第11話
そんなことを話し込んでいたらいつの間にか辺りはすっかり暗くなっていて、気遣いの人喜多川くんはこの日もあたしを家まで送り届けてくれた。
「じゃあ、明日また学校で」
「うん。今日も送ってくれてありがとう!」
ほんわかした気持ちになりながら、長身の彼の背中が見えなくなるまで見送っていると、突然頭の中に舌打ちみたいな音が響いた。
『チッ……』
! ノラオ!? 気付いたの!?
『だから何だよ、ノラオって……』
―――うわ!? 会話出来てる!?
『あーあー、何かそーみてーだなぁ』
やさぐれたノラオの声が直接頭の中に響くような、これまで経験したことのない奇妙な感覚に、ぶわーっと全身に鳥肌が立った。
ぎゃ―――っっっ! ちょ、なんっ、コレ、気持ち悪っっ!
自分の中に確かにノラオという異物が紛れ込んでいて、その声が頭の中に直接響いてくるというとんでもない異常事態に拒絶反応を示すあたしに、ノラオは耳を塞ぐ勢いで文句を言った。
『うわ、ウッセ! 叫ぶな!』
無理無理! 気持ち悪いんだもん! うるさいと思うならさっさと出ていってよ!
『はァ? イ~ヤ~で~すぅ~』
はっ……はあぁぁぁぁ!?
あたしは眉を跳ね上げて、わなわなと肩をわななかせた。
ちょっ、あんたっ、昼間っから薄々思っていたけど、喜多川くんの前とあたしの前とで態度違い過ぎない!?
頭の中でブチ切れていると、そんなあたしの背後から怪訝そうな声がかかった。
「
「おっ……お父さん!? お帰り!」
ひょっ、と肩をすくめたあたしは、取って付けた笑顔でお父さんを振り返ると、そそくさと玄関のドアを開けにかかった。
「何でもない! 今、家に入ろうとしていたところ」
「? そうか……」
「たっだいまー」
どこか不審げなお父さんの視線を背中に感じながら、あたしはさっさと靴を脱いで二階の自分の部屋へと上がり、こっそりと冷や汗を拭った。
あー、ビックリした! 声、漏れてなかったよね?
「
―――ちょっノラオ、あたし着替えるんだから、目も耳も塞いでてよ!? 今だけじゃなく、トイレもお風呂も全部だからね! 分かった!?
もし覗いたりしたら、絶っっ対許さないから!
心の中でそう強く念を押すと、不機嫌そうなノラオの声が返ってきた。
『は? 心配しなくても、お前みたいなちんちくりん覗かねーっつーの』
だ、誰がちんちくりん!? しっつれーなヤツ!
まぁあんたはゲイだし、女のあたしに興味はないんだろうけどさ!
『ゲイ……? ゲイって?』
ゲイという言葉にピンと来ていない様子のノラオに、あたしは何となく毒気を抜かれた。
……男性の同性愛者のこと。あんた、そうなんでしょ? エージのことが好きなんだし……。
『……へー。オレみたいなヤツのこと、今はそう言うんだ』
え? 昔は何て言われていたの?
『ホモって言われるのが普通だったな。あとカマとか』
ホモ、カマ……そっちの方があたしにはピンとこない表現だけど、男性の同性愛者を蔑称する言葉だっていうことは、何となく知っている。
『……そういえばお前、その辺の反応スゴいうっすいのな。オレが男を好きだって知ってビックリしねーの? 拒絶反応とかねーわけ?』
改めてそう問われたあたしは、全くビックリしなかったわけじゃないんだけどな、と思いながらこう答えた。
今は割とそういう多様性が認知されてきている時代なんだよ。同性愛を扱った映画もドラマも書籍も世の中に溢れているし、昔ほど隠されていることじゃないっていうか、そう珍しいことでも、驚くことでもないの。
『! そう、なのか!?』
ノラオがぐいっと前のめりになる気配が伝わってきて、食いつきスゴ! と思っていると、階下から再びあたしを促すお母さんの声が聞こえてきた。
「
「はいはーい! 今行く!」
とりあえずこの話はここでいったん打ち切りだな。ほらっ、着替えるんだから目も耳も閉じて塞いで!
『わぁーったよ……』
よし!
手早く部屋着に着替えて一階のダイニングへ下りていくと、あたし以外はもう全員そろっていて、お腹を空かせたお兄に文句を言われた。
「おっせーよ、
「ごめーん、おまたせ。おっ、今日は唐揚げだ。やった~」
あたしがお父さんの正面の自分の席に着くと、心なしかノラオの気が引けたように感じられて、あたしはそれに軽い違和感を覚えた。
……ん?
気のせい? まあいいか。
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