第30話
ノラオがおじいちゃんのお兄さんだったと判明した事実を踏まえて、あたしはおじいちゃん達にこれまでの大まかな経緯と事情を改めて説明した。
ノラオの恋愛事情は伏せて、喜多川くんに似た「エージ」という友人に会えなかったことが心残りで彼が成仏出来ずにいること、あたし達はその「エージ」を探し出してノラオと会わせることで、彼の中にひとつの区切りをつけて成仏してほしいと考えていることなんかを明かした。
話を聞き終わったおじいちゃん達は現実離れした内容に呆然としながら、でも尋常でないあたし達の様子と、所々符合する事実にそれを真実だと認めざるを得ない様子で、悩ましげな吐息をついた。
「……確かに兄ちゃんが最後に住んどったアパートは、
無念そうな表情で、おじいちゃんはそう語った。
おじいちゃんから教えてもらったノラオの本名は、
おばあちゃんの実家、岩本家へ婿入りしたおじいちゃんとは苗字が違っていた。だから、「
おじいちゃんの兄であるノラオはつまり、あたしの大伯父にあたることになる。
全く実感はわかないけれど、喜多川くんの推測通りあたしとノラオには血縁関係があったということだ。
「その……武尊、さんは―――あたしの大伯父さんは、おじいちゃんだけじゃなくて他の誰にも助けを求めなかったの? 実の両親、にも―――」
「ああ……兄ちゃんは昔から、親父と折り合いが悪くてなぁ―――顔を見ればぶつかり合って、ケンカばかりで……この頃には勘当同然に家を出ていて、実家とはほぼ縁を切った状態だったんだ。親父達は多分、当時の兄ちゃんがどこに住んどったのか、連絡先すら知らんかったと思う」
「そんな……」
あたしは集合写真のおじいちゃんの隣に映るひいおじいちゃんとおぼしき人物に目を落とした。
直接会ったことはないけれど、その顔には見覚えがある。夢の中でノラオを厳しく叱責していた人物だ―――雰囲気がどことなく、あたしのお父さんに似ている。
「二人はどうして、そこまで険悪な関係になっちゃったの……?」
「うーん……オレから見れば、当時の風潮と、親父の方に問題があったんだろうと思うがなぁ……。兄ちゃんはほれ、オレと違って髪も瞳の色も色素が薄くて、茶色っぽくて……地毛なのに染料で染めたような色合いだろう? 顔もお袋似で、線が細くて整っててなぁ……」
ノラオのあの毛色は、自前なんだ。言われてみれば確かに瞳の色も茶色がかっている。
深く考えたことがなかったけど、あたしもノラオをひと目見た時から、髪を染めているんだと漠然と思い込んでいた。
「うちは親父もお袋も黒髪で、他の兄弟も兄ちゃん以外はみんなそうだったから、親父は当初、お袋の不貞を疑ったこともあったみたいでなぁ―――オレが物心ついた頃には、親父の兄ちゃんへの風当たりは強かった。今にして思えば何てことはない遺伝の関係だったんだろうと思うんだがなぁ……陽葵の髪も兄ちゃんほどじゃないが、栗色で明るいしなぁ」
確かに、あたしの髪色も人に比べて明るい方だと思う。髪が真っ黒な子に、カラー入れてるみたいでいいなぁって羨ましがられたことが何度かある。
「親父は良くも悪くも昔の日本男児だったから、兄ちゃんの容姿をからかってくるような奴になめられてたまるかって部分もあったんだろうと思う。長男だからって余計に厳しくしつけている部分もあったろうし、口を開けば何かにつけて男らしくあれ、って言ってたなぁ。心も身体も強くならなきゃいかんって、兄弟みんな柔道やら剣道やらに通わせられたし、家ん中では親父の意にそぐわんものは認められなくて、兄ちゃんはそれを嫌がっていた。男としての在り方や生き方を押し付ける親父に反発するみてぇに、わざと軟派なことや、ヤンチャをやったりしてなぁ。大学を卒業した後は、大きいところで手堅い職に就くことを望んでいた親父に当て付けるみてぇに、小さなデザイン会社に就職してデザイナーをやるって言い捨てて、親父とひでぇ大ゲンカになってそのままドロンだ。親父はもう怒り心頭で、二度と家の敷居はまたがせんって騒ぎよるし、あん時はほんに火消しが大変だった……」
おじいちゃんはどこか懐かしむような表情で苦笑いして、でもな、と続けた。
「兄ちゃんには伝わらんかったんだろうけど、親父は親父で、何だかんだ兄ちゃんのことを気にかけていたとじいちゃんは思うんだよ。しょうもないくらい不器用だったけどな。……でなかったら、あんなふうにこっそり泣かんと思うし―――オレも親になってから分かったけどな、手塩にかけて育てた子どもに先立たれるなんて、あれほど不幸なことはないぞ……」
ノラオは沈黙していたけれど、愛情を持っていたのにすれ違ったまま失われてしまった関係があるのだとしたら、それはとても悲しいことだと思った。
「―――あの」
しんみりとした空気の中、喜多川くんが控え目な声を上げて発言を求めた。
「話を戻して申し訳ないんですが……武尊さんが亡くなっているのを最初に発見したのは、どなたになるんでしょうか? ご家族と疎遠になっていたなら、アパートの管理人の方とか……?」
おじいちゃんは記憶を思い起こすように顎をなでながら言った。
「ああ、それは確か……兄ちゃんと連絡が取れんって、兄ちゃんの友達がアパートの管理人さんのとこへ行って、その二人が合鍵を使って部屋へ入って、それで冷たくなっとる兄ちゃんを発見したって聞いたな……」
「その友人の方の名前って分かりますか? その人がエージって名前だったかどうか……」
! そうか、確かにその可能性あるよね!
「いや、ちょっと名前までは覚えとらんな……確か葬式に来てくれたとは記憶しとるが、顔も名前も思い出せん」
「喜多川くんに似ていたかどうかも分からない?」
そう問うと、改めて喜多川くんの顔を見たおじいちゃんは首を振った。
「いや、悪いが分からん。ばあちゃん、分かるか?」
「いやー……わたしもちょっと、記憶が確かじゃないわねぇ。お役に立てなくてごめんなさいね、
「ううん、ずいぶん昔のことだもん。仕方がないよ」
幼い頃からの友人ならまだしも、何十年も前にお葬式で見ただけの兄弟の大学時代の友人の顔や名前なんて、普通は覚えていないよね。
そう思いながらも肩を落としてしまうあたしに、おじいちゃんが言った。
「けどその人は確か、葬式だけでなく法要にも何度か来てくれとったはずだから、もしかしたら実家の方に名簿が残っているかもしれん。何なら実家にいる姉ちゃんに聞いてみようか?」
「! お願い出来る!?」
「ああ、いいよ。他でもない孫と―――兄ちゃんの為だ。だが、期待はせんでくれよ」
「うん! ありがとう、おじいちゃん!」
ダメ元でも、何でもいい。わずかでも、エージの手掛かりに繋がる可能性があるのなら。
「……兄ちゃんはその、本当に今もそこに―――
神妙な面持ちでそう尋ねてくるおじいちゃんにあたしが小さく頷くと、その瞳の奥が揺れた。
「……! なら、兄ちゃんと話すことは、出来るんか? オレの声は、兄ちゃんに届いとるんか?」
「おじいちゃんの声は聞こえているし、姿も見えているはずだよ。……ただ、今は自分の名前やおじいちゃんのこと、急に色々思い出したことが多過ぎて、混乱しているみたいで……ちょっと、難しそう」
身体の深いところでざわざわと不規則に波立つようなノラオの感情の乱れを感じながらそう伝えると、おじいちゃんはぎゅうっとしわだらけの口元を引き結んだ。
「……っ。そうか……」
薄曇りだった空にはいつしか黒く厚い雲が垂れ込めていて、暗くなった空から、地上にポツポツと大粒の雨が降り始めていた。
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