第26話
あたしからそれを聞いた紬は大口開けて爆笑した。
「あっは、マジかよ! あいつあんな感じで頭いいんだー! やば、ウケる」
「記憶ないのにさー、そういうのは覚えてんだって。もう何ソレって感じ」
「まあソレ言ったら言葉だってそうじゃんね? 記憶ないけど喋れてるわけだし。思い出とかとは別モンなんでしょ。まあタダで
「でも超スパルタなんだよー、人の心をへし折る言い方してくるんだよー」
「あー……」
察する感じで頷いた紬は、なだめるようにあたしの背中をポンポン叩いた。
「まあまあ。それよか来週末、おじいちゃんちに喜多川と一緒に行けることになったんでしょ? 良かったじゃん」
そうなの!
昨日あれから喜多川くんのSNSにおじいちゃんちへのお誘いをドキドキしながら送ったら、今週末は用事があって無理だけど、来週末なら行けるって返事が来て、あたしはかなり舞い上がった。
喜多川くんと初めてのお出掛け! 楽しみ過ぎる!
さっそくおじいちゃんに連絡すると、その日は用事もないから来てもらって構わないって言ってもらえて、ソッコー折り返し喜多川くんに連絡して、来週末の約束を確定した。
あ~もう、それを考えると今から顔が緩む。
何着て行こうかなー、晴れるといいなー、早く来週末にならないかなー。
ぽわぽわしていると、渡り廊下からこんな声が聞こえてきた。
「蓮人くん、明日十時に駅前で待ち合わせだよ。覚えてる?」
「うん。覚えてるよ」
―――蓮人くん!?
渡り廊下に面した花壇付近にいたあたしと紬は同時に顔を見合わせて、思わず壁際へと身を寄せながら声の方を窺った。
同名の別人!? でもこの声は―――!
あたし達の目に映ったのは、段ボール箱をひとつずつ持った喜多川くんと長い黒髪の女子生徒が並んで廊下を歩いてくる光景だった。
背が高くスラリとした印象の彼女は、落ち着き過ぎない上品さを持った、あたしとは正反対のタイプの清楚な感じの子だ。
あの子は確か―――……。
記憶を探るあたしの隣で紬が言った。
「あれ、隣のクラスの
そうだ、阿久里さんだ。フルネームは確か、阿久里ちさ。
「ううん。同じ委員会なのかな?」
「あー、そう言われてみればそうだったかも。あの二人、もしかして付き合ってんのかな? 名前呼びだし、明日待ち合わせしてどっか行くみたいなこと言ってたし」
喜多川くんと阿久里さんが、付き合ってる―――?
「え……そうなのかな?」
あれ? 考えてみたらあたし、喜多川くんのことほとんど何も知らないな?
知ってることと言ったらご両親が共働きで、喜多川くんが一人っ子っていうことくらい……?
うわ、ちょっと待って。改めて考えてみるとあたし、喜多川くんの誕生日も血液型も趣味も食の好みも、好きな異性のタイプはおろか、彼女の有無すら知らない!
―――自分でもビックリするくらい情報持ってない!
今更ながらそこに気付いて呆然とするあたしを気遣ってくれたのか、紬が明るめの声をかけてきた。
「―――や、でもあの二人、多分付き合ってはないな。阿久里が頻繁にうちのクラスに来ることないし、喜多川もあっちのクラスにそんな行ったりしてないし、二人で一緒に帰るのも見たことない気がするし……むしろ陽葵が一緒に帰ってるのしか見たことないわ。あれじゃない、名前呼びなのは
あたし、喜多川くんがどこの中学だっかのかも知らないや……。
「喜多川面倒見良さそうだしさ、待ち合わせもきっとそういう類なんじゃない? 何か頼まれて、それに付き合ってあげる的な」
―――あたしがまさにそれだ!
その時、段ボール箱を運び終えたらしい二人が渡り廊下を戻ってきて、陰からこっそり様子を窺うあたし達の前を通り過ぎて―――行かなかった。
「蓮人くん」
阿久里さんが喜多川くんの名前を呼びながら足を止めて、何事かと振り返る彼の肩におもむろに手を伸ばした。
「髪の毛ついてる」
「え? ああ……ありがとう」
阿久里さんはにっこり微笑んで、「どういたしまして」なんて言いながらそのまま立ち話を始めた。
「蓮人くんて背が高いよね。身長いくつ?」
「あー……春に計った時は181ちょっと、だったかな」
「そうなんだぁ。あたし168」
「阿久里さんも背が高いよね。もしかしてクラスの女子の中では一番?」
あっ、苗字呼び! 何だー、みんなと一緒じゃん。
そんなことに何だかホッとする。
阿久里さんは小さく肩をすくめると、上目遣いに喜多川くんを見上げてしなを作った。
「そうなんだよー。巨人扱いされて嫌になっちゃう。だけど蓮人くんといる時は丁度いい女の子目線になれるから、何だか嬉しいんだ」
「ああ……身長差的に?」
「そう。前にテレビか何かで言っていたんだけどね、キスするのに丁度いい身長差が13センチなんだって。偶然だけど一緒だね」
―――は? 何、その話の振り方!?
「……そう、なんだ」
喜多川くんは言葉の返しに困ったような返答をして、少し戸惑ったように視線を泳がせた後、またゆっくりと歩き出した。それを追うように、笑顔を保ったままの阿久里さんもその場から離れていく。
その様子を見送っていた紬が眉を跳ね上げた。
「さっきは気付かなかったけど―――阿久里さ、あれ絶対ワザとだね。最初っからうちらがここにいるのに気付いて、わざわざ待ち合わせの話出したんだ。見た目に反してあざといヤツ! 肩に髪の毛がついてたってのも怪しいなー。あれ多分、ここで足を止めて話する為の口実だよ。いい性格してるじゃん」
つまり、阿久里さんはあたしに対してマウントを取っていたってこと―――?
ノラオのせいで広がった噂が彼女の耳にも入ってのことなんだろうけど、そういう行動を取るってことは、少なくとも彼女は喜多川くんに好意を持っていて、あたしをライバル視しているっていうことだよね。
ちゃんと確認したわけじゃないけど、今のやり取りを見た限りでは喜多川くんと阿久里さんは付き合っていないと思うし、この数日間あたしにかかりっきりで付き合ってくれている辺り、喜多川くんには多分今付き合っている人はいないんだと思う。
けれど、それはあくまで現時点での話だ。
喜多川くんの魅力に気付いているのはあたしだけじゃなくて、いいな、素敵だなって感じている子は他にもいるんだ。
いつか、その中の誰かが彼の特別になって、その隣にいることを想像した時―――スゴく、スゴーく嫌だなぁ、って思ってしまった。
同時に、ああ好きになっちゃってるんだなって理解した。
今までは喜多川くんにキュンキュンする度、ノラオのエージへの気持ちに引きずられてそうなってるんだと思ってたけど、これはもう完全に―――あたしの気持ちじゃんね。
あたし、喜多川くんのこと、もう好きになっちゃってるじゃん。
そう気付いた瞬間、阿久里さんへの負けん気がメラメラと燃え上がってきて、あたしは一人気を吐いた。
「ヤッバ、負けてらんない……!」
「そうそう、その意気! 負けるな、陽葵!」
紬が拳を握りしめて、あたしの背中を後押しする。
喜多川くんに惹かれているのは、あたしだけじゃないんだ……!
そうだよね! あんないい人、周りが放っておくわけないもんね!
喜多川くんへの恋心に覚醒し鼻息荒く意気込むあたしに、それまでだんまりを決め込んでいたノラオが愉快そうに煽ってきた。
『そうそう、あいつ無自覚たらしだし、タチ悪いよなー、何つーか、自分の持ってる魅力に気付いてないトコあるし、すれてなくて純情で、頼られると無下に出来ないし、悪く言えばつけ込まれやすいから、ああいう肉食系の女に対する防御力はゼロに近いと思うぞー。ボヤボヤしてるとレント兎はかっさらわれて、あっという間に食われちまうかもなー』
いやあぁぁぁ! ―――そっ、想像が出来過ぎる!
思わずその光景を思い浮かべてゾッとしたあたしは、紬とノラオにこう宣言した。
「あたし、絶対負けない! まずは誰よりもあたしが喜多川くんと仲良くなって、一番の喜多川フリークになる!」
「ん―――うん?」
「でもってあたしも名前呼びデビューする! ノラオも阿久里さんも名前呼びなのに、あたしだけ苗字呼びなんてずるい!」
「ええ……ソコなの……?」
「まずはだよ、まずは!」
そう強調するあたしに、紬とノラオが同時に突っ込んだ。
「最終的にあんたはどこを目指したいワケ?」
『お前の目指す着地点はどこなんだよ?』
「―――そっ、それはぁっ……! ここでは言えないっ! でも、お察しのとおり……だから」
最後の方は尻すぼみになってしまったあたしの肩を紬が抱いて、ニヤッと笑った。
「なら、頑張んなよー? あたしはあんたら何気に似合いだと思うし、応援するから」
『オレは特に応援はしねーけど、生温かく見守ってやるよ』
ノラオは鼻で軽く笑う感じだったけど、その口調にはどことなく温かみのようなものがあった。
―――よし! まずは情報収集、そして当面の目標は名前呼び!
誰よりも喜多川くんと仲良くなれるよう、全力で頑張るぞ!
喜多川くんへの想いを自覚したあたしはそう決意新たに、心の中で高々と拳を突き上げたのだった。
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