第12話

「いただきまーすっ」


 いつも通り家族でダイニングテーブルを囲んでの夕食が始まると、あたしの隣の席のお兄がニヤニヤしながら余計なことを言ってきた。


「なー陽葵ひま、さっきお前を送ってきたヤツ誰? 背ェ高くて真面目そうなヤツ」


 お父さんの箸がピタリと止まり、その隣でお母さんが「あらー」と興味深そうな視線をこっちに向けてくる。


「同じクラスの喜多川くん。暗くなったから送ってくれたの」

「へー。あいつ昨日もお前のこと送ってきてなかった? 何、付き合ってるワケじゃねぇの?」


 年頃の妹にこういうことを直球で聞いてくる専門学校生のお兄は、見た目がチャラい。


 あー、昨日も見られていたのかぁ。別に隠すようなことじゃないけど、喜多川くんの名誉の為にもここは誤解のないように言っておかないとな。


「誤解を招くみたいな言い方やめてよ、付き合ってないから。喜多川くんは気遣いの人で、お兄と違ってホンットいい人なの。マジ神がかってんの。見た目の通り真面目な人で、純粋な親切心から送ってくれただけなんだから、変な言い方しないでよね。喜多川くんはお兄みたいに下心を持って女子に近付いてくるタイプじゃないの!」


 あたしにズバリとぶった切られたお兄は、ちょっと引き気味になった。


「お、おお。てか、ちょ、お前ヒドくね? それ。お兄ちゃん泣くぞ」


 大袈裟に傷付いた素振りを見せるお兄をよそに、今度はお母さんが身を乗り出してきた。


「あら陽葵ひま、そんなにいい人なんだったら今のうちに捕まえておいた方がいいんじゃない? 真面目で気遣いも出来るなんて素敵じゃない。お友達なんだったら気軽に遊びに来てもらえばいいし、そうだ、今度また送ってもらう機会があったら、うちで一緒に夕飯食べていってもらったらどう?」


 えー? それは喜多川くん的にどうだろう? 


 最近話すようになったばかりのクラスメイトの家でいきなり家族と一緒に夕飯なんて、かなりハードル高いっていうか、気まずかったりするんじゃないかな?


 あたし的には別に構わないし、むしろ全然オッケーっていうか、逆にテンション上がるけど―――。


 そもそもうちらの関係って、友達って言っていいのかなぁ? あたしが一方的に面倒見てもらっているだけのような気もするし……。あたしはもう友達だと思ってるけど、喜多川くん的には微妙だったりするのかも……だとしたらちょっと寂しい。


 こういうのって、面と向かって確認するようなことでもないしなぁ……。


「まあその辺りは本人に聞いてみるよ。そういうの、気を遣って疲れちゃうタイプかもしれないから」


 そう返すと、お母さんはそうね、と頷いた。


「じゃあ気兼ねなく来れるようだったら誘ってみてちょうだい」

「うん」


 もし―――それでもし、喜多川くんが頷いてくれたりしたらどうしよう? ここで一緒に夕飯食べちゃったり、なんなら夕飯までの間、あたしの部屋で二人っきりで過ごしてみたり?


 それを想像したら何だか急に気持ちが落ち着かなくなってきて、ボフンと顔が熱くなった。


 っ、きゃー―――っっっ!


 なん、それ―――!


 え、ヤバー! 不思議な光景通り越して、特別感! 半端ないんだけど!


「キィーモ。なぁに一人でニヤけてんだよ……」


 もう、うっさいな!


 茶々を入れるお兄に軽く肘鉄をくれて、あたしは話題を変えることにした。


 さっきから箸の動きが止まっているお父さんに、聞こうと思っていた例の質問をする。


「ねえお父さん、うちの親戚関係でさ―――二十代後半とかで、若くして死んじゃった人っていない? 遠縁とか、何なら親戚じゃなくて、近しい関係の人とかでもいいんだけど」

「何だ、突然」

「や、何ていうか最近、夢見が悪いっていうか? 奇妙な夢を繰り返し見てて―――で、毎回その夢にそれくらいの年で死んじゃった男の人が出てくるからさ、何か意味があるんじゃないかって、ちょっと気になっちゃって。柔らかそうな茶色の猫っ毛の、人懐きの悪そうな顔をした野良猫みたいな印象の細身の男の人なんだけど」


 適当な理由をつけてノラオの特徴を伝えると、それを聞いたお兄がうげぇ、と顔をしかめた。


「何だよ、そのやっすいホラー小説みたいな話……あー、だからか。だからお前、昨日オレのとこに一緒に寝てくれって頼みに来たのか」

「やだ、だからお母さんのところへも来たのね。それならそうと言ってくれたら良かったのに」

「……。お父さんはそういったことを何も言われていないんだが……。何なら今日は、久し振りに一緒に寝るか?」

「ううん、いい」


 昨日はガチで怖かったけど、正体がノラオって分かった今は別にどうってことないし、それよか寝てる間にノラオが出てきて下手な騒ぎになった方が困る。


「ねえ、どうなの? そういう人っている? あとお母さんの方はどうかな? 何かそういう心当たりとかってある?」

「うーん……。お母さんの方は特にそういう人は思い当たらないかしらねぇ」

「そっかー。ねえ、お父さんは?」

「……。そうだな……確か、おじいちゃんのお兄さん―――お父さんにとっての伯父さんだな。その人がそのくらいの年齢で亡くなったと聞いた気がするが……」

「! マジ!?」


 あたしは思わず身を乗り出した。


「だが、お父さんが生まれた頃の話だからな……お父さん自身も会ったことはないし、詳しくは分からん」

「ねえ、その人ってもしかして、あたしの高校の近くのアパートに住んでいたりしなかったかな!?」

「おいおい何だよ、ちょっと具体的な話じゃねーか」


 お兄が薄気味悪そうに眉をひそめる。


「お父さんはその辺りのことは分からないよ、何しろ伯父さんの顔も覚えてないからね。おじいちゃんなら色々知ってることもあるだろうから、気になるなら聞いてみるといい。おじいちゃんの家になら伯父さんの写真もあるだろうし」

「そうだね! ありがとうお父さん!」


 あまり期待してなかったけど、思わぬ有力情報をゲットすることが出来た!


 チラッと壁掛け時計を見ると、時刻は午後八時を過ぎていた。


 この時間だとおじいちゃん、そろそろ寝る準備をしてるとこかもしれないなぁ。あまり遅い時間に電話するのも悪いし、今日は諦めて、明日学校から帰ってきたらソッコー電話してみよう。


 そんなことを思いながら、こうやって自分に関する話題が出ているにも関わらず、何故かずっと沈黙したままのノラオを不審に思って、あたしは内心で小首を傾げた。


 意外だな? 頭の中でうるさく色々言ってくるんじゃないかと思ったけど―――まあ、あたし的にはその方が精神衛生上問題なくて、全っ然いいんだけど。


 夕食が終わってからもノラオはずっとそんな調子で、お風呂やトイレの度にあたしが注意を呼び掛けても『あー』みたいな生返事を返すばかりで、ずっと上の空みたいだった。


 ? ま、いいんだけどさ……。


 ノラオがあたしに全く興味ないってことはよーく分かったし。


 パジャマに着替えてベッドにもぐり込んだあたしは、もしかしたらノラオに関する手掛かりが掴めるかもしれない、とテンション高めのメッセージを喜多川くんへ送りながら、昨夜からの寝不足もたたり、そのまま寝落ちしてしまったのだった。

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