44、兎と少年

 旧アメリカ、かつてワシントンDCと呼ばれた地区の郊外こうがいにある集落にてある少年がくたびれた白衣はくいの大人とはなしていた。

「は?今なんて言ったんだ?」

 思わずといった風に少年はい返した。其処は集落に唯一存在している研究施設の一室だった。少年はその部屋で研究施設の所長しょちょうであるトバルカインと話していた。

 もちろん、トバルカインというのは偽名ぎめいだ。何でも旧文明の遺跡いせきから発掘された神話を記述した文書にそのがあったという。要するに、その名を自身の名として名乗っているという。

 要するに、神話の中の人物から勝手に名前を拝借はいしゃくしたという訳だ。

 閑話休題かんわきゅうだい……問い返した少年に、所長は面倒そうに言った。

「だからな、この近辺の草原地帯を住処すみかにしているうさぎの怪物。ヴォーパルと交渉して欲しいんだよ」

「いや、交渉こうしょうは良いんですが。その後何を言いました?言いやがりました?」

「ああ、だからとっとと兎の生贄いけにえになってこいと」

「オマエ、ふざけてんのか?」

 思わず口調があらっぽくなったのも仕方しかたがないだろう。というか、少年は全く悪くはない筈だ。

 例え、温厚おんこうで知られている少年でも笑顔が引きつっている。流石の少年もイラっときたのだろう。

 そもそも、どうして少年にそんなはなしが来たのだろうか?怪物の生贄いけにえになれという話自体全く意味が理解出来ない。流石の少年だって、その話には納得なっとくできないものがあるのだろう。

 だが、所長は至って本気ほんきらしい。至極面倒くさそうだったが、丁寧に話の概要をかいつまんで話してくれた。

「いや、まあお前が以前言っていただろう?今から大体百五十年くらい未来みらいの話だったっけか?その時代に世界を救う救世主えいゆうが出現するという預言を」

「予言じゃねえよ。あくまで未来予測みらいよそくだ。それにあくまでその可能性を持つ人物だってだけだし、正確には百五十年から二百年くらい未来さきだよ」

 そう、少年の異能はあくまでも高度な未来予測だ。あらゆる事象じしょうを計算式に入れる事により未来を高度に予測する事が出来る。ただそれだけの異能でしかない。

 しかし、その言葉に所長はく耳を持たない。

「いや、お前の予測は限りなく予言に近いものがある。実際に今まではずれた事は一度たりとも無かっただろう?」

「同時に未来はえられると証明したがな。所詮、その程度の未来よそくだよ」

「それはお前の予言があってこそさ。無ければその通りになっていたね」

 はぁっと少年はため息ともあきれとも取れない曖昧あいまいな返事をした。

「そこで、だ。将来現れる筈の救世主きゅうせいしゅの為に今出来る事をしようという訳だ」

「……それが、どうして僕が生贄になるという話に?」

「だから、その為の交渉だよ。お前に交渉役をまかせたいんだ」

 そう言って、所長は話してくれた。その話ははっきり言って少年が耳をうたがうような話だったけど。それでも少年はどこか納得なっとくしている自分も自覚した。

 自覚、してしまった。

「その兎の怪物、準王級ヴォーパルだが。最近ある異能ちからを保有している事が判明しただろう?」

「ああ、限定的な不滅ふめつの肉体でしたっけ?」

「そう、より正確せいかくに言えば完全に精神と同一化どういつかした肉体により精神力の続く限り無限に再生可能な肉体を持つ。そして、更に言えばその骨格と牙は生体金属せいたいきんぞくとも呼べるだろう物質構成を持っている事が最近判明している」

「生体、金属……?」

 聞きなれない言葉に、少年は首をかしげた。

「そう、生体金属だ。つまり、金属と細胞のハイブリッドだよ」

 つまり、意思の波により奇跡きせきを起こす異能の性質を利用して意思と同化した肉体を修復可能というのがヴォーパルの持つ力だ。再生能力さいせいのうりょくの究極だろう。

 そして、同時にヴォーパルの骨格と牙は生体細胞と金属のハイブリッドらしい。

 それにより、通常よりも強靭な肉体を保有し激しい駆動くどうすら可能とすると。

「つまり、それを利用しようと。そういう話デスか?」

「まあ、そうだな。その兎の怪物に兵器へいきを開発するための素材そざいになって貰おうという事さ」

「……えっと、つまりその兎のいのちを兵器開発の犠牲ぎせいにしようと?」

「端的に言えば、そういう事だな」

「……正気の沙汰さたじゃねえ」

「俺だってそう思っているよ。けど仕方しかたがねえんだよ。上層部は一切話を聞いちゃくれねえし」

 思わず、少年は絶句ぜっくしてしまった。全くもって正気の沙汰とは思えない。

 しかし、同時に納得もしてしまった。どうやら、その原因げんいんの一旦を少年自身が担ってしまっているらしい。そう、少年は軽く自責じせきの念を抱いた。

 つまり、その計画が上がった背景はいけいには少年の異能による未来予測が。更に言えば彼等の言う所による予言よげんが根本にあるらしい。少年が不本意に言った事が、上層部に火を付けてしまったようだ。

 僕が不本意に言わなければ。僕がきつけたから。

 そう、自責の念にとらわれた。

「……なら、責任せきにんは取らないとな」

「?」

「いや、良いです。分かりました」

 そう言って、少年はその場をあとにした。責任を果たす為に……

 ・・・ ・・・ ・・・

「レン!」

「シンシア?」

 研究室を出た少年に一人の少女がこえを掛けてきた。彼女の名前はシンシア、少年の幼馴染であり研究施設の同期どうきでもある。詰まる所、少年が最も信頼しんらいを寄せている人物でもあるという訳だ。

 まあ、無粋ぶすいな話をすればずっと以前から少年が友情以上の好意こういを抱いていたというのもあるのだが……

 まあ、それは今は関係かんけいないだろう。

「レン、聞いたわよ。貴方、ヴォーパルと交渉こうしょうに行くんですって?」

「ああ、今から行く所だ」

「そんな、危険きけんよ!」

 シンシアは顔を青褪あおざめさせて少年に詰め寄る。彼女はむかしから少年と兄妹のように過ごしてきた為なのか、少年の事を過剰に心配するくせがあった。まあ、その背景には少年と同質の気持ちがある故なのだが。

 少年自身にその自覚はない。

 思わず、少年は苦笑くしょうを浮かべる。

「まあ、仕方がないさ。全て僕がいた種だからな」

「そんなの関係ないわよ!貴方が犠牲ぎせいになる必要なんて、何処どこにもないのに!」

「そう言ってくれるとうれしいけどね。けど、もう時間じかんが無いから行くよ」

 そう言って、少年はそのまま彼女にを向けた。正直、少年自身彼女とこれ以上一緒に居れば覚悟がにぶる事を自覚していたから。

 少年の背後から、シンシアの心配する声が聞こえてきた。少年の胸の奥がちくりと痛んだような気がした。

 ・・・ ・・・ ・・・

「む、僕に一体何のようだ?」

 ヴォーパルは、おさない子供のような声で少年にいかけた。

 少年はそんな大兎になるべく誠意せいいを示すようにみを向けて話しかける。正直な話だが、笑顔はイマイチだっただろう。けど、要するに誠意さえ見せられればそれで良いのだから。これでいのだろう。

「少し、交渉に来たんだ」

「交渉だって?この僕に?」

 怪訝けげんそうに首を傾げるヴォーパル。そんな大兎うさぎに、少年は真っ直ぐ頷いた。

「ああ、僕のたのみを聞いてくれたらその代わりに僕が何でも君ののぞみを聞こうじゃないか」

「……何でもって」

 若干大兎がドン引きしているように見える。実際、大兎は僅かに退いていた。

 まあ、少年自身もこれはどうかと思ってはいたが。けど、それでも少年は一切退かないで交渉をすすめた。

「まあ、実際は僕自身が聞ける範囲内はんいないだけどね。それでも君の望みを聞こう」

「……………………」

 僅かに思案しあんする大兎。じっと少年を見詰みつめている。少年も大兎を正面から見る。

 しばらくそれが続いた後、大兎は僅かにため息を吐いた。

「分かった、じゃあまずは君の頼みを聞こうか」

 少年は頷くと、事のあらましを説明せつめいした。

 ・・・ ・・・ ・・・

「という話なんだが、どうだ?」

「うん、別に僕からしたらどうでも良いんだけど。正気の沙汰じゃないな」

「言うな、僕だってそれは理解りかいしている」

 そう言って、少年はため息を吐いた。全く、どうしてこうなったのか?研究施設の所長がうらめしくなってきた。自分の撒いた種だと少年は自分を納得させたが。

 そんな少年を、ヴォーパルはどうおもったのかじっと少年を見詰めていた。

「……じゃあ、今度は僕ののぞみを言うよ?」

「ん?ああ、あまり無茶むちゃな望みでもなけりゃくぞ」

「別にそんな無茶な望みじゃないよ」

 そう言って、ヴォーパルは少年に望みを言う。

「僕と友達ともだちになってよ」

「は?」

 思わず、と言った感じで少年は真っ直ぐヴォーパルを見る。しかし、どうやら彼は本気らしい。

 真っ直ぐと、少年を見据みすえていた。

「昔、僕にち向かった少年こどもの一人が言ったんだよ。友達の為なら、仲間の為ならばどれほどの困難こんなんだって立ち向かえるって」

「……つまり、それがうらやましかったと?」

「端的に言えば、そうだね」

 しばらく考える少年。どうやら、この大兎は人間に対してあこがれのような感情を抱いているようだ。

 或いは、自分に立ち向かう人間のい部分だけを見ていたのかもしれない。

 でもまあ、基本悪い怪物うさぎでもないんだろう。そう、少年は納得なっとくした。

「分かった。友達ともだちになろう」

 こうして、少年はその日人外の友達が出来た。なかなか気恥きはずかしいが、それでも少年も大兎もみを浮かべていた。

「ところで、君の名前なまえは?」

「うん?僕の名前か?僕の名前はレンだ。レン=バードだよ」

 少年、レン=バードは大兎の怪物ヴォーパルにそう名乗なのった。

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