャチの肉で飢えを凌いだのだ。しかしまだ助けは来ない。この三年で二十一回、ヘリが上空を掠めた。だがどれも僕の存在には気づかなかった。逆にヘリに気づいてやらないぞと思った十八回目の上空掠めを後悔していないと言えば嘘になる。とはいえ何者にもなれなかった僕は今日ついにシャチの墓穴を掘り終えた。納骨。今日はいい日だ。パーマでもあてたい、そんな日だ。
パーマ日和 川谷パルテノン @pefnk
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