第25話
ノラオは本を選び終えた後、素直にあたしに身体を返してくれた。
そして図書館を後にしたあたし達はその足で電車に乗り、久々に明るいうちに家路につくことが出来たのだ。
先に電車から降りて、駅のホームから手を振って喜多川くんを見送るのは初めてで、新鮮だった。
「よし! おじいちゃんに電話するぞ!」
家についてすぐに、そう気合を入れたあたしは、さっそくスマホの通話開始ボタンを押した。
父方のおじいちゃんは県外に住んでいて、大きくなってからはお盆とお正月くらいしか会う機会がない。
久々のあたしからの連絡に、おじいちゃんは驚きながらも嬉しそうに応じてくれた。
「おおー、
「うん、元気元気ー。おじいちゃんも元気そうだね。ねっ、今話しても大丈夫?」
「おぅ、全然かまわんぞぉ」
あたしは以前お父さんに話したみたいに「最近同じ夢を見続けていて、毎回そこに二十代後半くらいの男の人が出てきて気になる」といった趣旨の話をして、それに関連付けておじいちゃんのお兄さんに関する情報を求めた。
「ほー不思議な話だなぁ。お前の言うその男の人の特徴は、確かにじいちゃんの兄ちゃんに似とるかもしらんなぁ」
「本当? ねぇ、おじいちゃんちにそのお兄さんの写真ってある?」
「うーん、どうだったかなぁ。じいちゃんはばあちゃんとこに婿入りしたから、昔の写真はあまり持って来とらんのよ」
あー、そういえばそうだったっけ……すっかり忘れていたけれど、確かにそうだ。おじいちゃんは岩本家に婿入りしたんだった。
「ああ……でも結婚式の時の写真があったな。兄ちゃんも出席してくれたから、みんなと一緒に写っとるはず……」
「! ホント!? あのさ、悪いんだけどそれ、スマホで撮って送ってくれないかな!?」
「スマホで撮って送るのかぁ? うーん……最近前のが壊れて新しいやつに買い換えたばかりで、操作の仕方がイマイチ……」
「そんなんそう大差ないから! あたしが教えてあげるからさ! ね!」
あたしは渋るおじいちゃんをなだめすかして電話で操作方法をレクチャーしたんだけど、これがなかなかに大変だった。
写真を撮るのはさほど苦もなく出来たんだけど、そこからが大変で、おじいちゃんも頑張ってやってくれたんだけど、えらい時間がかかった上、やっとこさ送られてきた写真はブレブレで、肝心なところが良く見えなかった。
もう一度頼んでみるものの、精も根も尽きたおじいちゃんは断固拒否。
大事な結婚式の写真を郵送してくれと言うわけにもいかず、「じゃあ今度写真見せてもらいに行っていい?」と尋ねると、不機嫌だったおじいちゃんは途端に上機嫌になって、「いつでも来なさい」と言ってくれた。
「……。ねぇおじいちゃん、その時さ、何なら友達連れて行ってもかまわないかな? その件でよく相談に乗ってもらってる人がいて……」
「おぅおぅ、陽葵の友達ならじいちゃんもばあちゃんも大歓迎だよ! 遠慮せんで連れてきなさい」
「うん! ありがとう。友達にも確認してまた連絡するね!」
―――喜多川くん、誘ったら一緒に行ってくれるかなぁ?
通話終了ボタンを押しながら、あたしはそんなことに思いを馳せた。
ちょっと遠出になるけれど、電車に乗れば片道二時間くらいだし、日帰りで行けない距離じゃないもんね。
喜多川くんとは学校帰りに制服で駅近辺にしか行ったことないし、休日に私服で一緒に出掛けてみたいなぁ……喜多川くんて私服、どんなんだろ?
爽やか系? それともキレイめ? 意外とワイルド系だったりして?
勝手に想像してニヤニヤしていると、そこにノラオが割って入ってきた。
『おいヒマリ、用事済んだんだろー? そろそろ代わってくれよ。オレ、借りてきた本読みてぇんだけど』
あ、そうだった。
あれ? でも喜多川くんいないのに……無理じゃない? どうすんの?
『ヒマリさぁ、昨日レントに抱き寄せられた時、どう思った?』
―――えっ!?
唐突にノラオにそう振られたあたしは、ボフン、と赤くなった。
きゅ、急に何っ……! あれはあんたのせいであたしが泣いてたから胸を貸してくれてただけでしょ!?
『まぁそうなんだけど。あいつさ、意外と着やせしてると思わねぇ?』
え?
『見た目文化部っぽいのに、けっこう引き締まったカラダしてるっつーかさ……くっついててそう感じなかったか?』
ええーっ!? そ、そんな余裕なかったし……!
そういうのよりは包み込んでくれてる胸の広さとか、温かさとか、安心出来る匂いとか……!
そんなことを思い出していたらあの時のリアルな感覚が甦ってきてしまい、どうにも心臓が落ち着かなくなった。
あの時、迷いながらかけてくれた言葉。ためらいがちに伸ばされた腕。控え目に提供してくれた、広い胸……。
喜多川くんも多分、かなりの勇気をもってあたしに接してくれたんじゃないのかなぁ……。
―――なんて乙女モードに入っていたら、ノラオにぐんっと意識を持っていかれた。
「はい、一丁上がり!」
あっ……あ―――っ!?
ちょ、あんた……! 何!?
こんな方法で入れ替われるんなら、図書館でのあれはいったい何だったワケ!?
「いや、せっかくレントがいるんだから本物にドキドキした方がいいだろ? オレなりの配慮」
ドヤ顔でバチコーン、とばかりにウインクしてくるその様にあたしが引くのが分かったんだろう、ノラオは口を尖らせながら
「ンだよ。つーか、あの場で妄想にふけってドキドキしろっつっても逆に無理だろー?」
まあ……それはそれであたしがヤバい人みたいだもんね。
あたしはひとつ溜め息をついて、ノラオに言った。
キリのいいとこで代わってよー? あたしも宿題とか、やらなきゃいけないことあるんだから。
「お、ちゃんと学生してんじゃん。りょーかい! 一冊読んだら代わっから」
言葉通りノラオは一冊読み終わったところであたしと交代してくれたんだけど、それをやってみて驚いたことがあった。
まるで睡眠学習でもしたみたいに、ノラオが読んだ本の内容が頭に入っている……!
『あーまあ、お前の身体使って読んでるわけだから、当然と言えば当然なのかもな? 脳は働いているわけだし』
そっかー! じゃあノラオに勉強してもらえれば自然とあたしが学習したことに……!
『……おい。こずるいこと考えてんじゃねーぞ』
あ、でもそもそもノラオが賢いとは限らないか。あまり頭良さげには見えないし。
『てめぇ失礼だな!? そういうてめぇはどうなんだよ!』
あ―――あたしはフツーだよ、フツー。
『ふーん……レントは頭良さげだけどな』
喜多川くんは実際頭いいらしいからねー。多分学年でも上位の方なんじゃないのかな。
『へーぇ。……。…………おい。お前、フツーじゃねぇだろ』
あたしの宿題の状況からノラオはそう看破した。
『授業風景からも薄々察してはいたけどな』
す、数学は苦手なの! あたしは文系なの!
『ふーん。それも怪しいなぁ。……おい、何でここにこの公式持ってくんだよ。ちげーだろ!』
あたしは遅ればせながら思い出した。ノラオがエージを大学時代の友達だと言っていたことを。
しまった! 普段の言動が子どもっぽ過ぎて忘れてたけど、こいつ、大卒者(推定)だった!
『これも何かの縁だ。頭良さげに見えないオレが、頭悪いお前に勉強を教えてやるよ。遠慮しなくていいぜー? でも感謝はしろよ』
うわぁ、大人げな! さっきの超根に持ってるじゃん!
『うるせ』
こうして、図らずも超スパルタな専属の家庭教師が爆誕することとなり、ここからあたしの学習レベルはちょっぴり上がっていくことになるのだった。
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