第31話
「スゴい降りになってきちゃったね……」
滝のように降り注ぐ雨を縁側から見やったあたしは、溜め息混じりに鉛色の空を仰いだ。そんなあたしの隣で喜多川くんも困ったように頷いて、勢いを増すばかりの雨を眺めやる。
午後になって降り始めた雨は次第にその激しさを増し、白い筋状の線を描いて地面を打ちつけながら、庭に大きな水溜まりを作っていた。
現在の時刻は午後三時半を回っていて、そろそろ最寄りのバス停から駅に向かわないとまずい時刻なのに、傘も役に立たないレベルの降り方だ。
これじゃあ外へ出た瞬間にずぶ濡れになっちゃう……せめてもう少し小降りになってくれたらいいのに~。
「駅までタクシーを呼びましょうか」
外の様子を見ていたおばあちゃんがそう言ってくれて、もうそれしかないとお願いしようとしたその時、居間でテレビを見ていたおじいちゃんが声を上げた。
「おおい、電車が止まっとるぞ!」
えっ!?
驚いて居間に駆けつけると、この大雨で川が急激に増水した影響で、あたし達が利用する予定の電車が運休になったとニュースで報じているところだった。
―――は!? マジで!?
運転の再開は未定、とテロップが流れていて、あたしは思わず喜多川くんと顔を見合わせた。
―――ウソ、これじゃ帰れないじゃん!!
今日は土曜日だから明日学校に行けなくて困るってことはないけれど、それにしたって……! 喜多川くんにも迷惑がかかっちゃうし、色々想定外過ぎて困る。
こんなに雨が降る予報なんてなかったのにー!
突然のことに頭をぐるぐるさせていると、ニュースを見ていたおじいちゃんが長い溜め息をつきながら言った。
「こりゃーどうしようもないなぁ……電車が動かんのじゃ身動き取れんし、今日は二人ともここに泊まっていきなさい。家にはこっちから連絡しておくから。なぁ、ばあちゃん?」
「ええ、ひどい天気だし、電車が止まっているんじゃ帰りようがないものねぇ……二人ともそうなさい。喜多川くん、お宅の番号を教えてもらえる? 親御さんへ連絡させてもらうから」
「えっ―――で、でも、こんな突然、ご迷惑じゃ」
まさかの展開に戸惑いを隠せない喜多川くんに、おばあちゃんはにっこり微笑んだ。
「全然迷惑なんかじゃないわよ、わたし達としてはむしろサプライズ。普段はおじいちゃんと二人だけで静かだから、たまには賑やかな方が嬉しいわ。事前の準備なしであまりお構い出来ないかもしれないけれど、ぜひそうしてちょうだい。部屋も余っているから大丈夫よ」
おおお、目の前でどんどん話が進んでいく!
喜多川くんと堂々とお泊まり出来るなんて、正直何のご褒美!? ってくらい嬉しいんだけど、いかんせん展開が急過ぎる。お泊まりイベントなんて、しっかりガッチリ万端の準備を整えてから臨みたい重大イベントなのに~!
完全に日帰りのつもりだったから、着替えもメイクセットも何も準備してきてないし!
この状態で初めてのお泊まり、複雑すぎる……!
あたしがそんな葛藤をしている間に、おばあちゃんに促された喜多川くんはスマホで親へ連絡して手短に事情を説明すると、その後おばあちゃんに電話を替わってもらっていた。
電話の相手はどうやらお母さんだったみたいだけど、今日は友達と出掛けてくるとしか伝えていなかったらしく、突然息子から同じクラスの女子と、しかも県外にある相手の祖父母の家に遊びに来ていて、その上今日はそこに泊まるという話を聞かされたお母さんは、絶句する勢いだったらしい。
あ―――……まあね、そらそうなるよね……。
これは喜多川くん、帰ったら色々追及されちゃいそうだなぁ……いらない気苦労をかけてしまって、本っっ当~に申し訳ない。
それでなくてもこれまで何度も夜遅くまで付き合わせちゃったりしているし、これで喜多川くんのご両親のあたしに対する心証が悪くならないといいなぁ……。祈ることしか出来ないけど、これについては切実に祈っておきたい。
うちの親にも連絡して事情を説明すると、お母さんから「あんた、くれぐれも喜多川くんにこれ以上の迷惑をかけないようにね!」と念を押されてしまった。あたしの信頼感のなさ、半端ない。
「家の人、怒ってなかった? 大丈夫だった?」
今夜泊まらせてもらうことになった客間へ喜多川くんを案内しながら尋ねると、喜多川くんはちょっと苦笑気味に眉を垂らした。
「うん、怒ってはいなかったけど……色々想定外過ぎて、聞かされる状況に頭が追いついていなかったっていう感じかな。友達と出掛けてくるとしか言っていなかったから、親もまさかクラスの女子と県外にいるとは思わなかっただろうし。それもその子の祖父母の家に……」
「あー……確かになかなかない状況ではあるよね」
友達のおじいちゃんおばあちゃんちに行くことなんて、そうそうあることじゃないもんなぁ。あたし自身、そんな経験ないし。
「喜多川くんが家の人に説明するのに困るようなら、あたし、今度説明しに行こうか? あたしに頼まれて付き添っただけだって」
「いや、大丈夫だよ。やましいことがあるわけじゃないし、おばあさんからうちの親に話も通してもらったし、こうなったのは不慮の事情だから。そこは気にしないで」
「そう? もし困ったことになったら言ってね」
何ならちょっと、喜多川くんちにも行ってみたかったんだけどな。
そんな下心をちょっぴり抱きながら、あたしは客間の障子戸を開けた。
「ここだよ。布団は後でおばあちゃんが持ってきてくれるって」
畳の匂いが落ち着く六畳の和室だ。隣の部屋とはふすま続きになっていて、あたしはこっちの部屋で寝ることになっている。
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